recommended books 〜『NORTH 北へ』スコット・ジュレク著(NHK出版)

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人には、自らを更新する作業が必要なんだ

 

読んでいる間ずっと、数年前のある取材の記憶がシンクロしていた。レースでもないのにロングトレイルを走るということ。それもできるだけ速く……!

40歳になった伝説のトレイルランナー、スコット・ジュレクが46日8時間7分をかけて成し遂げた米国アパラチアン・トレイル(AT)最速踏破記録の旅を記した『NORTH〜北へ』(NHK出版)はあまりにもリアルに脳に飛び込んできた。人生を凝縮したような46日間を記すということは、つまり読み手にもそれだけの濃い時間を共有させるということ。当たり前だけれど、その事実をあらためて突きつけられ、葛藤と憔悴と愛に満ちた物語をむせるような心持ちで読んだ。レースの世界からしばらく遠ざかっていたスコットは、再びヒリヒリするほど肉体と精神を追い込みたいと渇望する。奥さんや仲間の熱い協力のもとにATの最速記録を成し遂げるわけだけれど、そこで起こったことをスコットは「変容」と呼ぶ。それは言い換えれば「自らを更新する作業」ともいえる。

同じように40歳を越えた冒険家の角幡唯介氏のあとがきが、まるで旧友の話をするかのような共感性に満ちていて面白い。スコットがこの挑戦を決めたのは、名誉や称讃が欲しかったからではなく”閃いて”しまったからなのだと。自己喪失感と自分への期待のはざまで、この挑戦を思いついてしまったのは、ひとえに彼の重厚な経験があったからこそなのだという。そして、冒険者はその思いつきから逃れることができないのだとも。

その人だけに許された”閃き”。とてつもない挑戦の動機は、実はとてつもなくシンプルなのかもしれない。

『NORTH 北へ 〜アパラチアン・トレイルを踏破して見つけた僕の道』
スコット・ジュレク著 / 栗木さつき訳(NHK出版)


written by Yumiko Chiba