empty and full#03〜上野朋子さんが挑んだ『Grand to Grand Ultra』

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#03〜上野朋子さんが挑んだ初ステージレース『Grand to Grand Ultra』

2018-09-25_09-46-26 - MB-2 のコピーPHOTO COURTESY OF GRAND TO GRAND ULTRA

2018年9月、トレイルランナーの上野朋子さんがアメリカ アリゾナ州/ユタ州を舞台にした『Grand to Grand Ultra』に出場した。総距離273km、7日間6ステージに及ぶ自身初のステージレースだ。各ステージ平均45km前後、第3ステージが85kmともっとも長く、第6ステージが13kmともっとも短い。選手たちは7日間分の食料や着替え、寝袋、そのほか必要なものを持って走る。水(キャンプ地ではお湯)と夜間に体を休めるためのテントは運営サイドが用意してくれる。

上野さんは約10kgのザックを背負い、53時間15分16秒、女子10位でフィニッシュした。トレイルランレースに留まらず、国内外のトレイルで自分らしい山遊びのスタイルを追求し続けている上野さんはなぜいま、この大会に出場しようと思ったのか。出場のきっかけやレース模様を綴っていただいた。

 

【寄稿】『Grand to Grand Ultra』273kmの旅 上野朋子


ゴール地点は
Grand Stairecase Bryce Canyon 

7日目、そこにはPinkcliffと呼ばれる絶景が広がっていた。ここは標高2600mを超えるコース最高地点でもある。53時間15分16秒、273kmを走ってきてのゴール。この場所に辿り着くまで、自分がどんなフィニッシュを迎えるのかはまったく想像がつかなかった。7日間かつセルフサポートのレースで、いったい体はどんな状態になるのか……。そんな心配をよそに、自分でもびっくりするくらいあっさりとゴールゲートをくぐった。それ以上にゴール地点に辿りついたときに見た絶景、自然の色、高度感に圧倒され、鳥肌が立つような感覚を覚えていた。

「こんな景色を見たかった。贅沢な時間だったな」というのが正直な感想だ。もちろん、7日間走りきった充実感や達成感は、これまでに経験したことのないものだった。でもなんというか、この7日間は言葉に表せない、トレイルランニングの面白さに心が躍り続けた時間でもあったのだ。 

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ステージレースへの興味以上に
このフィールドを走りたかった

3年くらい前からこのレースの存在は知っていた。ここ数年アメリカのレースに参戦する中で、友人からも『Grand to Grand Ultra』について話を聞いていたからだ。Grand Canyon周辺の独特の地形や自然を写真で見る度に、「一度このエリアを訪れてみたい」という漠然とした気持ちを抱いていた。

2014年〜2017年の夏にはアメリカ西海岸やカナダのトレイルを走った。レースそのものも楽しいが、その地域にどんな山々があるのか、どんなトレイルが広がっているのだろうかと調べるのが好きだ。レース後に国立公園を回ったり、地元の仲間とキャンプをしたり、いくつもの山を駆け巡ったりする時間そのものに楽しさを感じていた。そして昨年、再びこのレースのことを思い出した。 

大学の講師という仕事柄、スケジュールの見通しが立つのが新年度が始まってからということもあり、正式にエントリーをしたのは2018年5月末くらいのタイミングだった。7日間走り続けるということ、そして273㎞という距離。これまでやったことのないチャレンジにもちろん不安はあったけれど、どんなやり方があるのか、どんな準備ができるのかを考える時間は充実していた。

今回のステージレースに対して不安がなかったわけではない。むしろ、エントリーをした当初から試行錯誤の連続だった。ステージレースに興味を持ったというよりかは、このフィールドを走りたかったというのが、率直な気持ちだ。それが自分のスタイルでもあった。自分にとってステージレースを選んだことは自然な流れでもあり、「このフィールドを走りたい」と思った場所が、たまたまステージレースの舞台だったと言ったほうが適切かもしれない。

