ポケットにシャワーキャップを
著者の髙橋大輔氏は「物語を旅する」をテーマに、世界各地を旅する探検家だ。ロシアのアムール川や南極、サハラ砂漠、チベットやペルーの高地、ロビンソン・クルーソー島など、世界中を旅している。
彼の旅を支えているのが、ここに登場する45個の道具たち。いわゆるアウトドア用の “ギア” から、日用品、衣類や靴、通信機器に至るまで幅広い。
たとえば砂漠の真ん中で、どう猛な6匹の野犬に囲まれた時。周りには武器になりそうなものは何もなく、このままでは餌食にされてしまうと恐怖にさらされた彼を救ったのは、ポケットに入っていた「ミニマグライト2AA」だった。
購入時に髙橋氏がこのライトを選んだのは、強靱なつくりであるとともに強い光度があったから。牙を剥きだして突進してきた犬に、とっさにライトを点灯させると、あまりのまぶしさに犬たちは次々と逃げていったという。
防水機能が優れた「ジップロック フリーザーバッグ」は、旅でも便利なツールだ。食品や地図、細かな用品の収納に適しているだけでなく、体調を崩して高熱を出した時には、冷水を入れて氷枕にすることもできる。
ホテルのアメニティ「シャワーキャップ」も、実は思いのほか役立つらしい。
急な雨の時にカメラにかぶせたり、水しぶきが舞う滝の近くで携帯電話を包んだり。テント泊では、皿に盛った食品のラップ代わりにもなる。蝶やバッタのような虫を捕まえたり、木の実や果実を採取したりする際にも便利だ。さらに南米では、装甲車から吹きかけられた催涙ガスから身を守ってくれたという。
それ以来、髙橋氏はホテルに置いてあれば必ず持って帰る。
持って行く道具を吟味する瞬間、そして旅先におけるとっさの機転。こうした小さな判断の積み重ねが、探検では体と心の状態を大きく左右することになる。
真っ赤なバンダナが救った命
氷点下30度の夜でも体を温かく包み込んでくれた「フィルソン ウールパッカーコート、北半球と南半球の双方で使える特殊な磁針を搭載したコンパス「SUUNTO MC-2G」、無人域で孤独を和らげてくれる「ソニー 短波ラジオ」、マラリアを媒介する蚊やブヨ、蜂の群れに効果を発揮する「モスキートネット」、お守り代わりに肌身につける銀座のとんかつ屋・梅林の「箸袋」——。
それぞれのアイテムには、髙橋氏だけが体験したストーリーが刻まれている。
印象的だったのが「バンダナ」だ。これは赤でなくてはならない。赤いバンダナの秘密は、思いがけない事件が発端となっている。詳しい物語は、ぜひ本書を。
一つひとつの道具は、どれも淡々とした表情で写真に収まっている。その姿は、言葉はなくともすでに何かを語り始めているようだ。
道具は使う人によってひとつの用途で役目を終えるものもあれば、多くの救いを与える存在にもなり得ることに私たちは気づかされる。結局、ものを生かすのは人間なのだ。
読み終わった後、ふと我が身を振り返った。自分がいま使っている “もの” たちは、その潜在能力の20%くらいしか発揮していないのではないかと。(もちろん、発揮しない方がよいものもある!)
道具が愛しくなる、そんな一冊。
『命を救った道具たち』
(髙橋大輔 著 / アスペクト 1600円 税別)