『トレイルランニングの未来を考える全国会議』レポート#03

『トレイルランニングの未来を考える全国会議』レポート#03。
最後のプレゼンテーションは石川弘樹さんです。鏑木毅さんの閉会の辞とともに。
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5.石川弘樹さん 〜私たちが心がけるべき大切なこと

・石川弘樹さんプロフィール
プロトレイルランナー。トレイルランニングの普及に力を注ぎ、大会プロデューサーとしても積極的に活動。北九州・平尾台、仙台・泉ヶ岳、信越五岳、斑尾高原、武田の杜、伊勢の森などのトレイルランニングレースを手がける。

石川弘樹さん

ひとつのアウトドアスポーツとして広まってほしい

今日は僕の理想をお伝えしたい。プロトレイルランナーと紹介されたがプロになりたいと思ってなったのではなく、トレイルランニングを極めたい、知り尽くしたいという想いで活動していたら、いつのまにかプロになっていたといのうのが実情。

自分は、トレイルランニングはひとつのアウトドアスポーツとして日本で普及してもらいたいと考えている。ハイキングや登山、マウンテンバイク、スノーボード、スキー、サーフィンなどあらゆるスポーツがあり、そこには競技もあるが、純粋にアウトドアスポーツとしても楽しまれている。ひとつのアウトドア文化として日本に定着している。
その中にトレイルランニングも入れたいという想いで、これまで活動を行ってきた。

トレイルランニングが利用する場所の多くは登山道であるため、他の利用者と共存できるアウトドアアクティビティとして広まっていってほしい。

その中で、レースもトレイルランイングの魅力のひとつとして存在してもらいたい。これからレースが心がけるべきこと、考慮すべきことを伝えたいと思う。

健全なスポーツであることの認知

まず、トレイルランニングが健全なスポーツであるという認知を広めることが大切だ。
そのためプロとして活動するようになってから、自分自身も口を酸っぱくして伝えてきた。

速く走ることやトレーニングが先行していないか。マラソンやランニングの世界ならば速い人たちが最も優先される。トラックでも速い人が中心になって動いていくものだが、トレイルランニングは決してそうではない。山のルールがとても大切だと思っている。

いま国内で11の大会に携わっている。
そこでは自分は “レースづくり屋” ではなく、その地域の方々の依頼を聞いて、自分が関わることで健全なレース運営が行えることを目指している。

鏑木さんが最初におっしゃったように、レースという場でメッセージを伝えるということを心がけている。

一人ひとり、それぞれの大会がメッセンジャー

個々のランナーが伝導師であり、各大会やイベントがメッセンジャーだ。
トレイルを走る人すべてが、トレイルランナーとして見られる。つまり、トレイルランニングに関わるすべての方々が、トレイルランニングの伝道師といえる。

トレイルランニングはいま盛り上がりを見せているが、危険な大会や危険なランナーなど、たったひとつネガティブな情報が発信されてしまうと、せっかく9割の人たちが健全な形で普及させてきたのに、トレイルランニング全体が危険なスポーツ、自然を壊すスポーツだと見なされてしまう。

各々がメッセンジャーであるという自覚を持って、トレイルランニングに関わってほしい。

自然と人への配慮を

自然を利用する上でのルールやマナーを厳守する。登山者やハイカーなど、自然の中で遊ぶ人たちと同じ気持ちを持って、さまざまな配慮をすること。

その一つとして、走り方もあるだろう。登山道は基本的に歩くためにつくられていて、走ることを考慮してつくられているわけではない。
たとえば木道の場合。歩いて通るならば壊れないが、走って通ることで壊れてしまうこともある。走ると歩くでは、トレイルに対して力のかかり方が異なる。ひ弱なトレイルであれば歩く、ペースを落とすといった自然への心配りをすべきだ。

また他の利用者への配慮も大切だ。挨拶はもちろんのこと、敬意を払うこと。ランナーは長く走れるので、遠くまで速く行けることがすごいことだと思いがちだが、そうではない。歩く人たちに敬意を持って接してもらいたい。

少しずつ理解が深まり、大会の開催へ

レースは地域の活性化の役割も担っている。
以前はレース運営に携わるにあたって、はじめにトレイルランニングはどういうものかを説明しなければならなかった。ところが最近では、トレイルランニングについてある程度、知ってもらっている状態からスタートすることが多い。

