山岳ランナー 近江竜之介「アジア人として世界でどこまで存在感を放てるか」


2024年春から1年間スペインに短期移住した近江竜之介。2025年1月からはサロモンインターナショナルランニングチームに所属し、競技活動を続けている。現在は、春から夏の間は欧州で暮らし、冬場は日本でトレーニングを行う2拠点生活。コーチに指導を受けながらのトレーニングや欧州での暮らし、競技への向き合い方について聞いた。

5年先の開花を見据えたトレーニングメニュー

ーー2024年シーズンはスペインに拠点を構えておられました。まずは滞在期間中の日常生活やトレーニングについて教えてください。

近江:2024年春にスペインに渡り、2025年5月にビザが切れて、一度日本に帰国しました。最初の半年は欧州を転戦し、後半の半年はカタルーニャ州のバガという村に住んでいました。バガはピレネー山脈の麓の村で「ウルトラピレネー」というレースのスタート地点でもあります。短期滞在なので、なかなか貸してもらえる家が見つからなかったのですが、たまたまオーナーがトレイルランナーで理解があり、借りることができました。



ーーざっくりと1週間のスケジュールを教えていただけますか?

近江:バガに滞在していたときは、オフシーズンだったこともありトレーニングは基本的に午前と午後の2回行っていました。バガは、標高約900mで山がすぐ近くにあり、トレーニング環境としてとても良い場所でした。朝はオートミールを食べて、昼と夜はお米や鶏肉、野菜を中心とした食事を毎日頑張ってつくっていました。欧州の冬は日が短いので、朝8時頃に起きて22時には寝る生活でした。

上)バガでの冬のトレーニング 下)ULTRA PIRINEU2024


ーー現在の生活基盤について伺えますか。

近江:基本的に、プロとして活動してからは契約金や賞金で生活をしています。ですが、欧州では家賃やレースで移動する渡航費がとても高いのです。サロモンでは、契約金とは別に、移動費もしっかりサポートしてもらっているので非常に助かっています。

ーーコーチに指導を受けるようになったとか。

近江:2025年1月からサロモンインターナショナルと契約して、それ以降、コーチに指導してもらうようになりました。サロモンは物品提供はもちろんのこと、さまざまなサポートが充実しています。チームとして栄養士やコーチ、トレーナー、プレイングマネージャーなどのスタッフ体制が充実していて、みんな年齢が若いのが特徴です。

僕が指導を受けているのはAitore Viribay (アイトール・ヴィリバイ)という専属コーチで、彼はもともとイネオス・グレナディアスという自転車チームのコーチをしていて、2025年からサロモンチームと契約しました。欧州の選手はコーチがついているのが当たり前なのですが、僕はこれまでついていなかったので、その分、伸び代があると感じてもらったようです。日本のコーチの場合、かつて選手だった人が多いと思うのですが、欧州のコーチは大学でスポーツサイエンスなどコーチングの研究をしていた人がほとんどです。

ーートレーニングは具体的にどんな内容なのでしょうか。

近江:基本はオンラインでトレーニングメニューを組んでもらい、トレーニングキャンプなどの際には帯同してもらいます。あとは重要なレース、たとえばUTMBなども同じ宿に滞在します。やはり自分でつくっていたトレーニングメニューとは全然違いますね。僕の場合、コーチは5年後を見据えてトレーニングメニューを組んでいるんです。いまは土台づくりの時期と捉えていて、ゆっくり長い時間走るトレーニングが多くなっています。これまでは速いスピードで短時間に終わるような練習をしていたので、真逆です。

すぐに結果を求めるトレーニング方法ではなく、5年かけてレベルアップするための取り組み、5年後にトップレベルに到達するためのメニューです。

あとはロードバイクを使ったトレーニングがとても増えました。昔からロードバイクに乗ることはたまにありましたが、トレーニングとして頻繁に取り入れるのは初めてです。欧州では、ロードバイクをトレーニングに取り入れている選手はとても多いんです。僕の場合、マラソンディスタンスだとレース時間は約5時間くらい。その時間、頻繁に走ってトレーニングするのは身体へのダメージが大きいのですが、ロードバイクだと負担は少なくなります。ロードバイクは長時間動くトレーニングとして、とても良い方法だと実感しています。

子どもの頃から京都の山でMTBに親しんでいた近江にとって自転車は得意ジャンル


ーー中長期スパンで捉えているわけですね。

近江:そうはいっても、サロモンとの契約は2年間ですから、その間にしっかりと結果を残さなければなりません。なので、世界選手権など大きなレースの前にはメニューを調整して、集中的なトレーニングを行っています。

しばらくはマラソンディスタンスをメインに

ーーいま選手としてどんなビジョンを持っているのでしょうか。

近江:大きい目標はまだないんです。どのレースで勝てば世界で勝ったことになるのか、いまって見えにくいじゃないですか? たとえば自転車競技なら、ツールドフランスで総合優勝するのがすごいというような明確な基準がありますけど、トレイルランはいろいろな団体が盛り上がっていますよね。

スカイランニングならスカイランナーワールドシリーズ、スカイランニング世界選手権があります。トレイルランニングなら、ゴールデントレイルワールドシリーズ(以下:GTWS)、UTMB、トレイル&マウンテンランニング世界選手権もあって、一つに絞るのはとても難しい状況です。GTWSは年々賞金が上がっていますし、テレビ放映にも力を入れてきています。UTMBも賞金が上がっていますから、どこを狙えばいいのかは迷うところです。

