レポート:トレイルは誰がどう守っていくのか? 木島平で登山道保全のワークショップが開催

(左から)沼野寛さん、山部晋矢さん、花谷泰広さん、山田琢也さん、木村大志さん

■イベント開催の背景■

木島平「奥信濃100」のトレイル整備と山梨県「北杜山守隊」の活動事例

ここ数年、トレイルランナーやハイカーの間でトレイル整備や環境保全への関心が高まりつつある。たとえばランナーのなかには、自分たちが走った(これから走る)大会のトレイル整備ボランティアに参加したことがある人もいるだろう。あるいは地域団体やトレイルランショップが主導する整備活動に携わった経験がある人もいるかもしれない。

こうした流れのなか、人気トレイルランレース「奥信濃100」の舞台・木島平で登山道保全のワークショップが開催された。この大会が生まれた経緯は以前「厳しい時代だからこそ生まれた大会『奥信濃100』〜山田琢也が想い描く故郷の未来」で記したとおりだが、使われなくなっていた古道を復活させるなどして、大会では木島平らしいバリエーション豊かな風景を繋ぐコースをつくりあげている。

今回の登山道保全ワークショップを主催したのは木島平村観光振興局で地域おこし協力隊として活動する沼野寛さん。千葉県生まれの沼野さんは、転勤で鹿児島や東京で暮らした後、2023年春から木島平の地域おこし協力隊に着任した。沼野さん自身、木島平の魅力を知ったのはトレイルランナーとして参加した「奥信濃100」がきっかけだったという。

「木島平には日本一美しいと言われているブナの原生林・カヤの平高原があります。この森をもっと多くの人に知ってもらいたい。しかし一方では、遊歩道の管理や保全の担い手不足、財政問題など課題も抱えています」と冒頭で現状を語った。

「美しいブナの森をぜひみなさんにも見ていただきたい」と沼野寛さん

木島平は米の産地で、カヤの平はその水源にあたる。今回はこのカヤの平での整備体験を含め、「奥信濃100」を主催するトレイルランナー・山田琢也さんによるトレイル整備の取り組みと、登山家・花谷泰広さん率いる北杜山守隊(山梨県北杜市)の活動が紹介された。

コロナ禍から本格的な活動が始まった2つのエリアの事例をもとに、参加者全員で登山道保全について考え、体験してみようというのがイベントの趣旨だ。

もうひとつのテーマは「近自然工法」

本イベントの目的には、「近自然工法」の発想によるトレイル保全についての知識や情報の共有も含まれている。

「近自然工法」とは近年、高い注目を集めている登山道保全の考え方で、北海道を拠点に活動する「大雪山山守隊」の代表・岡崎哲三さんが推進し、各地で講習会などを開催している。生態系と景観の維持に重点を置き、「人目線ではなく自然目線での保全」を主眼にしているのが大きな特徴だ。

もともと「近自然工法」は人と生物が調和して生きるための河川工法としてスイスで生まれ、1986年に西日本化学技術研究所所長で技術士の福留脩文さんが日本に紹介した。その後、福留さんにより登山道でも同じ工法の試みが重ねられ、ノウハウが蓄積していった。岡崎さんは福留さんから直接学んだ、この道の第一人者だ。

北杜山守隊の花谷さんも岡崎さんとの出会いをきっかけに、近自然工法の発想を登山道保全に取り入れるようになったという。

■山田琢也さんによる木島平の事例紹介■

大会で木島平のファンになったランナーが整備に参加

トレイルランナー&クロスカントリースキーヤーの山田琢也さんは、木島平でペンション「スポーツハイムアルプ」を経営している。同時にトレイルラン大会の運営、クロスカントリースキーなどアウトドアアクティビティのイベント開催、米づくりやリンゴ栽培などの農業、それらの加工販売も手がけている。

イベント開催場所はスポーツハイムアルプ。冬場はクロスカントリースキーを体験しに訪れるトレイルランナーも多い

現在、山田さんが仲間と主催している信越エリアのトレイルランレースは、2021年にスタートした「奥信濃100」のほかに、「上越妙高エクスプレストレイル」「いいづなトレイルランニングレース」がある。

