『山物語を紡ぐ人びと 番外編 』〜 小松祐嗣さんが行った「七面山日参行」

『山物語を紡ぐ人びと 番外編』〜 小松祐嗣さん「七面山日参行」 

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祈りの山としての七面山

 

トレイルランニングレース『身延山七面山 修行走』の立案者である小松祐嗣さんが、この冬、レースの舞台である七面山で6日間の行を行った。

僧侶であり、自らもトレイルランナーである小松さんにとって、山に入ることにはどんな意味があるのだろうか。

その昔、『甲斐修験道』の山のひとつとされていた七面山は、現代では『日本二百名山』に数えられている。山頂近くには、永仁5年(1297年)に日蓮聖人の六老僧の一人である日朗上人が開いたといわれる敬慎院が建ち、そこが2000m近くの場所であることをしばし忘れてしまう。

小松さんはこの敬慎院に、昨年夏まで延べ9年に渡り勤務していた。七面山への思い入れも深い。「身延の町の子どもたちは小さな頃から、お題目(お経)を唱えて育つのです。七面山を大切に想う気持ちも自然に生まれてくるんですよ」。

2013年にスタートした『修行走』は、3つのピークを越えて約36kmの道のりを走る。『身延往還』と呼ばれ、江戸時代には多くの信仰者が旅するように歩いた参道だ。

小松さんは後輩の僧侶・岡田法晋さんとともに、一年ほど前から今回の「七面山日参行」の準備を進めてきた。

氷点下の中、朝4時に麓の武井坊(小松さんの生家)を出発して身延山に登り、宿場町として賑わっていた赤沢宿へ下りた後、白糸の滝で滝行を行う。それから七面山に登り、敬慎院でご開帳(厨子を開いて神仏を拝むこと)を受け、午後3時頃に戻るという行程。ほぼ『修行走』と同じルートを辿る。

 

 

身体を通して、人の想いを理解したい

 

七面山に登る行は、これまでも多くの僧侶が行ってきた。小松さんも先輩から、一本下駄で登った人の話や、赤沢集落の奥地から頂上直下の“大ガレ”(別名=ナナイタガレ)まで1時間で直登した行者の話などを聞いていた。しかし近年はこうした行を志す僧侶は少なかった。

「七面山に登るということは、そこに祀られている七面大明神の胎内に入るということ。参道=産道を通ることで、僕らは何度も生まれ変わることができるわけです」。

 

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山に登ることは神仏と心、身体がひとつになることを意味している。

小松さんには、七面山が祈りの山であることを広く知ってもらいたいという想いがある。

「仏教について、みなさんどんなイメージを持っていらっしゃいますか? カルト的なイメージだったり、少しおどろおどろしいイメージを持っていたりする方もいると思うのです。でも本来、信仰というのはもっと身近なものであるはず。世の中にリンクするべきものだと僕は考えています」。

 

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9年の間に、七面山では数え切れないほどの人たちと出会った。

「全国から飛行機やバスを乗り継いで、たくさんの方が参詣にいらっしゃいます。驚くのは、ご高齢の信者さんが町を歩くような軽装で2000m近い山に登っていらっしゃること。そうした人たちの大変さというのは、僕の想像をはるかに超えていると思ったんですね」。 

体力のある小松さんは、麓から敬慎院まで歩いて1時間30分、走ると1時間10分ほどで登り切ってしまう。

通常でも3〜4時間かかるが、中には6〜7時間かけて登ってくる人や到着した途端に足が攣って動けなくなってしまう人もいる。

「その方たちがどれほどの想いで登ってこられるか、自分はちゃんと理解できているのだろうかと自問自答していました。それでいつからか、山を走ったり、20kg近い荷物を背負って登ったりと身体を追い込むようになったのです」。

自分の身体を通して、その人たちの苦労を汲み取りたいと思った。

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東日本大震災の直後には、仮設住宅での不自由な生活をしながらも「毎年のお参りを欠かすことができない」と涙ながらに登ってきた人もいた。

100日間も敬慎院で寝泊まりし、毎日参道を往復した老婦人もいた。

身体の成長が遅い子どもさんを連れて、度々お参りにこられるご夫婦、僧侶がやり残した参道の整備を持ってきた熊手でひとり黙々と作業してくれた男性もいた。

「みなさんの姿から、必死な想いが伝わってきました。決して自分のためだけに登っているのではない。祈りそのものでした」。

 

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厳かでありながら、誰をも拒むことのない穏やかな空気に包まれている七面山。かつては女人禁制だったが、江戸時代、徳川家康の側室である養珠院お萬の方が白糸の滝で7日間の滝行を行い、女性で始めて登詣を許された。それ以降、数々の大名家の女性たちもこの山を目指したという。

甲斐修験道の頃から現在に至る長い月日の中で、人々の祈りが幾重にも折り重なり、そのすべてを内包しながら、山はいまも静かにここにある。

 

 

 

執着を捨てるということ

 

世の中には、どうしてもままならないことがあるものだ。入念に準備を進めていたが、直前になって急な仕事が入り、小松さんは行の期間中の2日間、県外に出かけなければならなくなった。その間は行を中断しなければならない。

「それが決まった時、あぁ、自分が想い描いていた行ができなくなってしまう、と思ってしまったんですね。正直にいえば、いらだちのようなものを感じていました。でも時間が経つうち、これには意味があるのではと思ったのです。自分は身延往還にこだわっているから、いらだつのだと。仏教では “こだわること” は “執着すること” を意味します。それに気づいてから、ふっと気持ちが軽くなっていきました」。

