vol.17〜 長嶋良男さん(『新潟トレラン普及委員会』代表)

『山物語を紡ぐ人びと』vol.17〜 長嶋良男さん(『新潟トレラン普及委員会』代表)

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地元トレイルへの深い愛情

どんな地域にも地元を愛し、その場所の未来を考え、溢れる情熱によって人の心を動かしてしまう人がいる。

トレイルランニングに魅せられ、その魅力をより良いかたちで広めていきたいと、生まれ育った新潟で地道に活動を続ける長嶋良男さんも、そのひとりだ。『新潟トレラン普及委員会』の代表を務めるほか、新潟市秋葉区金津にある“石油の里”を舞台にした『秋葉丘陵トレイルランニングレース』の運営を手がけている。

どうしたら山のマナーやルールが伝えられるか

2010年からスタートした『秋葉丘陵トレイルランレース』は、参加者250名ほどのアットホームな大会だ。地元の人たちに親しまれている里山、秋葉丘陵の利活用を柱に企画した。もうひとつの大きな目的は、年々増え続けている県内のトレイルランナーに向けての山のマナーとルールの啓発だ。

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第1回目の開催にあたっては、ランニング専門誌ランナーズが実施していた『ランナーズ・トレイルランサポートプロジェクト』が後押ししてくれたという。「県内で山のマナーを伝えるにはどうしたらいいかと悩んでいた時、このプロジェクトを知りました。大会を通して伝えるのが一番多くの人に伝わるのではと考えて応募したところ、選出され、サポートを受けることになったのです」。

回を重ねるごとに少しずつ、大会もブラッシュアップしてきた。

例えばコースレイアウト。第1回目は現在のショートコースに近いトレイルを2周する形でロングコースを構成していたが、第2回目からは新潟市と隣接する五泉市までコースを延ばし、二つの里山の自然の違いを感じられるラウンドコースに仕上げた。秋の新潟の里山の美しさを、たっぷりと味わえるトレイルだ。

現在の参加者数の内訳は、ロングコース23kmが150名、ショートコース10kmが100名。丘陵内にある里山ビジターセンターの施設を利用し、大会本部や着替え場所、休憩スペースに当てているため、オペレーションもスムーズだ。

同大会ではボランティアスタッフを“おもてなし隊”と呼ぶ。いつしか仮装をするスタッフが増え、参加者をもてなすだけでなく、自分たちも楽しみながら大会を運営していくというスタイルが定着していったという。

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                      (秋葉丘陵トレイルランニングレース実行委員会+おもてなし隊)

「この大会では、トレイルランニングの楽しさと、秋葉丘陵の里山トレイルの自然をたっぷりと感じてもらいたい」と長嶋さんはいう。

大会要項には、参加者に向けてこんなメッセージが綴られている。

————略———
「新潟のトレイルランナーは、ほんとマナーがいいよね。」という声が聞こえてくる日がくるように、まずは地元の秋葉丘陵から始めてみませんか? そして、いずれは全国のお手本になって、「日本のトレイルランナーは、ほんとマナーがいいよね。」にとつながっていけたら、主催者冥利に尽きます。


《トレラン当たり前4ヶ条》
・ごみは捨てない(逆に拾うくらいの気持ちで)
・人に会ったらあいさつする(さわやかなコミュニケーション)
・人を見つけたら走るのをやめ、あるいてすれちがう(安全に山道を行き交う)
・山道を外れない(自然保護の精神)など

お互いの顔を知ることの大切さ

「レースが生まれて最も変わったことは、地元の役所や自治体、里山で活動を続ける団体など、秋葉丘陵に関わる人たちの顔が見えるようになったこと。加えて、山の新参者である僕らトレイルランナーの顔も知ってもらえるようになりました。それはとても大きな意味を持っています」と長嶋さん。直接お互いを知ったことで、関係性がより明るいものになったと感じている。

「どんなものごとでも、まずは相手の人となりを見て判断しますよね。そういう意味では、山においても、自分は何者でどういう考えを持って活動しているのかを最初に相手に知ってもらうことが大切なのかなと思うんです」。

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自分たちの役割は山のマナーやルールをきちんと伝えて、トレイルランニングの健全な普及を行うこと。そのため、この大会は競走を目的としていない。「里山の容量を考えて、身の丈に合った規模で開催しています。これからも、無理に大きくしようとするつもりはないんです」。

