vol.3〜 大塚浩司さん(株式会社ネイチャーシーン 代表取締役)

『山物語を紡ぐ人びと』vol.3〜 大塚浩司さん

明快なビジョンとパワー溢れる行動力で、 多くのトレイルランナーから支持を集める大塚浩司さん

明快なビジョンとパワー溢れる行動力で、
多くのトレイルランナーから支持を集める大塚浩司さん

 

北信濃を舞台に、5つの大会を主催

長野と湘南を拠点に、アウトドアプログラムの企画や運営を行う株式会社ネイチャーシーン。代表取締役の大塚浩司さんはアクティブなビジネスパーソンであり、自らも実力派のトレイルランナーだ。近年は、出身地の北信濃におけるトレイルランニング大会の開催に力を注いでいる。

レース運営は、大塚さんを含めた4人のメンバーからなるチーム『北信濃トレイルフリークス(以下、KTF)』で行う。トップアスリートの山田琢也さんもそのひとりで、レースの顔的な役割を担っている。

初めて主催した大会は、2012年『モントレイル戸隠マウテントレラン(20km)』だ。通常、トレイルランニングのレースは日曜日に行われることが多いが、この大会は土曜午後のスタート。出走者の8割が関東からの参加であることから、走った後にゆっくり滞在してもらいたいと、レース終了後のBBQパーティと宿泊をセットにしたプランを発案した。

「土曜日に前夜祭を行って前泊を推奨する大会もありますが、レース後の方がゆったりした気分でお酒を楽しめますよね」と大塚さん。KTFが主催する大会のほとんどは、このスタイルをとっている。

2014年6月7日(土)に開催された『モントレイル戸隠マウンテントレイル』。 スタート&ゴール会場の戸隠スキー場からは、戸隠連峰を望むことができる。

2014年6月7日(土)に開催された『モントレイル戸隠マウンテントレイル』。
スタート&ゴール会場の戸隠スキー場からは、戸隠連峰を望むことができる。

2013年から始まった『 “ROKIN BEAR”モントレイル黒姫トレイルランニングレース(ロング23km、ショート13km)』は、山田さんとプロトレイルランナーの石川弘樹さんのツートップがプロデューサーを務め、特に人気が高い。

同じく昨年から始まった『志賀高原マウンテントレイル(ロング40km、ショート13km)』は、ユネスコエコパークに認定されている志賀高原が舞台。トレイルランナーの山室忠さんがプロデュースを行うミドルレンジの大会だ。

さらに今年から2つのレースが加わる。

ひとつは、8月に開催予定の『NOZAWA TRAIL FES』。MTBのダウンヒルコースを利用し、トレイルランニングとMTB、ストライダーを同時開催するフェス的な要素の詰まった大会。もうひとつは、『モントレイル志賀高原エクストリームトライアングル』で、志賀高原と切明温泉、野反湖を結び、コースのほぼ全域が標高2,000mを超える本格的な山岳耐久レース。KTF主催の中で最も距離が長く、最もチャレンジングなレースとして位置づけている。

 

金融マンからトレイルランニングの世界へ

大塚さんの経歴は、この世界において少し異色といえるかもしれない。ニューヨークの大学で金融学を学んだ後、日本に帰国。外資系証券会社で事業法人の営業職に携わっていた。数百億円、時に1兆円を動かすような世界だったという。金融マンとして12年ほど働き、リーマンショックを機に退社する。

その後、長野市内にビルを借り、アウトドアプログラムを提供するスポーツクラブの経営に着手する。ヨガやノルディックウォーキング、トレッキングなどのプログラムを提供していたが「地元の人にとって山は当たり前にあるもの。アウトドアで非日常を味わうという提案がなかなか伝わりませんでした」。結局、2年ほどで閉館した。

この時に出会ったのが、山田琢也さんだ。「なんと爽やかな人物だろうと衝撃を受けました。もう、運命の出会いですね(笑)。一緒に楽しいことをやっていきたいなと思ったんです」。