コロナ禍で大打撃を受けた地元観光業の切り札として生まれた「奥信濃100」は、独立峰の高社山や使われなくなった古道、ブナの原生林が広がるカヤの平、川沿いのトレイル、田園風景や果樹園などを繋いだバリエーション豊かなコースで、山田琢也さんと、アルプに勤務するトレイルランナー・木村大志さんたちで整備を進めた。

参加者は大会運営やトレイル保全活動に携わる団体、アウトドア関連のメーカーやメディアなど

コース上には徒渉箇所も複数あったが、すでにいくつかには橋も渡している。同大会が会を重ねてきたことで、さまざまな変化が生まれていると山田さんは話す。

「いちばんの変化は木島平のファンが増えたこと。この地を知るトレイルランナーが一気に増えたのを感じています。それに伴い、トレイル整備にボランティアとして参加してくださる方も、2022年は27名でしたが、2023年は50名ほどに増えました」

特筆すべきは県外からの整備ボランティアが多いことだ。交通費などは自己負担にも関わらず、遠くは東京近郊から訪れる人もいる。さらに大会当日のボランティア希望者や舞台裏を支えてくれる協力企業も増えた。自然エネルギーを販売する会社では、社員が登山道整備に参加してくれているという。

「奥信濃100」をきっかけに復活した本沢川沿いのトレイル(写真提供:奥信濃100実行委員会)

財源は助成金とクラファン。これからどうするか?

一方で、継続的なトレイル整備を行うには課題も多い。

「活動としては倒木の撤去や落石の処理、負荷のかかる箇所の補強、ぬかるみへの木道の設置、草の刈り払いなどがあります。年を追う毎に作業スピードが速くなり、効率はよくなっていますが、今後も継続していくためには財源や人員の確保が重要課題です」

現在は長野県の「地域発元気づくり支援金」や木島平村の「観光誘客イベント事業補助金」などの支援金を活用しているほか、クラウドファンディングも実施。274名から支援を受け、総額199万円の寄付が集まった。ただクラファン運営会社への手数料などもあり、全額が整備に活用できたわけではない。ほかにも帽子やTシャツ、手ぬぐいなどの販売も実施している。

整備を継続していくためには、道づくりの成長過程を一緒に楽しんでくれる仲間づくりが必要だと山田さんは考えている。そこで、トレイルランやBCクロカン、スノーシュー、バイク、トレッキングなどのアクティビティを楽しむ人に向けて、奥信濃エリアのルート情報などを集約して発信するアプリも計画中だ。

「いま45歳なのですが、地元ではまだ若手扱いなんです。奥信濃エリアはイベントが本当に多くて週末ごとに駆り出されるため、村の人はみんなイベント疲れしています。だからこそ、村の人たちの手を借りなくても自分たちで自立して活動できる方法を模索したいと思っています」

木島平のファン、何度も訪れてくれる人たちの輪をもっと広げていきたいと山田さんは語った。

■花谷泰広さん率いる北杜山守隊の活動紹介■

北杜市の自然環境をもっと活かせないか

登山界の名誉ある国際賞・ピオレドール賞を受賞した登山家の花谷泰広さん。神戸出身の花谷さんは信州大学への進学を機に長野県に移り住み、その後、山岳ガイドの仕事をしていた2007年に山梨県北杜市に居を構えた。北杜市の周辺には八ヶ岳、南アルプス、瑞牆山や金峰山などの秩父多摩国立公園が広がっている。2つの国立公園と1つの国定公園があり、それぞれ南アルプスユネスコエコパーク、甲武信ユネスコエコパークに指定されていて、自然環境に恵まれた土地だ。

花谷さんは北杜市に移住した当初から、これらの素晴らしい山岳資源をもっと活かせないかと考えてきた。

花谷さんは移住先の北杜市で山岳自然の活用に積極的に取り組んでいる。行政との連携も多い

七丈小屋の運営から、登山道修復作業へ

甲斐駒ヶ岳の7合目にある七丈小屋の運営を引き継いだのは2017年のこと。その準備のために前年に会社を設立し、現在は3つの公共施設を運営している。ほかに登山者向けの二次交通として、最寄り駅から登山口までを送迎するマウンテンタクシーの事業も展開している。

