アスリートとクリエイターの才能が共鳴した映像作品『Ruy Ueda in Portland』

『Ruy Ueda in Portland』
藤森圭太郎さん × 小暮哲也さん 対談

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監督の藤森圭太郎さん(左)、映像作家の小暮哲也さん

5月に公開された上田瑠偉さんのPV『RUY UEDA in Portland』。滝や川が多く苔むしたトレイル、エンジェルスレストと呼ばれる断崖絶壁の風景、8つの橋がかかるコロンビア川など、ポートランドの美しい風景の中をFKT(Fastest Known Time)というスタイルで駆け抜ける上田さんの映像に、リズミカルな音楽が重なり、観る者に心地よい余韻を残す。

日本において、一人のトレイルランナーを描いた映像作品はまだ決して多くはない。そんな中、この作品は自然の中を走る爽快感と疾走感、そして旅ならではの楽しさに満ちている。聞けば、制作チームのクリエイターの多くが、これまでトレイルランとは縁遠かったという。ドキュメンタリーと映画手法という2つの要素を含んだ、この魅力溢れる映像の源を知るべく、作品を手がけた撮影監督の小暮哲也さん、監督の藤森圭太郎さんにお話をうかがった。

純粋で芯がある
上田瑠偉のアスリートとしての魅力

——-まず、どのようにして作品づくりが実現したのでしょうか。

小暮:2014年のハセツネが終わった頃、雑誌の撮影で上田瑠偉さんにお会いしました。その頃はまだトレイルランのことをあまり知らなくて、取材の中で20代のチャンピオンがどれほど珍しいかという話を聞いて、面白い人だなと感じたのです。それで瑠偉君のドキュメンタリー映像をテレビ放映を目指して制作したいと考え、スポンサーであるコロンビアマウンテンハードウェアに企画を持っていきました。しばらくしてプロモーション映像のお話をいただき、今回の作品が生まれました。内容的にチーム制作が不可欠でしたので、MUGENUPの西山理彦さん(プロデューサー)、藤森圭太郎さんにお声がけしました。

——-ご一緒に仕事をされて、上田さんの印象はどうでしたか?

小暮:第一印象は、純粋で正直でいい子だなと感じました。付き合いが長くなってくると、いい意味で野心家な面が見えてきて、骨があるなとも思いましたね。ある企画のインタビューで「アスリートとして社会的に発言できる存在になりたい」という話をしていて、20代前半でそんなことを考えているなんてすごいなと思いました。
藤森:僕はこの撮影で初めてお会いしたのですが、一本筋が通っていて、芯がある人だなと感じました。だから一緒に仕事をしていて楽しかったですね。目標に向かってしっかり前に進んでいる感じがいい。目がいいですよね。
小暮:カメラが嫌いでないのか、乗りも良かったですね。CMや映画出身の藤森監督はテイク(収録)を重ねる人なんですけれど、「もう少し地図を早くめくって欲しい」といったリクエストにも、一回ずつ工夫しながら応じていました。

——-ホテルやコインランドリーのシーンなど、FKT前後のストーリーが映画的な描き方でとてもチャーミングだなと感じました。FKTというドキュメンタリーに、こうした要素を加えることは当初から考えていたのでしょうか。

藤森:構成を起こす上で、せっかくポートランドで撮るわけですから、その意味を考えました。みんなの共通認識となったのは「ポートランドという街は自然と生活の距離が近い場所だ」ということ。この土地における生活の豊かさはそこなのかなと想像しました。
小暮:次にどういう場所に滞在したらポートランドらしさが出るかなどを話し合いました。

Untitled_1.1.1Untitled_1.1.2『Ruy Ueda in Portland』より

藤森:FKTの部分はドキュメンタリーとして成立させながら、ほかの部分の映像では演出も必要だと考えていました。冒頭の室内のロケ地は悩みましたね。
小暮:最初はAirbnbで地元の家に滞在しているのがいいかなと思ったんです。ですが、2件くらい下見して、監督がやっぱりホテルがいいと。
藤森:どうも腑に落ちなくて。
小暮:それに宿泊したホテルが思っていた以上によかったんですよ。旅行の延長でFKTをするなら、こういうところに泊まるんじゃないかというイメージにぴったりだった。壁の色とか廊下の長さもフォトジェニックで。それで急遽お願いして、撮影許可をもらいました。
藤森:小暮さんは空港からずっとカメラを回していたんです。買い物をする時とか食事をする時とか。本編には映っていないのですが、そういう見えない部分の時間があって、彼がホテルに買い物袋を抱えて帰ってきたというシーンに繋がっています。
小暮:カメラは要所ごとに回していました。僕はドキュメンタリーの仕事をたくさんしているので、そうした撮り方は自分のフィールドです。空港で鞄が出てくるのを待つところとか、ちょっといい表情しているなと思った時とか、ハンバーガーを食べているところも撮りましたね。少しだけ演出したドキュメンタリーという感じです。

Untitled_1.1.3Untitled_1.1.4Untitled_1.1.5『Ruy Ueda in Portland』より

——-FKTのコースは事前に決めていたのですか?

