コラム「フェルランニングの世界に魅せられて」〜 久野繭記さんの英国滞在記

コラム・久野繭記さんの英国滞在記(第一回)

フェルランニングの世界に魅せられて

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今回から3回に分けてトレイルランナー・久野繭記さんの英国滞在記をお届けします。久野さんは5年間、(株)コロンビアスポーツウェアジャパンにブランドPRとして勤務。(上田瑠偉選手の元同僚でもあります)仕事を通してトレイルランと出会い、仲間と走ったり、レースに出場したりしながらトレイルランを楽しんできました。年代別で表彰状に上がるほどの実力の持ち主です。2016年5月の退社後は約1年2か月イギリスに滞在し、「トレイルラン(フェルランニング)」をテーマにイギリスのリアルなアウトドアシーンを体験してきました。

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本コラムでは、農業体験を斡旋するNGO「 WWOOF(ウーフ)」を通して、イングランド東部 Lincolnshire(リンカンシャー)やWales(ウェールズ)のBrecon(ブレコン)という町で野菜や花の栽培を学びながら住み込みボランティアを行う様子や、小さなトレイルランショップでの仕事、田園風景の中でのランニングライフなどを綴っていただきます。ショートトリップではなかなか知ることが出来ない、イギリス郊外の日常風景やアウトドアシーンをご紹介します。

 

【 コラム第一回〜 初めてのショートレース】

 イギリス式フェルランニング」とは?

「イギリスのトレイルランニング」と聞いて、どんなイメージが浮かぶでしょうか?数年前から日本でも開催されている、衣食住を背負いチェックポイントをまわる『OMMレース』をイメージする方も少なくないのではないでしょうか。イギリスではそれらを「Fell Running(フェルランニング)」と呼んでいます。

Fell(フェル)とは英語で「高原地帯、丘」の意味。国内最高峰となるBen Nevis(ベンネビス)という山でもわずか1344mと高い山が少なく、背の高い木々や藪などのない視界の開けた草原のような丘が多く広がっていることが理由のようです。

OMMレースのようにマウンテンスキルを試されるものだけではなく、私が滞在していたWales(ウェールズ)では、オフロードを走ることを全般的にフェルランニングと呼び、「トレイルランニング」よりも一般的に使われていました。イギリスで最初に行われたフェルランニングレースは1040年(もしくは1064年という説も)と非常に古く、欧州他国や米国のトレイルランニングの先駆けとも言われているそうです。そして現在では、フェルランニングクラブが各地に数多く存在し、フェルランニングカルチャーが根づいています。

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渡英後に初めて出場したレースは、2016年9月24日、首都ロンドンから最も近いウェールズの国立公園「Brecon Beacons(ブレコンビーコンズ)」内のBlack Mountains(ブラックマウンテンズ)というエリアで開催された「Might Contain Nuts Trail Running Series 3 」の10マイル部門でした。カヌーやマウンテンバイクなどのレースも行っている地元の団体が主催しており、10マイル部門(16km)のランナーが100人ほどの小さなレースです。イギリスのレース情報が掲載されているアウトドア情報サイト「timeoutdoor」で偶然見つけました。

Google mapで乗り換え案内を見てみると、会場のあるTalgath(タルガース)という町まで電車とバスを乗り継いで約5時間。前日入りしなければと宿を探すと、2件あるB&Bはすでに満室。そこで、語学学校のフランス人の友人がすすめていた「Airbnb(エアビーアンドビー 以下略エアビー)」を初めて利用しました。エアビーは、ホストとゲストがお互いに評価をするシステムで、その家は満点五つ星で、他のゲストのコメントを見ても評価は高い。きっと大丈夫だろうと思い、初めましての挨拶と自分は日本人でレースに出るので泊まらせて欲しいという簡単なメッセージとともに予約をしました。

 