例えば、斑尾高原トレイルランレースや平尾台トレイルランレースの場合、両者ともに最初から地域がウェルカムだったわけではなく、むしろネガティブだった。

北九州の平尾台はカルスト台地の国定公園なので、初めて走った頃は「派手なことをされては困る」と言われた。7〜8年前、20名くらいでランニングのツーリングをしたいと申し出た。するとそのイベントに、たまたま北九州の役所の方が参加してくださり、平尾台の新たな可能性を知ってもらうことができた。その後「レイルランニングを活用して何かできないか」という話が持ち上がり、大会がスタート。今年で5回目を迎えている。

斑尾高原トレイルランレースの場合、もともと地元の方がつくってきた “信越トレイル” があった。9年くらい前、個人的に走りに出かけたが、役所の方に「自分たちが歩くためのトレイルをつくったのに、何でここを走るんだ」という表情をされた。しかしその日、50kmを走り終えて帰ってときには、トレイルランニングというスポーツに興味を持ってもらうことができた。

その後、加藤則芳さん(※2)と一緒に、トレイルを歩くことと走ることの共存を伝えるイベントを開催した。翌年「斑尾で何かできませんか」という話が持ち上がり、レースがスタートした。

このように大会は各地域で、さまざまな役割を果たしてきた。

レース規模をもう一度、考える

レース運営ではどうしても、大きな規模の大会を望みがちだ。しかし、トレイルへの負荷を考えると、理想の規模ではインパクトやダメージが大きくなってしまう。そこをきちんと踏まえないと、よい大会はできない。たとえはじめはPRで人が集まったとしても、継続できなくなるだろう。

参加費は運営費となるため規模縮小は難しい問題ではあるが、いまトレイルランニングレースは正しい方向へ向かうのか、反れてしまうのかの局面にきている。
例えば、軽トラックが通れるような林道ばかりのトレイルだったら2000〜3000名の人数が走ってもよいのかもしれない。しかし日本のトレイル環境を考えた時、シングルトラックなら500人前後が適正なのではないか。

天気がよければ、あるいは1000人が走っても問題ないのかもしれないが、雨などでコンディションが荒れた時には、人数が多いと少ないではトレイルへのダメージが全く異なる。荒天時を考えた上で、規模を決めることが重要だ。

景観のよい場所は、ハイカーも通りたい場所

先ほど鏑木さんのお話にもあったが、コース設定は大切だ。まず安全なコースであることが第一。主催者は景観のよい、ハイライトとなる場所をコースに入れたいと考えるが、そういった場所はハイカーや観光客も通る場所。レースで利用するのは問題がでてくると思う。

例えば、仕事がすごく忙しくてやっと休みをとれた人が、好きな山で静かな時間を過ごしたいと出かけてみたら、500名や1000名の大会が開催されていてスクランブル交差点のように混み合っていたらどう感じるだろう。非常に残念な気持ちになるはずだ。

自分でも同じ気持ちになると思う。だからコース設定はしっかり組まなければならない。

マーキングも選手が迷わないためには非常に重要だが、景色のよいところに大会の矢印があったら、ハイカーや観光客が写真を撮った時に興ざめしてしまう。そういった細かな心遣いを、大会運営側はしなくてはいけない。

レースはたった一日だが、そのたった一日のために苦労してそこに来ているレース以外の人たちもいるのだから。

地元住民への配慮

大会運営にあたって一番あってはならないのは、トップダウン。大会の許可申請をする際には、上から下に下ろすのではなく、トレイルに根づく人々、地域の方々に相談をすること。

トレイルランニングが健全なスポーツであることを理解してもらい、日本や世界で楽しまれていること、大会を開催することの意味を伝えていく。

レース中の渋滞とトレイルの占有について

レースであってはならないものの一つが、渋滞だろう。
ただ古くからあるレースでも渋滞が起こっており、それを単純に排除すればいいとは思っていない。こういったレースから有力な選手が出てきたりもしている。人によっては渋滞は当たり前と思っているかもしれないが、僕自身はこうしたレースは今後は増やしてはいけないと考えている。

もうひとつは、トレイル全面をレースでふさいでしまうこと。例えば、山側に往路の渋滞が出来て、谷側には速い人が復路として戻ってくるような場合。(写真参照)