小暮:日本にいる段階でおおよそ決めていました。エンジェルスレストというランドマークがあるので、そこを含んだコースにしたいと話していました。アメリカで2番目に高さのあるマルトノマ滝があることから、現地に行ってみたら、予想以上に観光客が多かったんですね。当初は午前中のスタートを予定していましたが、人の少ない夕方にゴールするような時間帯に変更しています。

キーワードをチームで共有
「サーフェイス」「街から山に入り街に戻る」「疾走感」

——-監督が練った最初の構成案から、チーム制作に至るまではどのようなプロセスで進んだのでしょう?

小暮:まず監督が僕らにストーリーを伝えてくれました。今回はドキュメンタリー要素が大きかったので、どうしたら僕らのようなトレイルランに馴染みのない人間が “トレランシズル” を感じられるかを詰めていきました。ランニングカメラマンの一瀬圭介さんにいろいろと教えてもらいましたね。キーワードをいくつか出してもらったら「サーフェイスが」とかいわれて、なんですかそれはと(笑)。

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藤森:山の中は切り取り方が難しかったですね。肉眼で見た時と映像で撮った時とでは、斜面が表現できていなかったりして印象が違うんです。最終的に皆で話したのは「車やバイクの撮影と同じなんじゃないか」ということでした。
小暮:僕らにとって一番わかりやすい理解の仕方がそこでした。車のCMでも絶景の中を走ったりしますよね。あの感覚で「疾走感」がキーワードとして浮かんできました。
エンジェルスレストの周辺は温帯雨林に気候が近くて、苔や水が多いんです。そんな中、サーフェイスが変化していくのがトレイルランらしさかなと思って意識して撮りました。あとキーワードとして「走った後に街に帰ってくる感じ」なども出ましたね。
藤森:一瀬さんが出してくれました。序盤でポートランドの景色を映して、その後、苔や水や草など細部に寄っていく映像にしたのは、瑠偉君が自然と一体になって動いている感じを出したかったから。自然と街が共存しているところを表現したいとも考えました。
小暮
:僕は現地に先行隊として入ったのですが、地形図だけ見ている時と実際に行った時とでは違ったりするわけです。「ここ、景色の抜けがよさそうだよね」と話していた場所が、行ってみたら全然景色が見えない場所だったり。スポーツ報道で使うような長いレンズも持っていきましたが、一回しか使いませんでした(笑)
藤森:カメラマンは全部背負っていくわけですから、いかに機材を厳選して軽量化するか、小暮さんたちはすごく大変だったと思います。
あと、撮影ポイントを決めるのが大変でしたね。23kmの距離をカメラマン3名でどう分けて撮っていくか。それから、誰の目線なのかも意識しました。どこにカメラがあるか分からないように撮りたいねと話していたんです。明らかにカメラマンが動いて撮っているというのが分かるのではなくて、瑠偉君が誰に見られているかを想像してもらえるように撮りたいねと。
小暮:そうそう、それで一瀬さんがリスの目線だとかいいだして(笑)。茂みの中に入って撮ったりもしました。今回は一瀬さんのランニングカメラが効いていますね。どうやって撮ったのとかよく聞かれます。

——-撮影中に困ったことはありましたか。

小暮:とにかく瑠偉君が速かった(笑)
藤森:ほんと、そうだね(笑)。小暮さんが遠いところから構えていて、手前にいる僕がレシーバーで瑠偉君が来たことを合図するのですが、僕らが車と歩きで撮影ポイントに辿り着いたら、すぐに瑠偉君が走ってきたりして。
小暮:全行程の予想タイムが2時間半だったので、そこから逆算してポイント通過時間を割り出しました。僕と藤森君はスタートを撮って車で移動して、ゴールからトレイルに入りました。一瀬さんは途中で待機して、少し併走した後に瑠偉君を見送って、そこから移動して最後の激下りを撮っています。もう一人のカメラマン・石尾遼君はスタートとゴール。3つのチームに分かれて、それぞれが2箇所ずつトレイルに入りました。

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ドキュメンタリーと
カットを割る演出を取り入れた撮影手法

