『山物語を紡ぐ人びと』 vol.23 〜林栄美子さん(AKITA Trail Run Festival実行委員)

山物語を紡ぐ人びと〜vol.23 林栄美子さん(AKITA Trail Run Festival 実行委員)

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故郷の山に魅せられて 

 

秋田市・太平山を舞台に開催されるトレイルランレース『AKITA Trail Run Festival まんたらめ』(以下=ATRF)。「まんたらめ」という地名はアイヌ語で「源流、源」を意味するといわれている。太平山リゾート公園の中にあるこの地で、2014年、地元のトレイルランナーたちによって大会が立ち上げられた。 

今回ご紹介する林栄美子さんはこの大会の立案者であり、実行委員のひとりだ。平日は秋田県庁に勤め、休日にはトレイルランニングや登山、スキーなどのアウトドアアクティビティを積極的に楽しんでいる。子どもの頃から親しんできた故郷・秋田の山々を愛し、その深い想いを仲間とともに分かち合いながら、トレイルランニング大会を誕生させた。 

大会づくりのこと、山との関わり方、さらには太平山エリアを訪れたらぜひとも立ち寄りたいおすすめの場所を教えていただいた。

 

山との向き合い方を学んだ競技山岳部

 

“米どころ”の秋田県は海と山に挟まれた平野に田畑や街が広がり、南北に細長い。林さんは秋田市から20kmほど北に位置する潟上市で生まれ育った。「小さな町で小学校は単学級、児童数は20名ほどでした。同級生は保育園からずっと一緒です。川に入ったり、里山で鬼ごっこをしたり、冬は山道をソリで滑ったりして、毎日、日が暮れるまで外で遊んでいましたね」。

秋田市にある女子高校に入学して競技山岳部に入ったことで、林さんの本格的な山人生が始まる。母校の競技山岳部は伝統があり、インターハイにも度々出場する強豪校だった。 

「先輩たちから、山に行くと星が綺麗だとか高山植物がたくさんあるとか言われて入部したんです。春に新入生を迎える歓迎登山があるのですが、そのときに登った山が、大会の舞台であり、いまの自宅の近くにある太平山でした」。 

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その年の初合宿では、10kg以上あるザックを担いで山小屋泊を経験した。 

「延々と山道を歩いていたら、『ここから登りだから』と言われて衝撃を受けました。それまでの道のりは一体何だったのかと(笑)。いま思うと、ずっと林道を歩いていて、やっと登山口に到着したわけですよね。『荷物が重かったら持ってあげる』と先輩に言われたのですが、悔しくて頑張って担ぎました。山頂に到着したら、やっと苦しさから解放されるという安堵感で号泣してしまいました」。

初合宿は辛い経験ばかりだったが、それでも山で過ごす時間がとにかく楽しかった。

強い部だけあって、毎日の練習も厳しい。昼休みには素早くテントを設営するためのトレーニングを繰り返し、放課後は重いザックを背負って黙々と階段を上がり、週末の度に山に出かけた。地図読みを勉強したのもこの頃だ。

「高校生ながら、山はすごい世界だなと思っていました。ほかの部活なら死を意識することはあまりないと思うのですけど、山岳部ではそれがありますよね。山に登っていれば、一歩踏み外したら死んでしまうような場所があるわけですから」。

当時の同級生や先輩は、いまでも林さんと同じように山を楽しんでいるのだろうか? 

「いいえ、ほとんどの人がもう登山はしていません。当時、第一線で活躍していた同級生や先輩たちは、いまはもう山に登らないんです。少し寂しい気がします。私は部内では落ちこぼれで、インターハイにも出場できませんでした。でももしかしたら、あの時に上手くできなくてやり残した気持ちがあるから、いまも続けているのかもしれませんね」。

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高山植物の宝庫といわれる秋田駒ヶ岳(1637m)。「いつかはこの山を舞台にした大会やイベントも開催してみたい」と夢を膨らませる。

 

家族とともに、山の麓の家へ

 

高校卒業後に進学した秋田大学教育学部では美術教育を専攻し、デザインや彫刻、書などを学んだ。2年生からは日本画研究室に所属し、屏風絵やふすま絵を描いた。藤の花や紫陽花、紅葉などをよく描いていたという。

穏やかな笑顔が印象的な林さんと静かな日本画の世界は、とてもイメージが合う。ところが、こんなエピソードも聞かせてくれた。

「私、大学時代はオートバイを乗り回していたんですよ。当時『レディスバイク』という雑誌があって、三好礼子さん(元国際ラリースト/エッセイスト)が神様みたいな存在で憧れていました。アルバイトでお金を貯めて、親に相談もせずに250ccのバイクを購入して、テントと寝袋を積んでツーリングに行っていました」。 