この出会いをきっかけに自らもトレイルランニングを始め、長野市内の広告代理店に勤める古平剛史さん、戸隠観光協会の小林孝浩さんと4人で KTFチーム を結成。大会を企画していく。

トレイルランナーとして、さまざまな大会に出場する。 写真は2013年『OSJ新城32kトレイル』。

トレイルランナーとして、さまざまな大会に出場する。
写真は2013年『OSJ新城32kトレイル』。

 

ワンウェイの大会はつくらない

レースづくりには、明確なビジョンがある。

まずスタート地点とゴール地点が異なる ”ワンウェイ“ の大会はつくらない。スタートとゴールが同一地点の方が運営の手間もかからず、家族や仲間も応援しやすいからだ。「8の字を描くようにコース取りする大会もあります。こうすると選手が同じところを2回通りますから、応援も楽しいんです」。

大会を計画したら、KTFのメンバーで関係各所に丁寧にアプローチしていく。早い段階からコースを精査し、環境省、林野庁、森林管理署など一つひとつに許可申請を行う。自然への配慮についても高い意識を持ち、トレイル上の稀少な植物の写真は事前にすべて撮影して「花々を踏まないように!」と看板を立て、参加者たちに注意喚起する。トレイルの草刈りやコース整備も、すべて自分たちだけで行う。いずれの大会も、参加者数を一般部門で1000人未満に絞っている。

こうした地道な努力によって、当初はトレイルランニングに対して保守的だった地域でも、次第に理解が得られるようになっていったという。「準備期間には最低でも1年は必要です。今年から始まる ”志賀高原エクストリームトライアングル“ は、長野県と群馬県をまたぐので、2倍の労力がかかりました」。

いま都市部に近い山では、ハイカーなど他の入山者とトレイルランナーとの問題が起こっている。「正直、北信濃ではこういうトラブルは聞きません。山に入る人の絶対数も少ないですしね。僕らの大会は人数も制限していますし、開催日・開催場所も厳選していますから」。基本的に、トレイルランナーのマナーは非常にいいと大塚さんはいう。「自然への気配り、ハイカーとのルール遵守さえしっかり出来るのならば、堂々と山を楽しむべきです」。

 

地元の人たちを “イベント疲れ” させないために

トレイルランニングを仕事にする大塚さんの考え方は、合理的でとてもシンプルだ。「自分が生きていくためにも、最低限のお金を稼がなければなりません。綺麗ごとだけでは何も始まらない」。

例えばボランティアについて。ボランティア精神はもちろん大切だけれど、仲間のやる気を引き出すためには、ボランティア精神に頼るだけでは大会は継続していかないという。こうした考えに至ったのは、過去にいくつかの事例を見てきたからだ。「大会によっては地元の方々がひどく疲弊してしまっている。イベントのために土日もタダ働きで駆り出され、大会開催に対してネガティブなイメージを持ち始めているケースもあるんです」。

多くの人たちに協力してもらうには、モチベーションとして続く何か—-、例えばお金であったりパブリシティ効果であったり、何らかのメリットが必要だと強調する。「僕らの大会では開催地にできるだけ負担をかけたくない。宿泊などできちんと経済を潤して、マンパワーは極力、借りないようにしています」。

トレイルランニングに関連する企業だけでなく、地元企業が数多く協賛しているKTFの大会。食や文化などで地域色を打ち出す “地域密着型” でありながらも、地元の方たちに負担をかけないよう努めているという。「直接的な労力をお借りするのは、大会の朝、5〜6名の方に交通整理をお願いすることくらいです」。

レースでは、コース上で選手を激励。 一人ひとりに大きな声援を送る。

レースでは、コース上で選手を激励。
一人ひとりに大きな声援を送る。

何より継続することこそ大事だ、と大塚さんは強く思っている。「僕の仕事は仲間をハッピーにすること。また次も大塚さんとやりたいと思ってもらいたいんですよ」。

 