ーーサロモンアスリートとしてGTWSは外せないですね。

近江:そうですね。それは感じています。

ーーいまどのくらいの距離がもっとも得意だと感じていますか。

近江:サロモン本社で身体テストした結果、いまはマラソンディスタンスがもっとも適しているという結果が出ましたので、そこをベースにしながら、あとはハーフマラソンくらいの距離に注力しようと思っています。2025年はモンブランマラソンや世界選手権に出場しました。ほかにOCC(55km/UTMBのカテゴリーのひとつ)も予定していたのですが、ちょっとした手違いがあって、出場できなくなってしまいました。

OCCはメインレースと考えていたのでショックではありましたが、一ヵ月後にトレイル&マウンテンランニング世界選手権が控えていて、距離も同じくらいでしたので、すぐに気持ちを切り替えることができました。

そのほか、昨年メインレースと考えていたのは4月に開催されたKOBE TRAIL(GTWS開幕戦)で、こちらは目標だった5位以内に入ることができました。トップとの差も5分程度だったので、自分にとって成長を感じられるレースでした。

KOBE TRAIL2025表彰式

ーーGTWSはファイナル選出をかけて何試合出場しなければならないのでしょうか。

近江:約10レースあり、2025年は3戦出場が条件でした。その結果、上位30名の選手がファイナルに出場できる仕組みです。僕は総合18位でファイナルのチケットを持っていたのですが、10月開催だったのでビザの関係で出場することができませんでした。

日本チームが勝つための環境を整えてほしい

ーー9月のトレイル&マウンテンランニング世界選手権はいかがでしたか。

近江:なかなかレベルが高かったですね。僕自身はタイ、オーストリアに続いて、今回のスペインで3回目の出場でした。距離は違うのですが、タイでは最下位に近くて、オーストリアはロングに出場してリタイアしてしまい、過去2つのレースは酷いものでした。今回はトップ10を目指していたところ、結果は17 位で、最低限の走りはできたかなと思っています。

ーー世界と日本のレベルの差についてはどんな印象でしょう。

近江:世界の方が急速にレベルアップしているのを感じます。欧州諸国はチームで動いていて、ツールドフランスの自転車チームみたいにスタッフ体制も整えています。専属の栄養士やコーチ、シェフなどがいて、トレーニングも補給も最先端の技術や知識を取り入れています。それと並行して、プロで活躍する選手も急増しています。

欧州の国々はチーム単位で合宿も行っていますが、日本チームは自発的に一緒に練習する選手はいるものの、チーム揃っての合宿はありません。勝つための環境が整っていないのです。日本チームは現地入りもレース3日前のギリギリで、選手たちはみな疲れた状態で出場していました。だから、このままの状態では今後も絶対に勝てるはずがないんです。

ーー他のアジア諸国はどうでしたか?

近江:たとえばフィリピンなどは一週間以上前から、チームで現地入りしていましたね。航空会社のスポンサーなどがついていると聞いています。その他のアジア諸国は日本と同じようにギリギリの現地入りでした。

アジア人として世界で活躍することが期待されている

ーーサロモンインターナショナルランニングチームに加入して、どんな変化がありましたか。

近江:日本のレースに出場することは少なくなりました。いま、サロモンが僕に求めているのは「アジア人として世界で活躍すること」だと思うんです。正直、欧州には僕くらいのレベルの選手はたくさんいます。でも僕はアジア人として伸び代があるところを見込まれて契約してもらったので、サロモンチームの中のアジア人として世界で活躍することが期待されています。

富士登山競走は歴史あるレースですから、2025年も出場しました。ただ専属コーチは日本国内のレースについては、あまり重要性を感じていないようです。

ーーコーチは5年先を見据えてカリキュラムを組んでいるとのこと。近江さん自身は、5年より先についてはどんなイメージを持っているのでしょうか。

近江:UTMBやウエスタンステイツなど、やはり100マイルが花形種目のようなところがありますよね。だから自分も徐々に長い距離に移行していくのかなとは思っています。ただ、トレイルランがオリンピック種目になるとしたら、おそらく短い距離だと思うんです。長くても20kmとか。そうなったら、短い距離にフォーカスしてもいいかなと考えています。


しばらくは二拠点で競技活動を続けたい

ーー将来的に欧州に拠点を移す予定はありますか。

近江:二拠点で活動できたらとは思っています。冬の欧州は晴れている日が少ないので、日本の方がトレーニングは充実します。

ーー永住は考えていないのですか?

近江:考えていません。欧州はトレーニング環境としては素晴らしいのですが、電車は遅れるし、食事の種類も少ないし、治安も悪いんです。やはり生活する場としては日本の方が住みやすいです。

ーー最後に、2026年の抱負をお聞かせください。

近江:今年は4月から8月まではフランスに拠点を置きたいと考えています。2026年に関していえば、ゴールデントレイルワールドシリーズとOCCは頑張りたいと思っています。その他のレースについては、専属コーチやサロモンのアスリートマネージャーと相談している段階です。どのレースをメインターゲットにするかは決まっていないですが、大きなタイトルをゲットできるように今年も頑張っていきたいと思います。



■プロフィール
近江竜之介  Ryunosuke Omi
2001年京都府生まれ。幼少期から山を走り始め、高校卒業後にプロトレイルランナーとして活動を開始。2025年よりサロモンインターナショナルランニングチームに所属。

■主な戦績
2018年ユーススカイランニング世界選手権U17で優勝、2022年ユーススカイランニング世界選手権にてコンバインド優勝、スカイランニング世界選手権5位、2023年スカイランニングアジア選手権優勝、富士登山競走優勝、2024年ユーススカイランニング世界選手権U23コンバインド優勝、スカイランニングワールドシリーズ・スカイ5位、富士登山競走優勝、2025年KOBE TRAIL 5位、トレイルランニング世界選手権ショート17位など。

文:千葉弓子
写真提供:近江竜之介