実は同大会を開催する以前から、長嶋さんの活動はすでに始まっていた。

2009年、ランニング仲間の志田貴裕さんとともに『新潟トレラン普及委員会』というグループを立ち上げ、県内におけるトレイルランニングの普及と情報発信に努めていた。2010年に『秋葉丘陵トレイルランニングレース』が始まったことで、委員会の活動に共感する仲間も増え、現在『新潟トレラン普及委員会』と『秋葉丘陵トレイルランニングレース』の実行委員メンバーは、かなり重なっているという。

「ほとんどが、新潟で活動するトレイルランナー・松永紘明さんのイベントや講習会を通して知り合った仲間たち。僕らが地元でいまのような活動ができているのも、県内で長年、トレイルランの普及活動を続けている松永さんが基盤をつくってくれたお陰なのです」。

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松永さんを通じて、大会を支援してくれる地元企業との出会いもあった。例えば、『久保田』や『朝日山』などの日本酒を製造する蔵元・朝日酒造は入賞者への賞品のほかに、大会後に実施するジャンケン大会の景品として、人気銘柄をたっぷりと用意してくれている。ローカル大会におけるこうした地元企業との連携は、地域の魅力発信に繋がっているだろう。

大会前後だけでなく、長嶋さんは日頃から秋葉丘陵に出かけ、トレイルのチェックや整備の手伝いなどを行っている。私たちが一度目の取材で訪れたのは、大会開催の数ヶ月前、真夏の暑い日だったが、丘陵内のトレイルが美しく保たれているのがとても印象的だった。

ふと気づくと、私たちを案内してくださる間も、長嶋さんはトレイル上で見つけた小さな包み紙を拾っている。「トレイルランナーがゴミを落とさないのはもはや当たり前のこと。僕らにとっては、もう拾うのも当たり前になっています」。

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ボランティア経験を、大会参加資格に入れてもいい

トレイルランニングへの想いは県境を越え、長野県北信濃エリアにまで及んでいる。大会やイベントを通じてアウトドアアクティビティを提供する『北信濃トレイルフリークス(KTF)』の大会運営にも、過去4年間、ボランティアスタッフとして携わってきた。

KTFが開催する大会で“おウマさん”の仮装をしたスタッフがコース誘導する姿を見たことはないだろうか。参加者たちにユーモア溢れる声援を投げかける姿は、長嶋さんのもう一つの顔だ。

「KTFの大会でボランティアに関わるようになったのは、2012年6月に開始された“モントレイル戸隠マウンテントレイル”から。秋葉丘陵トレイルランニングレースの質をもっと高めたくて、レース運営のスキルを学ぼうと思ったのがきっかけでした」。

なぜ、馬の仮装をするようになったのだろう。

「“斑尾フォレストトレイルズ50km”のボランティアで初めてドラえもんの仮装をしたところ、参加者の反応がすごかったんですね。それで楽しくてのめり込んでしまいました。仮装していると別の人の感覚になれるのが面白い。だから、おウマさんの時はかなり強気なんですよ(笑)」。

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これまでボランティアを通して、たくさんの人の輪が生まれたという。

「心の底からトレイルランが好きだという全国の仲間に巡り会えたことは、僕の人生の宝物です。ボランティアを経験したからこそ気づいたこと、見えてきたものもたくさんあります。それは走っているだけでは気づけない感覚です」。

もちろん運営ボランティアは体力的にもきつく、時には難しい判断をしなければいけないこともある。しかし、仲間とともにその苦労を乗り越えた時の達成感、参加者の笑顔を見た時の充実感は何ものにも代えがたいと長嶋さんはいう。

「僕はいま、ひとつ危惧していることがあるのです。それは全国でレースがどんどん増えたことで、トレイルランナーではなく“トレイルレーサー”が増えているのではないかということ。速く走りたい、少しでも速くゴールしたい、そんな空気が加速しているような気がします。でもそれって、ロードレースと変わらないですよね。せっかく山に入っているのに、もったいない。とても残念だなと思うんです」。

トレイルランナーはどこかで「大会だからランナー優先だ」という思考に陥っていないだろうか。もしアクシデントがあっても、レースなら誰かが助けてくれるという甘えがないだろうか。

「レースでは、装備もそれほど持たなくてもいいだろうと思いがちです。コース上には矢印看板も設置されているし誘導スタッフも立っているから、地図さえ見なくていい。事前にコースを調べておかなくても、走れてしまうわけです」。