だから、走りたいレースに向かうわくわくした気持ちが止まらなかった。レースでの目標は、いかに7日間を楽しめるか。そのための準備に集中した。これまで多くのフィールドを走ってきたし、遊んでもきた。短い距離もあれば、長い距離もある。自分にとっての最長は2014年信越五岳トレイルランレースの110kmだったから、273kmはとてつもなく長い距離であり、かつステージレースは全く未知の世界でもあった。

 

事前の情報収集は
あえて公式情報だけに

ステージレースそのものの仕組みや、その中にも様々なスタイルがあることを知ったのは、実はごくごく最近のことだ。自分のベースはあくまでトレイルランナーなので、このレースに関しての情報も、あえて公式情報からしか得ずに組み立てていった。チャレンジは初めてのことばかり。ただ、それが一番良いと思ったからだ。これだけSNSなどから情報が収集できる時代なので、ステージレースとしての準備はきっともっとできたのかもしれないけれど。

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そして、いつもお世話になっている信頼できる方々に相談し、補給や装備のアドバイをいただいた。気心の知れた友人たちが本当にいろいろと助けてくれ、応援してくれたことが力になった。もちろん、シングルステージと異なるということは十分に想定していた。自然の中で活動するということは、「何かが起きる可能性がある」ということで、トレイルランニングをする上でも、それは常に頭に置いていることだ。

ただ今回は7日間と長い。日中は35度を越えて夜間には0度にまで下がる気温差にどのように対応するのか、3日目の85kmを走るときには体がどういう状態になっているのかなど、当然ながらあらゆる面を想定しておく必要がある。そして、その対処法も考えておかなければならない。

  

ユタ州南部のKANAB へ

日本を出発し、アメリカのラスベガスを経由して、まずはユタ州南部のKANABという町へ入った。アリゾナ州、ネバタ州都も隣接する地域である。町からトレイルへもアクセスでき、パン屋さんやカフェなど小さなお店が集まったコンパクトな町並みだ。 

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この日はレースのチェックイン、必携装備のチェック、メディカルチェック、ビブナンバーの受けとりなどを町の広場で行った。選手がやらなければならないことは多いが、ボランティアスタッフを中心にとても運営はスムーズだ。

町から見える山は壮大で、「ウォーミングアップに山に行こうよ」という仲間からの魅力的なお誘いも、もう1日とガマン……。早く走りたくてしかたなかった。

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翌日、バスでKANABを出発し、Grand CanyonのNorth Rimへと移動した。ここが最初のビバーク地となる。Grand Canyonは東西に約450kmにわたる渓谷で、North Rimはコロラド川を隔てた北側に位置する。

目の前に広がるGrand Canyonのスケールには、ただただ圧倒された。何十もの層が見える。コロラド川が現在も削っている最も古い層で18億年前の地層だそうだ。North Rimの断崖絶壁に立ったとき、ものすごいところに来たんだなと感じつつ、これからのスタートが楽しみだった。 

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 PHOTO COURTESY OF GRAND TO GRAND ULTRA

 

時代の変遷を足許に感じながら

9月23日、朝8時にNorth Rimをスタートした。このレースは、毎朝8時にスタート(第3ステージのロングステージと、最終日はウェーブスタートとなる)し、その日のフィニッシュ地点でキャンプをする。初日は約50㎞のコースで、Grand Canyonを終日見ながら走った。 

6つあるステージのトレイルは、シングルトラックや岩場を登る個所、ガレ場など非常に変化に富んでいる。と同時に、それぞれのフィールドの自然の色に驚かされた。赤色や白色、グレー色の崖、薄茶色、そしてピンクがかった色。それらの変化はすべて地層の色の違いなのだ。それらの色の変化とともに時代が変遷しているということがとても興味深かった。地球の歴史を足元で感じながら走れたのは、すごく新鮮な経験だった。

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PHOTO COURTESY OF GRAND TO GRAND ULTRA
 

さらに興味深かったのは、砂地のトレイルだ。日本ではあまり見られない環境で、砂の足元がどんどん沈み埋もれていく(海岸線の砂浜のさらに砂が軽いような感じ)。背負っている荷物が重いので、足元はますます沈み不安定さが増した。

