vol.1〜 斎藤 勇一さん(有限会社さかいやスポーツ)

『山物語を紡ぐ人びと』vol.1〜 斎藤勇一さん

斎藤さん店内決めカット

仕入れから販売まで手がける斎藤勇一さん。日頃からあらゆるシューズや
ギアを試し、商品知識を磨いている。UTMF完走経験を持つトレイルランナーでもある。

 

シューズとインソールのスペシャリスト

東京・神田神保町にある“さかいやスポーツ”は、創業1955年の登山用品とアウトドア用品の専門店。現在、神保町界隈にウェア館、エコープラザ(各種ギア)、LaLaさかいや(レディースウェア)、レインギア館など7店舗を展開している。今回ご登場いただいた斎藤勇一さんは、その中のシューズ館で営業主任を務めている。

山との出会いは、高校時代にまで遡るという。所属していたバスケット部の隣にワンダーフォーゲル部の部室があり、放課後、コンロで美味しそうに料理をつくっていた。部員たちから「一緒に山に登るのなら、食べさせてあげるよ」と誘われ、山へ出かけるようになる。この時、初めて登山靴を買った。

社会人になり、広告会社やホテルでの仕事を経て、さかいやスポーツに入社。当時のさかいやスポーツは、3階建てビル1棟の中ですべてのアイテムを販売していた。「学生時代、モトクロスのレースに夢中になっていたんです。国内外の旅行も好きで、バイクや自転車で移動してテントに泊まるという、お金をかけない旅をしていました。それで旅に関わる仕事がしたいなと思ったのが、この仕事を選んだきっかけです」。

 

90年代中頃、トレイルランシューズの潮流が生まれた

はじめはさまざまな商品を担当していたが、いつしかシューズの専門に。「昔は“山靴は足首をしっかり覆うものでないといけない”という考え方が、僕らにもありました。ところが、モントレイルの前身であるワンスポーツ(1988年設立)というブランドがローカットシューズを売り出し、米国内でミドルカットよりも人気を集めていったのです。96年、トレイルランシューズの原型ともいえる“ヴィテッセ”が登場し、“山を走るシューズ”というカテゴリーが本格的に生まれました」。

店がトレイルランニングシューズの展開を始めたのは、90年代後半のこと。そして10年ほど前、斎藤さんは初めてハセツネに参加する。この出走でトレイルランニングの盛り上がりを肌で感じたことから、店で取り扱う商品を増やしていった。

以前より、さかいやスポーツでは同大会に協力していたが、翌年からブースを出展するようになる。その頃の店舗のお客さまは登山やクライミング、トレッキング愛好者がメイン。どの館でトレイルランのギアを扱うかということになり、経験のある斎藤さんが所属するシューズ館に集約することになった。いまでは全館でトレイルランに対応したアイテムを取り揃えている。

 

骨格や走り方に合わせたインソールづくり

長年、登山靴の販売に携わってきた斎藤さんは、20年ほど前からインソールも手がけるようになった。「うちで扱っているシダスは1975年にフランスで生まれたブランドです。もともとはスキーブーツ用に開発されたのですが、その後、さまざまなスポーツ分野で支持を獲得し、併せて医療用としても発展しています。現在、当店には僕を含めて8名の認定技術者がおり、店内の機械を使ってインソールをつくっています」。

例えばトレイルラン用シューズのインソールの場合、スピードが速い人とゆっくり走る人とではアーチの支え方が異なるという。初心者やゆっくりペースの人は、足裏や踵、甲周辺の筋力が弱いことが多いので、ある程度しっかり保護してあげる必要がある。

一方、トップアスリートや走り慣れた人の場合は筋力も十分にあり、足裏のアーチのバネがしっかりしていることから、その機能を活かせるようなインソールが要求される。また足への支持が強いと違和感を感じることもあり、その感じ方には個人差があるため、微調整しながら作成していく。

現在、取り扱っているのはレディメイド、セミカスタム、フルオーダーの3種類。フルオーダーでは、それぞれ8種類ほどある2つのベースパートを組み合わせ、そこに小さな補強パーツを加えていく。パーツの加え方によって、その人の歩き方や走り方のアンバランスな部分を補正し、左右対称の理想的なフォームへと近づける手助けをする。

仕事柄、つい人の脚部や腰などを見てしまうという斎藤さん。立ち姿や歩く姿で、その人の骨格的な特徴や歩きの癖などがおおよそわかるという。「日頃、履いていらっしゃる靴のソールの減り方や甲のしわの寄り方などからも、その方の体重移動の様子がわかります」。

 

まずは最適な一足と出会ってほしい

モトクロスのバイクで大きなケガをしたことがある斎藤さんは、自身も足首や膝の故障に悩まされてきた。そのためインソールだけでなく、日頃から体全体のコンディショニングにも気を配っている。

そんな斎藤さんが、UTMFに出走して気づいたことがあった。「最後の20kmで足がむくみ、足裏のアーチがパンパンに腫れて、下りが全く走れなくなってしまったんです。これは初めての経験でした。超長距離における足の変化を強く実感しましたね」。こうしたフィールドでの経験が、シューズのフィッティングやインソール制作へと繋がっていく。

もし次にUTMFに出るなら、どんなインソールを入れるかと尋ねてみたところ、「後半の足のむくみを考慮して、ウルトラトレイル限定仕様の柔らかめのインソールをつくろうかなと考えています」との答えが返ってきた。

インソール作成

店の奥にはインソール制作工房がある。フルオーダーの場合、
まず吸引方式の機械で足型をとり、そこに細かなパーツを足していく。
その人に最も合ったバーツを選び、微妙な調整を加えながら仕上げる職人の技だ。

店を訪れてみるとわかるが、さかいやスポーツでは決してインソールを強くは勧めない。「うちはインソール専門店ではないので、まずはお客さまに最適の一足に出会っていただきたい。そしてフィールドを楽しんでいただきたいという想いがあります。その次の段階として、ケガの経験や不調部分がある方、長い時間走ったり歩いたりした時にパフォーマンスを落としたくない方に、インソールを試していただければというスタンスなんです」。

 

オフの日は仲間と山へ

オフの楽しみは、やはり山だ。「ロードよりも山を走る方が好きですね」。トレイルランニングを愛好する奥さまや気の合う仲間たちとともに山に出かけたり、大会に参加したりしている。

雪上トレラン

冬は雪上トレイルランも楽しむ。茨城県の宝篋山(ほうきょうさん)にて。

ここ最近で印象に残った大会は、昨年秋に出場した『ダイヤモンドトレイルラン』だ。大阪、奈良、和歌山の3県を駆け抜ける35kmのレースで、修験道の山である金剛山を通る。「この時は夫婦一緒にゆっくりと走りました。コースはゆるやかなアップダウンが続く、いわゆる“走れるトレイル”。ローカル色豊かな大会でしたよ」。

いま気になっているのは、富山県利賀村で開催される『TOGA天空マラソン』。高齢化と過疎に悩む町が、活性化を目指して取り組む大会だという。「このところ、地方の小さな大会に興味がわいています。情報はお客さまからいただくことも多いですね。いろいろ探して、仲間たちと行きたいなと思っています」。

 

Photo:Takuhiro Ogawa / Text:Yumiko Chiba