古道を復活させた『モントレイル志賀高原エクストリームトライアングル』

午前4時、真っ暗闇の中、選手たちはまだ見ぬトレイルへと向かっていった。

午前4時、真っ暗闇の中、選手たちはまだ見ぬトレイルへと向かっていった。

秘境を結んで描いた、三角形のルート

8月30日(土)、第1回『モントレイル志賀高原エクストリームトライアングル』が開催された。

大会の舞台となったのは、長野県の志賀高原、秋山郷・切明温泉、群馬県中之条町の野反湖の3つの点を最短ルートで結んだトレイル(※下記のコースMAPを参照)。その一部は、使われなくなっていた古道を整備して復活させたものだ。

累積標高は4,700m、トレイル率は96%。コースの約20%が、2,000mを越える本格的な山岳地帯。

トライアングルを描くルートの一辺は約20kmあり、途中にはエスケープルートがない。

3点を結ぶ全区間を一日で歩き通すことは難しく、体力のあるトレイルランナーだからこそ踏破できる厳しいコースだ。選手たちは20時間という制限時間を目指して駆け抜けた。

ゴール直後のトップ3

泥だらけでゴールした男子総合トップ3の選手たち。
左から2位の上田瑠偉選手、1位の小川壮太選手、3位の秋元佑介選手。

EPSON MFP image

大会のコースマップ。

2,000mを越える山を何度も上り下りし、深い山間を抜けることから、出走者には高い山力と自己管理能力が求められる。

本大会について、実行委員長の大塚浩司さんは「車で行くのも大変な秘境を辿れることが最大の魅力。また、岩菅山と烏帽子岳から切明までに抜ける美しい稜線を、ぜひともトレイルランナーのみなさんに見てもらいたかった」と話す。

この日は霧が立ちこめ、残念ながら稜線を臨むことはできなかったが、その想いは十分、選手たちに伝わったのではないだろうか。

第一セクション01

第一セクション02

第一セクション03

IMGP5506

山力が試される国内屈指の難易度の高さ

北信濃トレイルフリークス(以下、KTF)が主催する大会は20kmから63kmまで幅広く、さらにフェスも加えて5つある。これらの大会を通してトレイルランナーがステップアップできるよう、さまざまな特色を打ち出しているという。

その中にあって、本大会は他の4つとは明らかに一線を画す。ミドルレンジのトレイルランニングレースとしては、おそらく国内屈指の難易度の高さだろう。

大会概要には、「トレイルランニングの経験が豊富で50km以上のレースに上位50%以内の順位で完走した経験がある方。また2,000m以上の山岳地帯で迅速に行動ができ、不測の事態にも自己責任の元に落ち着いて行動できる方」という参加資格が明記されていたが、第一回目である今回は、あくまで出走者の自己判断に委ねている。

もともと一部、滑りやすい箇所のあったコースは、前夜の雨でほぼ泥沼状態。選手たちは笹を掴んだり、しゃがんでお尻から滑ったり、何度も転んだりしながら泥だらけになって進んだ。

泥んこトレイル

前夜の雨でぬかるんだコース。

伸びきった笹を刈り、眠っていたトレイルを蘇らせた

選手たちにとって、文字通り”エクストリーム“な体験となった本大会には、もうひとつの重要な側面がある。

それは、大会を開催するために使われなくなった古いトレイルを切り開いたことだ。その距離はおよそ12〜13km、延べ10名のスタッフで3週間かけて伸びきった笹を刈っていった。

とりわけ困難を伴ったのは、野反湖から赤石山のエリア。この辺りは県境で、これまで全く整備されていなかったが、出走者たちが走りやすいようにと、背丈をゆうに超える笹をできるだけ根本から丁寧に刈ったという。野反湖を有する群馬県中之条町の六合山岳会も今回の活動を後押ししてくれたほか、長野県の志賀高原観光協会も大会開催に向けて大きなバックアップ態勢を整えてくれた。2県にまたがる大会であったことから、関係各所への許可申請は40箇所にのぼった。

笹かり後

根本から丁寧に笹が刈り取られたトレイル。
道幅もダブルトラックはある。

「このトレイルを整備することで、今後いろいろな人たちが山道を通れるようになればと思う。稜線の下には沢があり、釣りをする方々もいるが、沢まで藪こぎしながら入らなければならなかった。大会に向けてトレイルを整備している途中、すれ違った釣り人から『これで歩けるようになる、ありがとう』とお礼を言われ、感無量だった」(大塚さん)。