きっかけは、高校時代の夏山合宿に遡る。北海道の大雪山を登っていたとき、とても格好いい女性が山に登ってきた。「バイクで旅をしているんだけれど、山が綺麗だから登ってみようと思ったの」と女性が話すのを聞いて、「これだ!」と閃いたという。

「わりとミーハーなんですよ(笑)。誰かに憧れて真似してみたくなることが多いのです。大学で美術を専攻したのも、アート作品を制作している石井竜也さん(元米米CLUB)に影響されてのことでしたし」。

多かれ少なかれ憧れは誰でも抱くものだが、すぐに実行に移してしまうところが林さんのすごいところだ。

夏休みになると、北海道のウトロにある旅館で一ヶ月ほど住み込みのアルバイトをした。朝、泊まり客を見送り、次のお客さんがチェックインする夕方までの空き時間で、知床峠や羅臼岳に行った。利尻島や礼文島も旅した。

「バイクの旅では、知らない土地でいろんな人に出会えることも楽しかったですね」。旅で知り合った全国各地に住むバイク仲間とは、いまでも交流があるという。

201600906_00269201600906_00176ATRFにも出展している「アメヤ珈琲」。太平山の麓にある店舗では、自家焙煎の香り豊かな珈琲が楽しめる。オーナー・高橋悟さんのユーモア溢れる話術も魅力。

 

大学卒業後は航空会社の地上勤務の仕事に就く。半年後、ツーリングで知り合ったご主人と結婚。それを機に会社を辞めた。

二人目のお子さんが生まれてから再び「仕事がしたい」と思い立ち、教員採用試験を受験。見事合格して、教師となる。その頃はとにかく働きづめだったという。「太平山の麓に家を建てたのもこの頃です。自分と同じように、二人の子どもも自然の中で育てたかったんですね。土地を探していたら、ちょうど高校時代のホームグラウンドである太平山の登山口に分譲中の幟を見つけて、ここに家を建てたら楽園だなと思って決めました」。

ライフステージが変化しても、気づけばいつも山が近くにあった。知らず知らずのうちに、そうした道を選んできたような気がする。

「自然て、決して綺麗な部分ばかりではないですよね。自然の中にいれば、大変なこともたくさんあります。でも、そこに身を置く自分が好きなんです。子どもが小さい頃には、家族で山登りやキャンプばかりしていました。いまちょっと反省しているんですよ。今年大学生になった息子はいまごろゲームに夢中だし、大学院に通う娘はディズニーランドに夢中なので」。

 

 

なぜ秋田には、トレイルランレースがないのだろう?

 

二人のお子さんが成長してPTAの仕事などが一段落したとき、偶然、長距離を走る同僚の話を聞いた。「中学では陸上部に所属していたのですが短距離でしたから、長い距離を走る感覚がわからなくて、人ってそんなに走れるものなのかと驚きました。そろそろ体を動かそうと思っていた時期だったので、近所の公園などを走るようになり、次第にマラソン大会にも出場するようになりました」。

しばらくして、トレイルランニングの存在を知る。 

初めて出場した大会は、2011年の『裏磐梯山岳耐久レース』だ。オリエンテーリングの要素を含む大会で、前日にコースが発表され、トレイルには案内板もエイドもなし。必要なものは自分で背負い、地図を読んで進んだ。

「いい大会だなと感じたんです。どうして秋田にはこういう大会がないのかなと、漠然と考えるようになりました。いま思えば、このときの経験がATRF誕生に繋がっていった気もします」。

翌年、SNSを通して地元トレイルランナーの大友幸憲さん(ATRF実行委員)と知り合う。「秋田にも素晴らしいフィールドがあるのだから、ぜひ大会をつくりたい」という願いで意気投合。同じくSNSで知り合った4名の仲間たちと、トレイルランのチーム『山人楽師』を立ち上げた。

201600906_00382 コース上のトレイル。秋田の森らしい情緒溢れる風景が続く。

 

まずはチームフラッグを制作し、県内のイベントに参加したり、お互いが出場するレースでサポート役を担ったりなどの活動を始める。年末には、サンタのスタイルで児童養護施設にお菓子を届ける『クリスマスラン』もスタート。毎年継続し、いまではチームの恒例行事となっている。

メンバーの仕事もさまざまだ。林さんと同じ行政職員もいれば、看護師、会計士、マスコミ関係者、デザイナーなど。「それぞれが自分たちの得意分野を活かして大会をつくろう」と皆の気持ちが高まっていくが、次のハードルとなったのは「どんな大会にしたいのか」という具体的なビジョンだった。

2014年4月、鏑木毅さんの声がけで『トレイルランの未来を考える全国会議(河口湖)』が開催された。トレイルランを取り巻く環境を考え、課題を共有しようという試みだ。