——-滝があり、岩が天井のようになっているシーンがとくに印象的です。

小暮:疾走感を出すために、瑠偉君にカメラを抜いて欲しいとリクエストしたんです。このシーンではそのようにして撮っています。裏話をすると、実はここだけFKTが終わった後にもう一度トレイルに入って、テイクを重ねているんですよ。
藤森:一度目は、一瀬さんのカメラが瑠偉君を追いかける映像を撮りました。FKTを終わらせた後、再びトレイルに戻ってもらい、今度は一瀬さんのカメラが先に引っ張って、瑠偉君にカメラを追い抜いてもらうカットを撮影しました。さらにここでは小暮さんが遠景からも撮っています。
小暮:このシーンは、カットを分けて繋がりを計算した上で撮影しています。僕ららしい撮り方だなと思います。滝まではゴールから歩いて15分くらいで行けたので、ここだけ再度撮らせてもらったのです。
藤森:この時期のポートランドは20時くらいまで暗くならないんです。撮影クルーとしてはありがたいですけれど、瑠偉君は大変だったと思いますね。

——-「これだけは外せない」というシーンはどこでしたか?

小暮:最後のコインランドリーにはこだわりがあったよね。
藤森:そうだね。
小暮:カフェでコーヒーを飲んで終わりでは嫌だねと。
藤森:そういうのはたくさんあるじゃないですか。そもそも瑠偉君は試合前にはコーヒーを飲まないらしいですしね。もっと生活感を出したかったんです。瑠偉君は実際に自分でウェアを洗っていましたから、コインランドリーでよかったと思います。

Untitled_1.1.6Untitled_1.1.11『Ruy Ueda in Portland』より

小暮:撮影中も気を遣ってくれて『靴は完全にきれいにしない方がいいですよね』とか(笑)。彼はとにかく勘がいいんです。
藤森:役者さんではないので、演出に関してはあまり細かいことは言わないほうがいいかなと思っていました。「こういうことをやるから」と伝えるくらいで、あとは僕らがよいところを切り取っていけばいいと考えていました。

彼の存在感と音楽の力があったから
言葉はいらなかった

——-映像は描き方によって、実際の人物の印象とギャップが生じることがあるかと思います。この作品ではそうした微妙な違和感や齟齬がなく、実像の上田さんに寄り添う形で、ご本人の魅力が色濃く表現されているように感じました。

小暮:そういっていただけるのは嬉しいですね。事前に彼のことはいろいろと聞いていたのです。女性ファンが多いとか、ルイルイと呼ばれているとか(笑)。そういった魅力は出していきたいねと話していました。でもどうやって出したかと問われると、うまく説明できないですね。撮影期間が長かったし、瑠偉君も社会人になってひとつめの仕事だったこともあり、乗り気だったのではと思います。
藤森:そのままの姿を撮ればいいんじゃないかと思っていました。僕の場合はそれほど事前情報を持っていませんでしたし、近しい間柄ではなかったから難しいことは考えずに撮っていましたね。
ただ、作品をつくる上で選択肢として外したのはナレーションです。瑠偉君に言葉を語らせるのは止めようと決めました。存在自体で伝わるからです。そして、音楽の力がとても大きかった。だから言葉がなくても伝わるかなと思いました。
小暮:音楽は僕が最も信頼している川村亘平斎さんというアーティストにお願いしています。使われている楽器はギター、スティールパン、打楽器、鍵盤、鍵盤ハモニカ、シェイカーなどです。
藤森:編集も音楽の細かなリズムに合わせているので、それが心地よく見えるひとつの要素になっているかもしれません。最初に川村さんがイメージを提案してくれて、録音する時に奏者を呼ぶという流れでした。

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——-制作プロセスで、どこから映像と音楽を重ねたのでしょうか。

小暮:川村さんには撮影前から“水”がキーワードであることを伝えていました。そうしたら、メロディラインを先につくってくれたんです。
藤森:打ち合わせしたその日に主となるメロディを送ってきてくれました。撮影後、デモを使って映像編集を行った後、絵に合わせて録音し直しています。編集が仕上がったところで演奏を合わせているので、贅沢といえば贅沢ですよね。
そして、川村さんはいつも多彩なアーティストを奏者としてブッキングしてくれます。それによって、本当に細かな微調整まで行うことが出来ました。基本的には瑠偉君の走るテンポにリズムを合わせていて、部分的に効果的な音を入れたり切り替えたりしています。
小暮:最初は森の中の音、水の音などを入れようとも話していたのですが、音楽と映像がすごく合っていたので、入れなくていいと監督判断で決まりました。

