vol.8〜 中込真太郎さん(エルク店長 / 登山ガイド)

『山物語を紡ぐ人びと』vol.8〜 中込真太郎さん

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山梨県甲府市にある登山・アウトドアの専門店『エルク』で、店長として働く中込真太郎さん。学生時代から登山を始め、現在はトレイルランニングも楽しみ、UTMFやハセツネ、信越五岳トレイルランニングレースなどの完走経験を持つ。登山ガイドの資格も有し、山歩きとトレイルランニングそれぞれの魅力を深く知る中込さんに、山との触れ合い方についてうかがった。

 

南アルプスの山々に囲まれて育つ

甲府のエルクは、北米で釣りやキャンプなどのアウトドア文化に親しんだ柳澤仁社長が、日本でもその魅力を伝えたいとの想いで1984年に創業した店だ。中込さんは15年ほど前から、ここで働いている。

南アルプス市育ちの中込さんだが、子ども時代は山との接点は少なく、しぶしぶ学校登山に行った記憶くらいしかない。小中学校は野球部に、高校ではラグビー部に所属していた。

横浜の大学に進学してからは、テニスとスキーのサークルに入った。「大学では軟派なサークル活動しかしていなかったんですよ(笑)。母は昔から登山が趣味でしたが、中学や高校時代は親と出かけるのが苦手な年頃ですから、一緒に行ったことはなかったですね。山に囲まれた場所で暮らしていたのに、不思議なものです」。

インタビュー04

この秋、第一子が誕生してパパになられた中込さん。休日は意外にも
インドア志向なのだとか。自宅で映画や読書を楽しみ、リラックス。

 

自らの意志で山に登るようになったのは、大学の頃、山岳部に所属していた友人に誘われたのがきっかけだ。初めで訪れたのは、富士山だったという。「若かったので、いまでいう弾丸登山でした」と振り返る。

 

登山の魅力に目覚めた20代

大学卒業後は地元の山梨に戻った。就職活動は行わず、ひとり黙々と山にのめり込む日々。25歳の頃、登山の費用を稼ごうと働き始めたのが、エルクだ。「釣りや登山を長年、続けている社長のもとで、いろいろと勉強させてもらいました」。現在、柳澤社長ご夫妻をはじめとして、登山経験豊かな女性スタッフ、クライマーの男性スタッフと共に店を切り盛りしている。

顔なじみのお客さまも多いことから、店では定期的に登山イベントを開催。スタッフが交代で帯同する。「僕らはガイド、イベントスタッフとして同行しているのですが、自分たちもお客さま以上に楽しんでいる感じですよ」と中込さんは笑う。

登山イベント01補正

2014年4月に訪れた屋久島・宮之浦岳頂上にて。
中央後ろ、ザックを背負っているのが中込さん。

 

年に2回ほど海外登山のイベントもあり、最近ではニュージーランドに出かけた。頂上を目指す登山としてはハードな山が多いが、眺めのよいロングトレイルが数多くあるという。2年前には世界遺産のマチュピチュも訪れた。「以前出かけたヨセミテも印象的でしたね。この時は僕一人でイベントの下見をしたのですが、結局、ツアー自体が成立しなくて。こうしてさまざまな経験ができるのは、本当に役得といえますね」。

 

初めてのトレイルランレースは、新鮮な驚きに満ちていた

中込さんがトレイルランニングを始めたのは、2005年のこと。まだトレイルランニングという言葉は一般的ではなく、山岳マラソンと呼ばれていた。「お客さまにハセツネに誘われたのです。71kmを24時間以内でゴールするなら大丈夫かなと思い、出場しました。当時のハセツネはいまとは雰囲気が違っていましたね。いまトレイルランナーでタバコを吸う人は少ないですが、会場には灰皿があって、たくさんのスモーカーがいました」。

トレイルランニング専用のザックもまだない時代。手持ちのザックの中から20L程度の一番軽いものを選んだ。雨具も重くて丈夫なもの、ストックもLEKIのトレッキング用を持参した。「スタートからゴールまでずっと雨。勝手がわからなかったので、スタート時に雨具を着ていました。ふと周りを見ると、みんな着ていない。なぜだろうと思っていたら、すぐにわかりました。走り始めると、途端に暑くなるんですよね」。

