Books-vol.1『激走!日本アルプス大縦断』

『激走!日本アルプス大縦断 密着、トランスジャパンアルプスレース 富山〜静岡415km』

 

全長415kmを8日間で疾走

トランスジャパンアルプスレース。通称『TJAR』。

急峻な山岳地帯を含むこのレースは、他のトレイルランレースとは一線を画すことで知られている。日本海側の富山湾をスタートして、北〜中央〜南アルプスを縦断し、太平洋側の駿河湾にいたる全長415kmを8日間以内に走り切らなければならない。
コース上には剣岳、立山、槍ヶ岳など3000m級の山々が連なり、累積標高差は実に2万7000メートルに及ぶ。
走力のみならず、山の経験値と技術力が問われる過酷なレースだ。

本書は、2012年8月に開催された大会の様子をNHKスペシャル取材班がまとめたもの。テレビでも放送されたが、番組では伝えきれなかった選手一人ひとりの闘いが克明に描かれている。

実行委員会の副代表を務める田中正人氏はTJARについて、「徹底した自己責任による挑戦で、誰にも迷惑をかけないことが最低条件」と語る。

何を携え、何を削るか

必携装備を挙げてみると……

ヘッドランプ(予備電池含む)、携帯電話、GPSトラッキング端末(貸し出し)、地図、コンパス、筆記具、ツェルト(もしくはテント)、防寒具、カッパ、手袋、帽子、水、食料、登山計画書、山岳保険加入者証、保険証、自動車運転免許証等の本人確認が可能なもの、シェラフもしくはシェラフカバーに準ずるもの

選手たちはこれらの装備をとことん吟味して用意する。荷物の平均重量はリュックの重さを含めて約4〜5キロ。ツェルトは200グラム前後のものを使用する選手が多い。

とにかく徹底的に軽量化していて、ウェアのネームタグを切るのは当たり前、使い切りコンタクトレンズのパッケージの余白部分さえカットする選手もいる。着替えや食料も同様で、何を持ち何を削るか、自らの体力を鑑みて、安全を考慮した上で取捨選択していく。心の栄養のためにと、少々重くても好きな食べ物を持参する選手もいる。

参加加資格も実に厳しい。(2012年の場合)
1.TJAR本大会を想定した長時間の行動後、標高2000m以上の場所で2回以上のビバーク経験があること。
2.コースタイム20時間以上の山岳トレイルコースを、55%以下のタイムで走りきれる体力と持久力を有すること。
(例:日本山岳耐久レースレベルの大会を11時間10分以内で完走)
3.フルマラソンを3時間20分以内あるいは100キロマラソンを10時間30分以内に完走できる体力を有すること。

書類選考を通過した選手は、さらに本番を想定した選考会をくぐり抜けて本戦に臨む。山の技術が足りず、選考会で参加不可を言い渡される選手もいる。

本戦では細かなルールが決められている。例えば……

1.山小屋や旅館には宿泊不可。(落雷や動物など生命の危険が予測される場合は一時避難してよい)
2.決められた時間内での山小屋の使用や食事は可。
3.一般道のレストランでの食事は可。
4.旅館等の宿泊施設は、宿泊しなければ入浴などは可。
5.他者からの差し入れは禁止。
6.選手の行動にシンクロした伴走は禁止。

走ることは生きている証

取材班は二連覇を狙う望月将吾選手に焦点を当てながら、それに追いつこうとするトップグループの選手たち、そして自らのペースでじっくり完走を目指す選手たちの姿を捉えていく。優勝した望月選手の出走時間は、5日間6時間24分。レース中の睡眠時間はわずか9時間ほどだった。普段は静岡県の消防署に勤務し、山岳救助隊員でもあることから、万が一、レース中に山で怪我をしている登山者を見つけたら助けることができるようにと、救急キットのほかに余分な着替えを一枚リュックに詰めて出場していた。

日を追うに連れて選手たちは、体の痛みや内臓疲労、幻覚症状などを訴えるようになる。高地肺水腫を発症したり、眼筋麻痺の症状がでたりしてリタイアする選手も出てくる。食べ物を受けつけなくなったり、低体温症に陥ったりしながらも、雷雨や強風などの悪天候を乗り越えて走り続ける。

肉体が限界を超えつつあるのに、なぜそこまでして進むのか。

ここに描かれている選手たちは、決して特別なアスリートばかりではない。むしろ、ごくごく普通の人たちの方が多い。ある選手はこういう。「上位3割がスーパーマン、でも下2割は誰だって頑張れば到達可能なレベルだ」と。

家族や恋人に支えられ、日々の仕事の合間を縫って練習時間を捻出する。秘かに健康問題を抱えている選手、職を失って就職活動中の選手、まもなく父親になる選手もいる。

レースの時間軸と重ね合わせるように描かれる、そうした彼らの日常の風景によって、私たちはいつしか選手に感情移入し、想像を遙かに超える別次元のレース模様であるにも関わらず、登場人物たちに共感してしまう。

結局、完走を果たしたのは28名中18名だった。

スタートラインは一緒でも、8日間の旅は一人ひとり全く異なる。
情熱だけではゴールできない。知力と体力と精神力と、そして何か。

ウルトラトレイルレースに挑戦するランナーならば、装備の工夫や食事の摂り方、リスクマネージメントといった内容にも深く考えさせられるだろう。

個人的にはさっそく、レース中にある選手が “秘密兵器” として使用していたニュージーランド産のワセリン状のクリームを探し当てて購入してみた。決して壮絶な経験をする予定はないのだけれど。

人生をぎゅっと凝縮したような、濃密な旅の記録。

『 激走!日本アルプス大縦断  密着、トランスジャパンアルプスレース 富山〜静岡415km』
(NHKスペシャル取材班著 / 集英社1500円 税別)