——-最後に今回の制作を振り返って、いまのお気持ちやこれからの展望を聞かせてください。

小暮:瑠偉君はもっと撮りたいですね。
藤森:そうですね。また何かあったら、このチームで一緒につくりたいですね。
小暮:映像はチームでつくるので世界観やテーマが共有できていないと上手くいかないんです。今回は最初に一瀬さんを呼んで「トレイルランとは?」をテーマにお話会みたいなことをしたのがとてもよかった。僕はなんとなくトレイルランのことはわかっていましたが、それを人に説明するのはすごく難しくて、一瀬さんに来てもらったのです。
藤森:そこでヒントがいろいろ浮かんできました。いくつかのキーワードのほか、上田瑠偉君の立ち位置やいまトレイルラン業界で問題になっていることも共有することができました。
 僕自身は「そもそもFKTとは何か」というのが一番大きなテーマでしたね。当初、FKTの位置づけが自分の中でぼやけていたんです。競技なのか、趣味なのか、ファン要素があるのか、どこを一番出すのがよいのかと。そして「瑠偉君にとってのFKTとは何なのだろうか」と考えました。
 はじめは「スマホで風景写真を撮る」などの案も出ていたのですが、彼と話をしてトレイルランの何が楽しいのかと尋ねたら「急斜面を登るときが、とくに楽しい」という答えが返ってきた。彼は純粋に走ることが好きなんだなと感じたので、出来るだけ本人が楽しんでいる姿を描きたいと思いました。結果として少しだけストイックな映像になったわけです。
小暮:カメラマンみんなが同じものを共有できたのがよかったですね。例えば、地図に沿って進んでいくように見せるために、地図の方向性に合わせて、左から右へ動くシーンを意識して撮っているんです。こうした細かな部分は疾走感とも繋がっていきます。今回、一瀬さんとは初めてご一緒したのですが、それを伝えたらすぐにわかってくれました。
藤森:チーム制作といっても、撮影中はそれぞれが孤独に撮っています。だからこそ、みんなの撮りたいもの、目指しているものがきちんと合致していないといけない。今回はそれができたのがよかったですね。細かいことの積み重ねなんです。

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この作品を初めて目にした時、なんともいえない新鮮な驚きと不思議な喜びを感じた。映像ではひとつの走りのスタイルとして “FKT” という形が取られているが、その根底に流れているのはとてもシンプルな真実——「トレイルを走る喜び」にほかならない。

私たちは慣れ親しんだ世界を「なんとなくわかったもの」として捉えがちだが、実はごくごく限られた側面しか見ていない。そして、クリエイターの目を通して、見ることができなかった側面を見ることが可能になる。

確固たる軸とフレキシビリティーを併せ持つ上田瑠偉選手のアスリートとしての存在感に、クリエイターたちの感性とエネルギーが響き合い「見たことがない世界」が生み出された。このチームが描き出す世界にもっと出会ってみたい、そう強く思う。

【Profile】
映像作家 / 写真家
小暮哲也 / コテツ
1982年 東京生まれ。2006年 日本大学芸術学部写真学科卒業。広告制作プロダクション写真部を経て、2008年より写真家 谷口京に師事。2009年より写真家 宮本敬文に師事の後、2013年独立。広告、エディトリアル写真の他、テレビCM、テレビプログラム、MVのムービーカメラマンとしても活躍。
ホームページ http://www.koguretetsuya.net

監督
藤森 圭太郎
1985年静岡県生まれ。日本大学大学院芸術学研究科映像芸術専攻で映画を学ぶ。卒業後、CM制作会社を経てフリーランスの助監督として映画監督の李相日監督や石井克人監督の作品に参加。映画、CM、MV、ドラマの現場で経験を積む。また、写真家の宮本敬文氏のもとでドキュメンタリーやライブ映像のカメラマン、編集として参加する。14年、ミュージシャンSIONのライブDVDで監督デビュー。その後、短編映画、CM、ドキュメンタリー作品等を手掛ける。

【Ruy Ueda in Portland】
製作:montrail / MOUNTAIN HARD WEAR
制作:株式会社MUGENUP
監督:藤森 圭太郎
撮影監督:小暮 哲也
プロデューサー/クリエイティブディレクター/編集:西山 理彦
プロデューサー:土屋 英明
撮影:石尾 遼
撮影:一瀬 圭介
音楽:川村 亘平斎、DUSTIN WONG、トンチ
カラリスト:立和田 亮午
制作進行:喜島 悠

公式サイト(映像配信はこちら)
http://www.montrail.jp/topics/feature/005592/

Photo:Takuhiro OGAWA
Text : Yumiko CHIBA