補給食のジェルやバーも普及していなかったので、コンビニのおにぎりを10個ほどリュックに詰めた。レース中に、ほとんどを食べてしまったという。「栄養補給についても知識がありませんでしたから、一緒に出走した人とレース前に吉野屋に入って、牛丼をがっつり食べました。とりあえず体力をつけておかなければと思ってね(笑)。でも荷物をすべて背負う、エイドがないといったことには不都合は感じなかったですね。登山と同じですから」。 “山屋”である中込さんにとって、初出場のハセツネは何もかもが手探りで新鮮な体験だったという。

ミシン

店内には業務用ミシンもある。パンツの裾上げはもちろんのこと、
ちょっとしたリュックのほころびや、シューズの糸ほつれも修理可能だ。

 

実は大会に臨む前、距離感を掴むために一人で試走に行った。日帰りのつもりが道に迷い、思わぬ展開に。「雨も降ってきて気持ちが折れてしまって。一通りの装備は持っていたので、ビバークしました。予定外にコース上で一泊してしまったわけです」。

この頃、日常的にランニングの練習は行っていなかったが、山を走ることに違和感はなかったという。「友だちとの登山でも時間を短縮するために、下りは走っていました。昔の“山屋”さんは結構、下りで走っていたんですよ。かつて社長と登山に出かけた時にも、早く下りて温泉に入ろうと二人で走りましたね。もちろんシューズは登山靴でしたけれど」。

 

土曜日恒例のトレイルランイベント

ハセツネに初出場した頃から、店でもショートカットのシューズや軽いザックなどトレイルランニングの用品を扱うようになる。相前後して、地元出身の山本健一さんがトレイルランナーとして台頭し、県内でも徐々にトレイルランニングの認知度が高まっていった。愛好者の人口も年々、増えていることから、店では登山用品に負けないほどトレイルランニングのアイテムに力を入れているという。

 

エルク概観補正済み

店内

広々とした店内。登山、トレイルランニング、クライミング、
キャンプなど、幅広いアウトドア用品が揃う。

 

毎週土曜日には、柳澤社長の主導でトレイルランニングイベントも実施している。朝6時半に集合して、近くの湯村山、白山、千代田湖周辺を走るイベントだ。頂上まで走る人もいれば、少し手前で折り返す人もいて、ペースはさまざま。解散時刻も自由。なんとも緩やかで楽しそうだ。

「僕らはだいたい8時半頃に下山してお風呂に入り、朝食バイキングを食べに行ってから店に出ます。イベントは、かれこれ5年ほど続いていますね。僕は朝が弱いので、最近なかなか参加できないのですけれど(笑)」。

ここで初めて山を走る人もいるという。「登山やクライミングを愛好するお客さまで、トレイルランニングを始めてみたいという方にもおすすめしています」。参加者の年齢層も幅広い。

 

3つの人気大会をサポート

店では、県内で開催されるトレイルランニングレースのサポートも行っている。プロトレイルランナー石川弘樹さんプロデュースの『武田の杜トレイルランニングレース』(今年で6回目)や『身延山 七面山 修行走』(今年で2回目)、6月開催の人気大会『スリーピークス八ヶ岳』だ。

『スリーピークス八ヶ岳』は2013年の第一回から評判を呼び、地域密着型のトレイルランレースの成功事例として広く知られている。

スリーピークス補正

2013年『スリーピークス八ヶ岳』でのひとこま。
マーシャルランナーとして大会を支えた。

 

『武田の杜トレイルランニングレース』も、毎回、ネットでのエントリー開始と同時にすぐに定員に達してしまう人気大会だ。開催場所となる武田の杜は、2,500ヘクタールに及ぶ森林地帯で、夏場はキャンプをする学生などが訪れるが、冬場はほとんど人が入らない。そのため、大会はトレイルの維持と地域の活性化に一役買っているという。

日蓮宗の総本山である身延山久遠寺で開催される『身延山 七面山 修行走』は、地元の身延町が一丸となって大会を支えている。レースを企画したのは、七面山・敬慎院執事の小松祐嗣さん。小松さんご自身も登山とトレイルランニングの愛好家で、古くからのエルクのお客さまだという。