全国からトレイルラン関係者が集ったこの会に、林さんもチームメンバーと出席した。『スリーピークス八ヶ岳』の実行委員である松井裕美さんが大会づくりについて紹介するプレゼンテーションを聞くうち、「自分たちがつくりたい大会にとても近い」と感じた。

会の終了後、さっそく松井さんとコンタクトを取る。そして二ヶ月後に開催された『第二回スリーピークス八ヶ岳』では、チームメンバー数名が研修としてボランティアを経験した。「実際に間近で大会運営を見せていただいて、本当に素晴らしいなと思いました。松井さんにはそれからもたくさん応援していただいています」。

県の助成金も申請し、いよいよ本格的に大会準備がスタートした。

 

 

もう時間がない…。ようやく決まった開催地

 

「当初は秋田駒ヶ岳が候補地だったんですよ」と林さんは教えてくれた。

秋田県仙北市と岩手県に広がる秋田駒ヶ岳を舞台に約80kmのコースをレイアウトし、実は大会サイトも立ち上げていた。ところがこの頃、環境省が国立公園内におけるトレイルランニングの大会ガイドラインの策定を進めており、十和田八幡平国立公園の南部に位置する秋田駒ヶ岳での開催が難しくなってしまう。

慌てて、次の開催地を探し始めた。森吉山、男鹿三山など検討したが、なかなか決まらない。

そこに偶然の出会いが訪れる。林家の近くにあるオーパススキー場の運営会社・太平山観光開発が、グリーンシーズンの集客方法を模索していたのだ。双方の共通の友人を介して担当者を紹介され、会ってみることに。 

201600906_00069201600906_00065201600906_00060(上)偶然というより必然の出会いだった太平山観光開発・営業部企画課長の小松覚さん。(中)太平山リゾート公園のマップ。(下)手前は主任の佐藤真一郎さん。お二人とも大会運営になくてはならない方たち。

 

「すでに助成金が下りることが決まっていたので、どうしてもその年の秋に大会を開催しなければならない切羽詰まった状況でした。太平山リゾート公園と私たちのメリットがピタリと一致して、太平山で開催しようと決めたのです」。絶妙なタイミングでご縁が結ばれたと太平山観光開発の小松覚さんも振り返る。

太平山は県立公園のため、環境省ではなく秋田県庁の自然保護課に許可申請すればよかったことも、準備時間が少ないなかでの大会実現を後押しした。 

7月上旬にようやく開催地が決まり、そこからは関係者全員が猛ダッシュで秋の大会に向けて突き進んだ。

そして迎えた11月。第一回『AKITA Trail Run Festival まんたらめ』では、約300名のトレイルランナーが晩秋の太平山を駆け抜けた。

 

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(上)2016年、第三回『AKITA Trail Run Festival まんたらめ』のスナップ。ゴールはいつでも特別なシーンだ。(下)大会を支えたスタッフで記念撮影。(「AKITA Trail Run Festival 」実行委員会提供)

 

「実は大会当日は天気が悪くて、参加者の方にとっては決してよいコンディションではありませんでした。そんな中、皆さんが泣いたり笑ったりしながらゴールに戻ってきてくれた。その時、思ったんですね。人はなんていい笑顔をするのだろうと。走っている時間、それぞれにいろんなドラマがあったのでしょうね。主催者として、みなさんが嬉しそうにゴールする姿を目の当たりにして、本当に嬉しかったのを覚えています」。

翌2015年の大会当日には降雪があり、低体温症や足を攣ってしまう人が続出するという大きな課題が残った。

登山者の多い紅葉の時季を避けるために11月に開催していたが、回を重ねるごとに大会自体の認知度も高まり、トレイル上での混乱もなくなってきたことから、2016年は開催時期を早めて10月中旬に変更する。

 

201600906_00394201600906_00516(上)実行委員のひとり佐藤慎也さんと。取材ではコースのポイントを案内してくださった。(下)ロングコース上にある妙見山(258m)。山頂には鳥居とお堂がある。

 

カテゴリーはロング27km、ミドル15km、ショート4kmの3つ。ロングコースは女人堂(710m)を含む3つのピークを巡って、太平山全体を楽しむルート。さらに2017年からは32kmに延長された。

「コース途中にグランドゴルフ場があるのですが、ちょうどお年寄りたちがゴルフ大会を開いているんですね。おじいちゃんやおばあちゃんたちが、ゴルフそっちのけで応援してくれるんです。第一回目はたまたま開催日が重なったのですが、あまりにお年寄りの方々に好評なので、いまではあえて日程を合わせています」。 