人に踏まれていないトレイルに辿りつくため、草刈り場所までのアプローチにも毎回、数時間かかった。整備を進める中で、かつてこの古道を使っていた人たちのたくましさ、強さをあらためて感じたという。

このエリアでトレッキングを楽しむハイカーたちは、これまでトライアングルの1点を拠点にして往復するコースを歩いていたが、3つの点が繋がったことでバリエーションが広がる可能性もある。大会が会を重ねれば、さらに路面も安定し、切明温泉や野反湖周辺に宿泊して三角形のロングトレイルを踏破するハイカーも出てくるだろう。

大会前夜

スタッフは総勢70名。大会前夜、本部となった志賀高原パレスホテルでは、
安全管理やオペレーションなどのチェックが入念に行われた。
(写真提供:志賀高原エクストリームトライアングル実行委員会)

志賀高原は『ユネスコエコパーク(生物圏保存地域)』に指定されている。

『ユネスコエコパーク』とは、生態系の保全と持続可能な利活用の調和を目的とし、保護や保全だけでなく、自然と人間社会の共生に重点が置かれた事業計画。現在、国内では志賀高原、白山、大台ヶ原・大峰山、屋久島、綾、只見・南アルプスの7箇所が指定されている。

「ただ手つかずのままにして自然を守るのではなく、人間と共存しながら自然を守っていく。その切り口として、トレイルランニングなどアウトドアスポーツができることがあると思う」(大塚さん)。

古道の復活と自然との共生。本大会は、トレイルランナーたちに新しい挑戦の場を与えるだけでなく、トレイルランニングと地域、自然との関わり方について、ひとつのアイデアを提案しているように思う。今後、さらに安全面を考慮しながら、レギュレーションや参加資格などを見直し、第2回目の開催を目指していくという。

レースを振り返り、笑いの渦に包まれた表彰式

大会終了後、多くの選手たちから「これまで出場した大会の中で一番きつかった!」「ハセツネやUTMFよりもきつい」「転んだり、あちこちを掴んだりして全身が痛い」という声が挙がった。

優勝した小川壮太選手は「綺麗に刈り込まれた笹を見て、主催者の方々のトレイルに対する想いを感じた」と語った。また、招待選手として出場し、年代別2位に入賞した渡辺千春選手からは「100万回転んで、100万回起き上がったぜぃ〜!」の名台詞も飛び出し、会場は笑いの渦に包まれた。

来年以降、この過酷なレースにチャレンジするトップアスリートはさらに増えることだろう。

男子トップ3

大会プロデューサーである山田琢也さんの司会で進められた表彰式。
トップランナーたちからも「きついコースだった」との感想が。

女子トップ3

女子総合トップ3の選手たち。
左から2位の加藤揚子選手、1位の福田由香理選手、3位の長谷川桃子選手。

受賞楯

山田琢也さんの地元・木島平の『夢屋ガラス工房』でつくられた美しい楯。

募集定員:600名
出走者数:516名(男子472名、女子44名)
完走者数:315名(男子297名、女子18名)
完走率:61%(男子62.9%、女子40.9%)

男子総合優勝
1位:小川壮太選手(9:28:14)
2位:上田瑠偉選手(9:40:25)
3位:秋元佑介選手(9:48:36)
4位:宮野博行選手(10:07:23)
5位:加藤晶文選手(10:10:31)
6位:源康憲選手(10:27:36)

女子総合優勝
1位:福田由香理選手(13:08:36)
2位:加藤揚子選手(13:26:13)
3位:長谷川桃子選手(15:04:01)
4位:佐川絵美選手(15:13:55)
5位:伊藤真弓選手(15:28:39)
6位:湯浅綾子選手(15:29:32)

主催:志賀高原エクストリームトライアングル実行委員会
プロデューサー:トレイルランナー 山田琢也
企画:株式会社Nature Scene、北信濃トレイルフリークス、株式会社共立プランニング
開催場所:志賀高原一帯(長野県山之内町、栄村、群馬県中之条町)
コース:距離63km、累積標高4,700m
志賀高原熊の湯〜赤石山〜岩菅山〜切明〜野反湖〜赤石山〜熊の湯

志賀高原エクストリームトライアングル 公式サイト
http://www.nature-scene.net/shiga_ex/