「トレイルは誰も通らなくなると、あっという間に荒廃してしまいます。ですから、トレイルランニングを通じて人が通ることで維持できるというメリットもあるわけです。一方で、それぞれの場所で適正人数が異なるのも確かです。あるベテランの山岳ガイドさんは、悪天候の時に何百人もの人が同じ登山道、木道などを通ってしまうと、せっかく綺麗に整備したトレイルも簡単に荒れてしまうと話していました。常に自然環境との兼ね合いを考えなければいけないとも感じています」。

エルク主催の『武田の杜トレイルランニングレース試走会』。中央列の一番左が 中込さん、前列左から二番目が柳澤社長。トレイルランナーの山本健一さんや 小川壮太さん、『スリーピークス八ヶ岳』実行委員会の松井裕美さんの姿も。

エルク主催の『武田の杜トレイルランニングレース試走会』。中央列の一番左が
中込さん、前列左から二番目が柳澤社長。トレイルランナーの山本健一さんや
小川壮太さん、『スリーピークス八ヶ岳』実行委員会の松井裕美さんの姿も。

 

登山ガイドとしての視点

2011年、中込さんは登山ガイドを取得した。登山ガイドとは、日本山岳ガイド協会(※)が認定する資格で、大きく7つのカテゴリーに分かれている。

自然ガイドステージⅠ・Ⅱ、登山ガイドステージ」Ⅰ・Ⅱ、山岳ガイドステージⅠ・Ⅱのほか、国際山岳ガイド加盟諸国の山岳全エリアをガイドできる国際山岳ガイドがある。また、付帯資格としてフリークライミングインストラクター、スキーガイドⅠ・Ⅱも存在する。

中込さんが取得しているのは登山ガイドⅡだ。「国内で一番需要があるのは、自然ガイドと登山ガイドだと思います。自然ガイドステージは里山や高原など標高の低い山で、自然や歴史、民俗などを解説しながらガイドを行うことができる資格。登山ガイドステージは、もう少し高い山岳地帯の登山ガイドを行うことができる資格です。山岳ガイドステージなると、岩壁登攀や雪稜ルートなども含まれてきます」。

資格を得るには学科試験のほか、体力や技能を検定する実地試験をクリアしなければならない。検定員と一緒に、一泊二日で夏山に2回、冬山に2回登る。事前の準備が大変だったのではと尋ねると、「そうですね。普段、山と関わりのない方々に比べると違和感は少なかったかもしれませんが、やはり大変でした」とのこと。山の経験値と専門的な知識が必要とされる。

 

山を想う気持ちは、みな同じ

30年前からアウトドア文化を発信し続けてきたエルクは、山梨のトレイルランニングシーンも牽引してきた。そのため店には、トレイルランニングに対するさまざまな意見も寄せられるという。中には批判的な声もある。

「山登りの帰りに少しだけ走るのも、トレイルランニングのひとつです。どこからが登山で、どこからがトレイルランニングなのか。本来、登山愛好家とトレイルランナー、山が好きという気持ちは一緒のはずだと思います」と中込さんは語る。

UTMFブーメラン

2014年UTMF完走後、小川壮太さんや『スリーピークス八ヶ岳』実行委員会の
小山田隆二さんをはじめとする山梨のトレイルランニングチーム
『ブーメラントレイルホリック』の仲間とともに。photo by SHO FUJIMAKI

 

近年、トレイルランナーの間では地図読みの技術を積極的に学んだり、気象や装備についての知識を深めたり、仲間と本格的な登山に出かけたりする人が増えつつある。

普段はトレイルを走っている人でも、家族や職場の仲間と山に出かける時には景色をゆったり楽しむハイカーになることもあるだろう。トレイルランナーが年齢を重ねていけば、いずれ山歩きを中心に楽しむようになるかもしれない。逆に、いま登山に打ち込む人でも、何かのきっかけでトレイルランニングを始める可能性もある。いずれも山に登ることに変わりはなく、本来、両者に明確な境界線はないのではないか。

中込さんのような登山をバックボーンとする人がトレイルランニングにも深く親しむことで、「みんなで山を共有する」という意識が少しずつ広まり、よりよい関係が生まれてくるのではと期待する。

「自分でも、そうありたいと思っています。本来は ”山が好き” という同じ価値観を持つもの同士です。山を楽しむ気持ちが共有できれば、問題も起こらないはず。もちろん、最盛期の人気コースを、大勢で間隔も空けずに傍若無人に走るような行為は問題です。メジャールートでなくても、よい山はたくさんあるのですから。またトレイルを外れる、植物を踏むといったことは当然ダメですし、落石の誘発にも気を配ることが大切ですが、それはトレイルランナーに限ったことではなく、山に入る誰もが気をつけるべきことだと思います」。