「七丈小屋の運営を手がけるとは自分でも予想していなかった」と花谷さん。前任の小屋主人から相談されたのがきっかけだった

花谷さんは七丈小屋の運営を担うようになってすぐに、集客を目的とした情報発信の強化に努めた。それにより年々、訪れる登山者は増えていったという。しかしその一方で、登山道の荒廃も目立つようになってきた。

かつては一本しかなかった登山道に踏み跡が増えて複線化し、2019年の台風19号の被害などにより、地面が完全に抜け落ちてしまった箇所も現れた。以前から脆弱だった場所に、大水が流れたことで浸食が進んだためだという。被害の大きな場所は自分たちの手作業だけでは修復困難なため、土木の専門家に依頼するなどして復旧した。

2021年、先述した岡崎哲三さんを北杜市に招いて勉強会を開催した。岡崎さんが推進する「近自然工法」は生態系の底辺が住める環境を整えて復元させることで生態系のピラミッドを守っていこうという発想。登山道における生態系の底辺は植物であり、それを支えるのは土壌環境にあたる。岡崎さんの話のなかにはよく「人が来るほど美しくなる登山道」という言葉が出てくるという。

この勉強会での作業体験が非常に面白かったことを受け、花谷さんはひとつのアイデアを生み出す。「登山道保全はアクティブツーリズムとして確立できるのではないか」。そして観光庁の補助金を基に、一年かけてコンテンツを構築した。

参加者からはマウンテンタクシーの実現方法など具体的な質問も飛び出す

2022年4月、「みんなで守る、山の道。」をビジョンに、一般社団法人北杜山守隊を立ち上げる。活動の柱は大きく3つあるという。

1)北杜市の登山道整備委託金を財源にした登山道整備
2)自主事業として展開している登山道保全ワークショップ
3)交流と人材育成

木島平と課題は同じ。「担い手不足」と「財源不足」

北杜市も先の木島平と同じく、活動を継続するための課題は「担い手不足」と「財源不足」だ。

「日本には古くから山岳信仰としての登山がありましたし、炭を焼いたり、木を下ろしたり、山菜やキノコを採ったりするなど山は生活の場所でもありました。生活の場だった頃はみんなが道の手入れをしながら歩きやすいように維持していたんです。その後、山に登ることそのものを目的とするアルピニズムが台頭して登山者が増えてからは、地元の山岳会や有志ボランティアが道を管理してきました。しかし高齢化の影響で、北杜市の南アルプスエリアでは、数十年前に山岳会が消滅してしまっています」

その結果、20年近く山の道は放置されてきた。同じような問題を抱えるエリアは、全国にたくさんあるのではないかと花谷さんはいう。

たとえば日本と海外の国立公園の管理について比較してみると、日本の国立公園の予算は年間83億円(出典:平成27年度環境省予算事案事項別表)で、全国の自然保護官などの職員数は300人。一方、アメリカでは利用者が日本の半数程度にも関わらず、全州での国立公園予算は2015年時点で2600億円(出典:National Park Service 2015年)で現在はさらに増えており、職員数も20,000人に及ぶという。山の管理体制について日本はまだまだ十分でないことがわかる。

アメリカやイギリスの管理体制の規模に驚かされる

アクティブツーリズムとして発展させる

花谷さんは環境保全活動をツーリズムと結びつけ、2023年から有料の登山道保全ツアーを開始した。一泊二日のツアーでは、初日は自然観察をしながら登山道の状況を把握し、二日目に整備活動を行うという。さらに継続して保全活動に携わりたい人のために北杜山守隊の会員制度も設けている。昨年だけで37名が入会した。

「自分が手がけた登山道はその後の変化が気になるもの。愛着が湧いてくるんです」

こうしたワークショップ関連の収益や、物販、寄付といった複数の収入源を設けることで、北杜山守隊では補助金や行政からの委託金だけに依存しない収入構造を目指している。

最終目標は利活用と保全のバランスを拮抗させること。「さらにいえば、保全の量を利活用よりも上回らせたい」と花谷さんは力を込めた。

■クロストーク■

夕方からは暖炉のある部屋へ移動して、クロストーク。スノーカルチャーマガジン「Stuben」編集者の尾日向梨沙さんの司会により、さまざまな意見が交わされた。その後は食堂にて懇親会。明日活動するカヤの平の情報資料が配布された。