大会づくりは決して難しくない

大塚さんのところには、大会を主催してほしいという依頼も多い。「でも僕は地元以外でやるつもりはありません。大会運営は決して難しいことではないんです。機会があれば、僕が知っている限りのことは伝えたいという気持ちはあります」。

新潟県妙高市の国際自然環境アウトドア専門学校では、非常勤講師としてスポーツマネージメントの授業も担当している。次の世代に向けた取り組みのひとつだ。

 

トレイルラン用ポールの開発と、新しい2つのレース

来年に向けて、いま2つの大会を準備している。

ひとつはご自身の練習場所でもある善光寺の裏山で行う15km程度のトレイルランニングレース。地元の人たちが気軽に楽しめる大会にしたいという。もうひとつは、近年、人気が高まりつつあるスノーシューの大会だ。こちらは斑尾高原での開催を予定している。「ずっと前からやりたかったんです。雪に覆われた北信濃の山は本当に美しい。ぜひ、みなさんに見てもらいたいんですよ」。

さらに新たな取り組みとして、ポールの開発も手がけている。

クロスカントリーの選手だった山田さんプロデュースで、秋頃に発売する見込みだ。「トレイルランポールは、これまであまり選択肢がありませんでした。軽くてかっこいい、シャープなものをつくりたい。トレイルランだけでなく、登山でも使いたくなるような商品になると思います」。

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スタート前、競技説明を行う山田琢也さん(左)と大塚さん。

ブランド名は『エクストリームトレイル』。数種類の展開を予定しており、最初にリリースするのは、カーボン素材の『Climber(クライマー)』だ。「ものづくりは初めてですが、面白いですね。お客さまの手元に渡ったら商品として一人歩きしていくので、妥協が許されない。しっかりつくらなければと思っています」。

 

いつかはトランスジャパンアルプスレースに

7つの大会が出揃ったら、今後はあまり大会を増やす気持ちはないという大塚さん。これからは一つひとつの大会のクオリティを上げることに力を注いでいきたいという。「参加者のみなさんが旅として長野を訪れた時に、最高のおもてなしができるようにしたい。そして地元である長野のよさをもっと伝えていきたい。長野の価値をもっともっと上げたいと考えています」。

ホスピタリティを高めるために、パーティのクオリティ向上や表彰式の短縮化など、小さなことからブラッシュアップしていく。トップ選手のエージェント的役割も担う大塚さんは、今後ますます、新しいスポンサーも開拓していきたいと意気込みを語る。

ゴール後、近くのホテルで行うBBQパーティ。 参加した選手たち、大会をつくった人々が親睦を深めるひとときだ。 Photo by Sho Fujimaki

ゴール後、近くのホテルで行うBBQパーティ。
参加した選手たち、大会をつくった人々が親睦を深めるひとときだ。
Photo by Sho Fujimaki

最後にご自身のトレイルランナーとしてのチャレンジについて伺った。「実は、トランスジャパンアルプスレース(=TJAR)に出場するのが夢なんです。海から海まで自走するなんて、格好よすぎませんか? 参加資格は持っているのですが、残念ながら今年は予選会、本番が主催大会と重なってしまいます。出られるとしたら、2年後ですかね」。

これまでもこれからも、大塚さんの周りには熱い風が吹き抜ける。

 

 

株式会社ネイチャーシーン 公式サイト
http://www.nature-scene.net

※)トランスジャパンアルプスレース
2年に一度、8月に開催されるトレイルランニングレース(通称、TJAR)。富山県魚津市の早月川河口をスタートし、北アルプス、南アルプスを経由して、静岡市の大浜海岸までを目指す。総距離は約415km、累積標高差は約27,000m、制限時間192時間(8日間)。厳しい参加資格と選考会が設けられている。