トレイル占有02こうなってしまうと、トレイルが大会の占有になってしまい、登山者やハイカーは山に入れない。これからの大会では、このような状況を生み出さないようにしていきたい。

大会を行うことで生まれるメリット

大会を行うことで、人が入らずにほとんど使われなくなっていたトレイルが再生するケースも多い。大会開催が、ハイカーの方たちも楽しめるトレイルを提供することに繋がればと思う。

また、安全なトレイルに向けた整備も進めていきたい。もちろん必要以上に手を入れることはしないが、トレイルの整備も、大会のひとつの役割だと考えている。

トレイルランナーが集って整備を進める活動が全国で広がれば、トレイルランニングの大会が自然にとって意味あるものだと捉えてもらえるのではないか。実際、パワー溢れるトレイルランナーたちが山の奥まで木段用の材木を運んだりしている。こういうことが大事だと思う。

これから組織や協会などが立ち上がっていくかもしれないが、やはり健全なスポーツであること、自然の中で行うひとつのスポーツとして、トレイルランニング文化を普及させていきたい。

( 参加者とのQ&A )
Q:渋滞を防ぐため、人数制限以外にできることは何か。

A:ひとつはコース設定。広い道から、いきなり細い道に入れば人が詰まってしまう。スタートしてから人がばらけるまで幅広い道を通すなどの工夫をする。コースレイアウトで改善できる部分もある。ただやはり第一は、人数制限だと思っている。1000人と500人では明らかに違う。ウェーブスタートという手法もあるが、選手にとっては面白みに欠ける。

【 注釈 】
※1)信越トレイル
長野・新潟の県境に位置する標高1,000m前後の関田山脈のほぼ尾根上に延びる全長80kmにおよぶロングトレイル。2008年全線が開通した。
※2)加藤則芳さん
バッグパッカー、自然保護やアウトドアをテーマにした執筆家。山歩きのスタイル「ロングトレイル」の第一人者で、米国の自然保護活動家ジョン・ミューアを研究。信越トレイルの構想、整備、運営を指導した。

 

6.鏑木毅さん 〜閉会の辞

いま岐路に立たされている

今日はいろいろな方々からよいお話が出た。いまトレイルランニングを取り巻く環境は、大変な時期に来ていると思う。この状況を、今後どうしていけばよいのか。

私たちもUTMFを開催するにあたって、いろいろな自治体にお話をしてきた。名刺を出すと「ウルトラトレイルマウントフジ、なんですかそれ?」と言われることが多かった。「トレイルランナー鏑木毅です」といっても、まだまだ認知度が低い。

そういった中で、いま非常に微妙な問題が起きている。これまでせっかく皆さんでよい流れをつくってきたのに、小さなことが大きくアナウンスされることで、積み上げてきたものが一気に崩れてしまう危険性がある。
来年この会議が開催されるまで、どうするのか。その間にもっとよくない流れになってしまうかもしれない。

閉会の辞02私たちはここで、何らのアクションを起こしていかなければいけない。それが協会という組織なのか、もっと緩いものなのか、あるいは宮地さんのおっしゃるように日山協の中につくるものなのか。ぜひ皆さんと議論をして、どういう方向性がよいのか決めていくべきだと思っている。

オープンな形で議論を重ねていきたい

今日のように、北海道から沖縄の方まで一堂に会するのは本当に大変なこと。頻繁に集まることは難しいので、立場を超えたメンバーでワーキンググループのようなものをつくり、さまざまな意見に耳を傾けて、議論や検討を公開しながら進めていけたらと思う。

重要なのは公開することだと考えている。限られた人たちが限られた空間の中ですべてを決めてしまうというのは、やはりよくない。オープンな形にして、いろいろな方たちからご意見をいただけるような流れの中で物事を決めていくことが必要だと思っている。

ワーキンググループなどをつくり、さまざまな形で議論を重ねて、幅広い方々にトレイルランニングが健全なものであることを伝えていきたい。

今回、会議の開催にあたり皆さまから会費をいただいたが(1,000円)、足りない分は私のポケットマネーで補填させていただいた。今後、こういった会議を継続させるには、大きな額ではないが資金的な援助も必要になるだろう。そのあたりも、いろいろな案が出てくればと思っている。