このエリアの中でもとくに有名な美しい砂漠地帯Coral Pink Sand Dunesも通ったが、景色は美しいものの体はしんどい。レース中で一番きつい時間帯だったかもしれない。このときは、アメリカ、スイス、オーストラリアの選手とパックで進んでいた。自分一人では進めなかったのではといま思う。

 

 寒暖差による体のダメージ

予想以上に大変だったのは昼夜の気温差だ。昼間は35度を超えるような暑さもあり、想定はしていたけれど、やはりダメージは大きかった。 

特に第3ステージ。この日はロングステージで85kmあるが、スタート時刻はこれまでと同様の朝8時。朝から暑く、9時過ぎには予想以上に日差しがジリジリと照りつけていた。いやな予感は的中した。紫外線が強すぎ、下半身(短パンをはいていたので、膝裏からふくらはぎにかけてが)水ぶくれになって脚が動かなくなった。体全体も熱中症のような感覚になってきた。日陰で荷物を下ろして、休むこと3回(笑)。レース中にこんなに休んだことは初めてだったが、前に進み続けるための判断だった。

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7日間走っていて、忘れられない風景がいくつかある。そのひとつが、第4ステージのトレイルだ。前日にロングステージを走っていたこともあり、それなりに体のダメージがあった。コースは、Zion National Parkの見えるキャンプ地をスタートする42km。スタートから比較的体調もよく、ペースは抑えながらも良いスピードで走れていた。

ステージ終盤、標高2000m前後でDiana’s ThroneというWhite cliffの岩壁を眺めながらの美しいシングルトラック。視界も開けていたので周りの景色に圧倒されながらも、自然と体が動き続けていた。本来のコースは、下り続けて上り返しとなるのだが、あまりにも気持ちよく叫びたくなるほどのトレイルだったため、コースをそのまま外れてしまった。たまたま前を(といってもしばらく前方)走る選手に丘の上から呼ばれてしまう。それくらいに気持ち良いトレイルだった。

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国や文化が違っても気持ちは通じる

レースの中で、きつい時間帯というのはあるもの。それでも、前に進み続けられたのは、一緒に走る選手と話したり、ボランティアスタッフが声をかけてくれたりと、人の力があったから。

 第5ステージ。この日の終盤は暑かった。しかも、コースには日影がなく、なかなかのタフさを強いられていた。いつものように同じような顔ぶれで進む(日に日に、なんとなく前後の選手は顔見知りになる)が、お互いに前に出たり、出られたりの繰り返し。周りの選手もだいぶ疲労がたまっているようで、表情とジェスチャーといったコミュニケーションからも、それがよくわかった。そんなときこそ、お互いに大変だったセクションのことや、自分の国の文化の話をして盛り上がることもあった。

各ステージに3〜4カ所あるチェックポイントには、とにかく陽気で、気さくに声をかけてくれるスタッフがいる。国も地域も文化も異なるのに、「自然の中を走る」という行為を通じて何か気持ちが通じるものがあるように感じた。

 

止まるのがもったいない

とにかく走っていて楽しい、ただただ楽しい。そんな毎日だった。こんなところを走れるのかという新鮮さと、トレイルのコンディションが変化していく面白さに毎日わくわくしながら走っていた。

最終日、キャンプ地から見えるBryce Canyon を目指す。これまで260kmを超える距離を走っていたことを忘れるくらいよく体が動いた。途中、7日間をともにしたいつもの仲間と走る場面もあった。いつものように、お互いに前後を行ったり来たりした。

山頂へと続くトレイルを走っていると、突然視界が開けて、今までとはまた違った山が現れた。高度感と岩場、壮大な岩壁、「わーっ」っと声が出そうになるのと同時に、気持ちの良いシングルトラックの上を足はどんどん加速していった。50kmレースの終盤でも、100kmレースの終盤でもあまり出したことのないようなスピード感で走っていた。足を止めて景色を眺めていたい気持ちもあるけれど、止まるのがもったいない。写真を撮るのも、撮るために足を止めるのももったいない。前に進むことだけを考えている、そんな不思議な感覚だった。初めての感覚だった。 