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トレイル上で誘導を行いながら、「せっかく都会から自然たっぷりの山に来ているのだから、もっとゆっくり楽しんで走ればいいのに」と思うこともあるという。

「だからこそ、トレイルランナーにはボランティアも経験してほしいなと思います。大会に対する見方、姿勢が変わるはずだから。例えば、50km以上の大会には、エントリー資格に走力だけでなく大会運営やトレイル整備のボランティア経験も必須要項にすればいいんじゃないですか。そうしたら、トレイルランナーがもっともっと進化するような気がします」。

2015年を最後に、ひと区切り

実は長嶋さん自身は年々、レースに出場したいという気持ちが減少してきている。

レースに出ているだけでは、山のスキルは上がらない。もちろん、大会が山に触れる大きなきっかけのひとつであるのは確かだが、本来、山に入る上で身につけなければいけない技術の体得からは少なからず遠ざかってしまうと感じている。

「山に入るのなら、少しでも山のスキルアップに繋げて欲しい。大会ばかりでなく、行ってみたい山の地図を手に入れて計画を立ててみる。必要な装備は何か、想定されるリスクは何かを自分で考えてみる。大会ではなく、ひとりきりで行ける山を見つける楽しさを知ってもらいたいんです。そこから始まる山の魅力は無限大ですから」。

そして自分自身の経験値がある程度まで高まったら、今度は仲間を山に連れて行くのがいいという。自分がリーダーになることで、山における安全や責任についての意識が変化するからだ。

「トレイルラン愛好者だけでなく、ハイカーや山屋の人たちと一緒に山に入ってみるのもいいと思います。さまざまな視点を知ることができますからね」。

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長嶋さんは、昨年末にある決断をした。

2015年を最後に、長年、愛着を持って携わってきた『秋葉丘陵トレイルランニングレース』の実行委員長という役割からも、KTFの運営ボランティアからも退くことにしたのだ。

「これまで、大好きだからこそ頑張れた部分は大きいです。本当にたくさん悩んできましたし、体力的にも精神的に多くの時間を捧げてきました。少しだけ頑張りすぎたので、ここでひと区切りつけて、これからは別の形で山に関わりたいと思っています」。

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山では偶然に誰かに会える、それがいい

2016年からは個人的な山歩き、山走りをもっと楽しみたいという。山に出かける際には30Lほどのパックを背負い、一眼レフを抱えて高山植物や目にとまった美しい風景を撮影する。山頂ではオープンサンドをつくり、コーヒーや紅茶を飲む。

「名もない里山に見たこともない景色が広がっているかもしれない。そんなシーンにもっと出会っていきたいですね」。

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大会運営やボランティアを通じて山の仲間が増えたことで、約束をしなくても偶然に山中で誰かに出会うことが多くなった。

「こういう偶然が起こるのが本当に嬉しい。みんながさらりと里山や低山に出かけられる山のスキルと装備を身につけて、同じフィールドを楽しむ。そこで偶然の出会いが起こって、笑顔で交流する。そういう姿が日常の光景として、新潟県内で見られるようになったらいいですね」。

さらに、各地のローカルトレイルランナーが地元の山を守り、自慢のトレイルを他のエリアのトレイルランナーに伝えていく。そんな横の繋がりがもっともっと生まれたらと、長嶋さんは期待している。

「ローカルからトレイルを盛り上げたいんです。少しずつでも自分たちの遊び場の整備に関わっていけたらいいなと思います。いまは中高年ハイカーが山の整備活動の中心になっていますが、近い将来に世代交代して、きっと僕らが山の活動の中心になっていくでしょう。その時に重要になってくるのは、やはり山での経験値と山に対する真摯な姿勢。しっかりとしたリーダーが次の世代を牽引していく。トレイルランナーの間でも、そんな山との関わり方が生み出せたらと思っています」。

ひとつの分岐点から、新しい道へと歩き始めようとしている長嶋さん。これからもきっと、新潟のトレイルのどこかで、長嶋さんに会えるだろう。

そんな偶然の出会いを期待して、まだ見ぬローカルトレイルを旅してみたい。

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新潟トレラン普及委員会 facebookページ
https://www.facebook.com/niigata.trail
place:AKIHA KYURYO,NIGATA
photograph:Shimpei KOSEKI