七面山に参ること自体が行であることに気づいた。そしてルートを変え、2日間は夜中のうちにひとりで七面山に登ることを決める。

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行の5日目、再び私たちは身延を訪れた。

小松さんの生家である武井坊に到着し、取材の準備をしていると、「ちょっとよろしいですか」と小松さんが部屋を訪ねてきた。その表情は、行を始めた頃とは明らかに違う。肉体的には疲れが蓄積しているはずなのに、疲労の色は見えない。

「始めて2日目はどうしようもなく足が重くて、思うように動けませんでした。ところが3日目に七面山に登っていたら調子がよくなってきて、それ以降は歩くことがどんどん面白くなっていきました。不思議ですよね」と笑う。

 

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身体と心は、日に日に厳しさに順応していった。さらに2日間、ルートを変更して行を続けたことで、見えてきたものがあったという。

 「歩いて気づいたことがありました。ただこうして歩いているだけでは、僕らはダメなんだと」。

どういう意味なのだろうか?

「行の間、身の回りのことはすべて自分たちだけでやろうと考えていました。ところが母や妻は心配してなんとか助けようとするんです。途中にある坊(支院)の人たちも僕らを待っていてくれて、お餅を焼いてくれたり、お茶を淹れてくれたりする。家族や周りの人たちの気持ちを受け止めるうち、何が大切なのかをもう一度考えるようになりました」。

 

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小松さんと岡田さんは、七面山の参詣から武井坊に戻るとまず洗濯をし、それから本堂で3時間半の読経を行った。そして翌朝の食事とお弁当の準備をして、就寝する。身体を休める時間が少ないので、日を追うにつれて眠気は増し、歩きながら眠くなることもあった。

それ以外にも夕刻に地域の集まりに出かけるなど、小松さんは僧侶としての日常の仕事もいつも通りに行っていた。 

そんな様子を見て、周りの人たちは少しでも役立ちたいと心を砕いてくれた。

修行ではどこかで現世を断つ必要がある。一方で、僧侶にとって行は特別なものではなく、日常に落とし込まなければならないものでもある。その狭間で心は揺れ動き、何をどう選べばよいのかを考えたという。

当初は、体力を温存しながらも可能な限り最短の時間で七面山参詣を終え、自分たちのペースで行を進めるイメージを抱いていた。しかし、見えない力に押し流されるようにして、無意識に固執していたものから、小松さんは次第に解き放たれていく。

「今回ほど、家族や支えてくれた周りの人たちに感謝の気持ちを深くしたことはありません」。

 

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山に登ること、その先にあるもの

 

「僕らは言葉を発する時、小説や映画、漫画などから、こういう時にはこういう言葉を人にかければいいのだと知らず知らずのうちに学んで、なぞっている気がするんですよ」。

確かにそうかもしれない。では、本当の言葉はどこにあるのだろう。

「心や身体、五感を通して受け止めたことが血肉になって、いつかその人だけの言葉が生まれてくると思うんです。僕は自分の言葉に真実の裏付けをしたいと思っています」。

それが山に向かうことであり、走ることであり、小松さんにとっての行なのだ。神仏と自然と一体になること、苦楽を心と身体の深い部分で受け止めること。

行が始まる数ヶ月前、小松さんはこう話していた。この行でいきなり自分が変わるとは思っていないし、何かを成し遂げたからといって、それを自慢するつもりもない。むしろ、そうした傲慢さに打ち勝ちたいと。

「僧侶には完成形ってないんです。一生、変わり続けていくものです」。

行が終われば再びいつものように読経し、いつも通りの生活をする。そこに戻ることが大事なのだと教えてくれた。

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「トレイルランニング」という自然と向き合うアクティビティを通して、私たちは小松さんと出会うことができた。

身延という長い歴史を持つ場所に生まれ、これから新たにつくられる歴史の一端を担いながら生きている小松さんは、それでもいつも私たちと同じ目線で立っている。そのことが、とても不思議に映る。

この行の取材を通して、あらためてなぜ人が山に向かうのかを問われた気がした。ここでの経験を咀嚼するには時間が必要だった。その意味をより純化するためには、もう少し時間の堆積を待たねばならない。

山に向かう理由は、人それぞれにあるだろう。

ただもし、その先にもう一歩手を伸ばせる何かがあるとするなら、それは山を下りた世界でこそ見つけられるのかもしれない。小松さんの姿から、そう感じた。

 

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20170126_0641 のコピーprofile
小松祐嗣 Yuji Komatsu

山梨県身延町生まれ。宿院 武井坊副住職(36世)。立正大学を卒業後に僧侶となり、26歳から3年間、35歳から6年間(筆頭執事)の延べ9年間、七面山敬慎院に勤務。その頃から山を走り始め、トレイルランニングレースにも出場するようになる。2013年より「身延往還」36kmを走るトレイルランニングレース『身延山七面山 修行走』を企画開催。今年で5回目を数える。

 

 
Photo:Shimpei Koseki
Text:Yumiko Chiba

2017/04/10 

・小松祐嗣さんのインタビュー(2015年)『山物語を紡ぐ人びと vol.14』

・『修行走』のリポート(2015年)『自らと向き合う修行の道〜第3回 身延山七面山修行走』

・ドキュメンタリー・ショートムービー(2017年)『七面山日参行』