「あれはなんだったのだろか?」と、ゴールしてからも考えた。その不思議な感覚の答えは、はっきりとはまだわからない……。体と心がマッチしたような感じとでもいえばいいのだろうか。

 

 「走って、生活をする」という贅沢な時間

このレースを振り返り、それをあらめて言葉にしてみると、「純粋におもしろくて」「走って、生活をする」「シンプルで贅沢な時間」だったと言える。はたから見たらきつそうなことでも、自分にとっては楽しくて好きなことだから苦痛ではなかった。

魅力的なフィールドがあって、そこで出会う人たちがいる。自分にとってのトレイルランニングは、走ることを超えて、心を突き動かしてくれるものとの出会いなのだと改めて感じた。

自然の色がとにかく綺麗だった。夕焼けが空を染める時間はほんのわずかだ。分単位で空の色が変化するのを眺めていた。空の色、空気の冷たさ、温かさ、それを感じるセンサーはデジタルでは測りきれないものだと思う。日の出、日没、月の明るさ、そうしたシンプルなものの美しさに気づき、感動する。ここには、加工された写真の色ではない自然の色が広がっていた。

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 PHOTO COURTESY OF GRAND TO GRAND ULTRA

 

自然と体との対話から得たもの

このレースでは原則、電子通信機器の使用が禁止されている。当然、外部との通信手段は得られないし、GPSも使用できない。ではその中で、距離や天気、フィールドの情報をどう得るのか。それは自然とのやりとり、自分の体とのやり取りの中にある。 

日常生活では仕事があり、日々の生活を営む上でのやるべきことがたくさんある。デジタルの機器に囲まれて、いつでも必要な情報を得ることができ、それをSNS で発信することもいまや多くの人にとって身近な行為になっている。自分自身も日々そのような生活を送っているが、今回の7日間では「走る、食べる、会話をする、寝る」という実にシンプルな時間を過ごした。 

私たちは日頃、シャワーを毎日浴びる。日本人は1回のシャワーで60リットル近い水を使用しているそうだ。キャンプ地では水はとても貴重だった。飲料水、手や足を洗う分も含めて、1人4.5リットル程度。共同のタンクでお互いに気遣いあって使用する。そして、ごみをいかに減らして生活するかということを考える。そんな時間を過ごしながら、人と人が思いやって生活すること、生活の根源について考える機会にもなった。

ステージレースに固執するつもりはまったくない。7日間通して走り切ることから学んだ、必要な装備、必要な食糧、自分自身のコンディショニングや走り方、毎日変化する自然条件への対応、普段のトレイルランニングをベースにした事前準備などによって、より長く自然の中で遊べる経験値がほんの少し上がったかなと感じている。きっとこの先、違ったフィールドで遊ぶときにも生かせることが多いと思うし、レースに限らず、さまざまなスタイルで遊ぶためのきっかけのひとつになったのではないかと。

新しい世界との出合いは冒険心を掻き立てられるものだった。そして、自分が本当に好きなものは何かを問い直す時間にもなった。「自然の中を走ること」は自分にとってライフスタイルの中にあるものだ。今までも、そしてこれからも。この先も、最高に楽しい時間を突き詰めていきたいと思う。

多くの方に応援していただき、協力をしていただいた今回のチャレンジ。皆さんのお力なしでは達成できなかったと思います。この場を借りて改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。

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Profile 
上野 朋子 Tomoko Ueno

1983年神奈川県横須賀市生まれ。子どもの頃から家族と登山やスキーなどアウトドアを楽しむ。中学高校、順天堂大学時代はテニス部に所属し、大学院ではスポーツ心理学を専攻。修了後、大東文化大学の教員に。2009年からトレイルランを始め、国内外のレースに参戦。斑尾フォレスト50km優勝、信越五岳トレイルラン2位、志賀高原エクストリームトレイル2位、Cougar Mountain Trail race(米国)優勝など。冬はスキー、グリーンシーズンはトレイルランや縦走登山など四季を通じて山に親しみ、新しいフィールドとの出会いを楽しんでいる。

 
Special Thanks:Grand to Grand Ultra