■カヤの平で補修作業体験■

二日目はあいにくの雨模様だったが、時間を短縮する形でカヤの平にて作業体験を行った。まずは現場の自然観察からスタート。トレイルを歩きながら、カヤの平の自然特性を見ていく。山田さんたちが修復を行ったトレイルがその後どう変化したかを確認しながら、北杜山守隊から「近自然工法」の発想による登山道保全のアドバイスを受け、将来的な作業の方向性を検討していく。

山田さんたちが整備したトレイルを観察

その後は場所を移動して、地面が大きくえぐれてしまった箇所の作業を行うことに。北杜山守隊で技術リーダーを務める山栄建設の山部晋矢さんがまず大まかな手順を説明してくれた。えぐれた箇所に木をどう組んでいくかを、手近な小枝でシミュレーションする。

イメージを掴んだ後は、現場周辺で倒木や枝木を集め、えぐれた穴のサイズに合わせて切ってから、ステップとなるよう組んでいく。太い木は表面をスライスして段差を少なくする。

ここで花谷さんが大事なことを教えてくれた。それは「水の目線」だ。トレイルの浸食にもっとも影響を及ぼすのは水の流れだからだ。

「みなさん、水になったつもりで、このトレイルをどう流れていくか想像してみてください。そうすると、どこに土や木の葉が溜まりやすいか、どこが浸食されやすいかが見えてきます」


花谷さんの言葉どおり、水の目線でトレイルを観察してみると、たしかに水が流れ落ちて行き止まったところに土や木の葉が堆積している。それらをかき集め、先に組んだ木々の隙間を埋めて、段差が穏やかになるようステップを整えていった。

限られた作業時間だったため、要所は山部さんがお手本を見せてくださる流れになったが、今回の修復により該当箇所の踏圧、水の浸食などの負荷を軽減することができた。月日とともに修復した箇所がどう変化していくのか、近い将来また確認しに行きたい。

■所感:見えてきたのは地域ごとの環境条件の差異■

 登山道保全のワークショップは増加傾向にあるが、今回のようにトレイルランナーがチームを率いて活動するエリアと、登山家か団体を結成して活動するのエリアがお互いの活動状況について情報共有し、参加者を募って体験学習するケースは珍しいのではないかと思う。

このイベントを通してあらためて考えさせられたのは、登山道保全を継続するための課題は両者ほぼ同じであっても(人員と財源の確保)、体制づくりのアプローチ方法はエリアの特性によって異なってくるということだ。

それぞれの登山道の利活用の量(利用者が多いトレイルなのか、ほとんど人が通らないトレイルなのか)、植生などの自然環境、周辺環境(都市部から近いか遠いか)などによって、できること、やるべきことは変わってくる。

たとえば北杜市は首都圏から近くてアクセスもよい。そのため山域によっては家族づれでも整備活動に参加しやすく、有料のアクティブツーリズムも実現可能だ。一方で、甲斐駒ヶ岳(2,967m)の上の方の補修になると、1,000m以上登った場所での作業となるため体力が必要になってくる。また岩場の多い高山では自然環境的に現場で倒木や落葉などの補修材料を集めることが容易ではないという。

木島平の場合、使われなくなった古道を復活させたトレイルは、利活用の量もそれほど多くない。そのため恒久的に人が通れるように維持するためには、ある程度の人の通行や、通年での草刈りが必須だろう。ブナの原生林が広がるカヤの平などの遊歩道では倒木や枝木、落ち葉などが豊富にあり補修材料が手に入りやすい。首都圏から200km近く距離があるが、大会の存在が県外のファンづくりの役割を担っている。

両エリアの自然環境はまったく異なるものの、地域特性を見極め、ともに課題解決の根幹を担う「地域のファンづくり」に注力している点は興味深い。他のエリアも大いに参考になるのではないだろうか。

今回のイベントのようなじっくりとお互いの活動を知る情報共有の機会が増えたり、あるいは全国の保全活動事例を集約するような場が設けられたりしたならば、それぞれの地域にあった持続可能な登山道保全の糸口が見つけやすくなるのではないかと感じた。未来に繋がる “道づくり” は始まったばかりだ。


取材・文=千葉弓子
写真=武部努龍