一方で、ロードランニングの延長としてトレイルランニングを始めた人の中には、山のルールを知らないために登山者に思わぬ迷惑をかけているケースも見受けられる。「すれ違ったり追い抜いたりする時には、当たり前ですけれども、絶対に挨拶をしてほしい。『おはようございます!』と笑顔でいわれて、気分を悪くする人はいませんからね。お互いに譲り合って、それでも横を通らなければならない時には、『すみません、通ります』とぜひ声をかけてください」。

 

どんな山でも、どんな距離でも危険は伴う

仕事柄、山岳事故について耳にすることも多い中込さん。この夏、山梨県ではトレイルランナーのグループの一人が南アルプスの鳳凰三山で滑落し、救助を受けた。関係者は、救助したトレイルランナーの装備の不十分さに驚いていたという。「軽装備の方が走るのに楽だという気持ちは、とてもよくわかります。でも、最低限のものは持って行ってほしい。水分、補給食、シェル(防寒)、ヘッドランプ、エマージェンシーシートくらいは必ず持参してほしいと思います」。

今年も多くの事故が起きた。その中には、中込さんの知人もいたという。山で何か起きた場合、運良く軽傷で済むこともあれば、最悪の事態に陥ることもある。山における危険度は、トレイルランニングも登山も変わらない。経験豊かで登山技術の高いベテランでも、事故に合ってしまうことはある。

「歩くにしても走るにしても、山に入る以上、危険は伴います。自分が思っている以上に、山では死が近くにあるということを意識しなければならないと思います。そこが野球やサッカーなど、他のスポーツと大きく違うところでしょう。山ではちょっとした不注意やミスで、死につながる重大な事故が起こってもおかしくないのです」。

過去に中込さんが出走した大会でも、レース中にトレイルランナーの滑落死が起きたことがあった。「山は本来、気が抜けない場所だ」と中込さんは強調する。

インタビュー最後

 

「レースに出場したり、山を歩いたり走ったりすることは、もちろん楽しいものです。高度感のあるところへ行けば、日常生活では味わえない緊張感を覚えますし、シングルトラックを軽快に下る感覚はスリリングです。けれど山に入る以上、残念ながら、死につながるような大きな事故が起きてしまう可能性は否定できません。それは、どの山も秘めているのです。3,000級の高山だろうと、家の裏山だろうと同じこと。15kmくらいのショートレースでも100km超えのウルトラレースでも一緒です」。

私たちはついつい低山だから、短い距離だからと安心しがちだが、本来、リスクの伴わない山行はないのだ。

「事故を防げるように、また万が一、不測の事態が起こったときにも自分なりに対処できるように、体力はもちろんのこと、山に入る前のトレイルの下調べや装備などに充分に気を配って、山を楽しんでください。レースなら、コースボランティアや誘導員、救護班など、いざというときに対処してくれる方々がいます。怖いのは試走で山に入るときや、ひとりで山に行くとき。山には危険がいっぱいあるのだ、という危機管理の意識を常に頭の片隅にとどめた上で、トレイルランニングを楽しんでほしいと思います」。

登山の醍醐味や奥深さとともにトレイルランニングの魅力も知る中込さんだからこそ、気づくこと、見えるものもあるはずだ。これからも、それぞれの世界観を融和する存在であってほしいと強く願う。

 

ELK(エルク) 公式サイト
http://www.elkinc.co.jp/top.htm

 

※注釈
公益社団法人 日本山岳ガイド協会
現在の会員数は900名以上。1971年に社団法人日本アルパイン・ガイド協会として設立され、1990年に国際山岳ガイド連盟への加盟を目指して、各地の山案内人組織や山岳ガイド組織を集結、山岳ガイド連盟を発足する。山岳自然ガイド需要の高まりを受け、資格制度の統一化やガイドの資質の向上のため、2003年に社団法人日本山岳ガイド協会と名称を変更、新たなスタートを切った。2012年、内閣府を主務官庁とする公益社団法人として認定される。故橋本龍太郎元首相が設立時から亡くなるまで会長を務め、現在は谷垣禎一氏が二代会長を務める。
http://www.jfmga.com