大会を運営する実行委員は29名。ロードランナーやウルトラランナー、登山愛好者もいる。3日間に渡る大会では、初日にコースガイダンスと前夜祭を行い、レース翌日は『まんたらめGreen Festival』と題した環境保全活動を実施している。

大学生を中心にボランティア130名ほどが協力してくれている。

 

201600906_00359201600906_00324走ってお腹がすいたらぜひ立ち寄りたい、太平山近くにある御食事処「山の五代」。どのメニューも大盛りよりさらに量が多い「チョモランマ」盛りでオーダーできる。写真は『焼肉丼』のチョモランマ。

 

さらに最近では、青森県『名久井岳トレイルフェス』や岩手県『七時雨マウンテントレイルフェス』といった北東北の大会とも連携し、それぞれの優勝者を招待している。

隣県同士が手を結べば、県をまたいだ大会の開催もハードルが低くなる。いずれは八幡平など県境に広がる山脈での大会開催も可能になるかもしれない。

 

 

大会をつくり、見える世界が変わってきた

 

ATRFが回を重ね、多くのトレイルランナーから支持されるようになり、林さんにとってのひとつの夢が実現した。大会は少しずつ、故郷に根を張り始めている。 

「不思議なんですよね。大会を立ち上げる前といまとでは、大会も自分も変化しているなと感じるんです。以前はとにかく自分がやらなきゃと思っていましたが、一回目を開催した後、大会は自分だけのものではないと思うようになりました。たくさんの人が関わって、皆で達成感を味わうわけですから、当然です。きっと関わった人の数だけ見える世界も少しずつ違うでしょう。回を重ねるごとに、どんどん自分の手を離れていっている気がします」。

でもそれは決して寂しいことではない。想いを共有する仲間が確実に増えているということだからだ。

第二回大会では、娘さんがボランティアで参加してくれた。小さい頃から慣れ親しんだ家の近所の山で開催されているトレイルラン大会に、県内外から何百人もの人が訪れ、最高の笑顔でゴールに飛び込んでくる姿を見た。

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そして、娘さんはこう言った。「自分が住んでいる場所が、こんなステキな大会の舞台になるなんて想像したことがなかった。自分が当たり前だと思っていた故郷の風景は、外側から見るとこんなに価値のあるものだったんだね」と。

林さんが大切に思う秋田の山々。トレイルラン大会という存在を通して、その想いの一片が娘さんの心に届いた瞬間だった。

 

★『AKITA Trail Run Festival まんたらめ』大会公式ページ / http://atrf.jp

 

 

【太平山エリア・林さんのおすすめスポット】 

 ■ファーマーズキッチン 旬

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 自家農園で育てたオーガニック野菜を中心に、地元の食材を使った創作料理が楽しめるレストラン。テラスには葡萄棚もあり、窓一面に緑が広がる。「ちょっと特別な日に家族で食事をしたりしています」。 秋田市仁別字栗畑台83-3 / http://kitchen-syun.com

  ■木曽石三吉神社      

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太平山は古来より霊山として広く崇敬されてきた。ATRFのコースでもある金山滝からの山道は、嘉永2年(1849年)に小川伝之助翁がかねてからの霊地を切り開き、前岳に女人堂(神仙山神社)、中岳に三吉神社奥社(木曽吉山神社)を創建した。当時は、女人禁制の山として女性は前岳の神仙山神社までしか登拝は許されなかったという。 秋田市太平八田字堂の前51-1 /  http://miyoshijinja.ftw.jp/

■GRASS STUDIO VETRO(ガラススタジオ ヴェトロ) 

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 建物奥に工房があり、制作風景を見ることができる。ショップにはグラスやぐい飲み、箸置きなど可愛らしい作品が並ぶ。土日祝日には体験教室も。秋田県秋田市太平八田字寺野92-11 / http://www5.plala.or.jp/glassstudiovetro/

 ■自家焙煎珈琲専門店 アメヤ珈琲

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この地にオープンして9年目のアメヤ珈琲。もともと家業が飴屋だったことが店名の由来とか。定番ブレンドやストレートのほか、季節限定ブランドも展開。秋田に伝わる神話や物語が切り絵で描かれたドリップパックはお土産にもぴったり。秋田市太平八田字和岱57-9 / http://ameyacoffee.com

 ■御食事処 山の五代

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「とにかく腹ぺこ!」というトレイルランナーもきっと満足できる町の食堂。中華、カレー、そば、丼ものなど豊富なメニューのすべてが大盛り、チョモランマ、ダブルチョモランマにグレードアップできる。 “大盛りフリーク”にはたまらないお店。 秋田市太平八田字大岱下24-1 https://tabelog.com/akita/A0501/A050101/5003695/

 

Place:Akita City,Senboku City
Photo:Shimpei Koseki
Text:Yumiko Chiba