築200年の家に宿泊し、ローカルレースへ

レース前日、ロンドン市内のEuston(ユーストン)駅で列車に乗り込み、約3時間でHereford(ヘレフォード)駅に到着し、バスに乗り換えました。しばらく走ると、あっという間に緑が青々とした丘を見渡す景色に変わりました。6月末の渡英以来ロンドンから出たことがなかった私は「これぞイギリスの田舎の風景!」とひとりで感動し、さらにワクワクしたのを今でもはっきりと覚えています。

バスに揺られること約1時間20分。タルガースで下車をすると、初老のイギリス人男性が「Hi, are you Mayuki?」と声をかけてきました。家まで自分で行くつもりでしたが、事前にバスの時間を伝えていたので、ホストのマイクが心配してバス停で待っていてくれたのです。

案内されると、「素敵!」とつい日本語が声に出てしまうほどのおしゃれで可愛らしいザ・イギリスの家。渡英後に住んでいたロンドンでは、南アフリカ人とポーランド人とのシェアハウス、語学学校でもイタリア、フランス、韓国人の友人しかいなかったので、イギリス人と接するのは学校の先生くらい。ましてやイギリス人の個人宅に入る機会はなかったので、やっとイギリス文化に触れられた気がしました。

約200年前に建てられたという古くこぢんまりとした家は、生活感と清潔感がほどよく、昔ながらの建物とデザイン性の高いインテリアがマッチしてオシャレ以外には表現する言葉がないくらい素敵な家でした。お風呂とトイレはマイクのパートナーであるスーと共有、キッチンにあるものは自由に使っていいし、コーヒーや紅茶も好きなように飲んでも良いと言われました。そして、優しいブルーの壁紙と、野菜や花が育てられている庭(これが本当のイングリッシュガーデン!)が窓から見える、明るく小さな部屋がゲストルーム。なんだかホームステイをしに来たような感覚でした。

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 上)タルガースに向かうバスの車内。田舎に行くにつれ高齢者が多く、日本と同じだなと感じる。下)ゲストルーム。ホテルのように綺麗で可愛らしい。

 

エアビーでは基本、夕ご飯はついていないので、近くの食堂のようなカフェで済ませ、夜はホストのマイクとスーと紅茶を飲みながらお互いの話をして盛り上がりました。マイクはロンドンの出版社で働いた経験を生かし、今は古本のオークションを運営していて、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」がバイブルだと言うスーは、日本の芸術や建築、文化に影響を受けた絵や版画などを制作するアーティスト。子育てを終えた二人はマイクが定年したタイミングでタルガースに移住してきたようでした。

フェルランニングレースに出るために電車も通らない田舎町までひとりで来た、小さな日本人の私にとても興味を持ち、「You are so braver.(あなたはとっても勇気があるのね)」と褒めてくれ、なんだかそれまでひとり気を張っていたのが緩んで泣きそうになるほど嬉しくなりました。

翌朝7時に起きると、テーブルいっぱいにスーが用意してくれた朝食が並んでいます。グラノーラ、ミューズリー、シリアル、フルーツのコンポート、ヨーグルト、そしてマイクが昨晩手作りしてくれたパン。またまた嬉しくなって、走る前なのにたくさん食べなきゃ申し訳ない(日本人らしい?)と思い、満腹になるまで食べてしまいました。

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上)用意してくれた朝食がテーブルいっぱいに並ぶ。下)古本のオークションを運営するマイクとアーティストのスー。

 

日本人として、走れるところを見せるのだ!

8時すぎにレースの支度をして向かうと、小さな集会所のようなホールの前にフラッグが2本立てられているだけの、とてもシンプルな会場。同じTシャツを着ているグループがたくさんいて、ランニングクラブ仲間で一緒に出場しているようでした。予想はしていましたが、見る限りアジア人は私だけ。珍しい目でみんなが見ているのを感じ、完全に浮いている気持ちになりましたが、「ここでビビってはいけない。日本代表として走るのだ、走れるところを見せるのだ」とよく分からない使命感とともにスタートラインに立ちました。

9時、スタートのカウントダウンはもちろん大きなデジタル時計などはなく、主催者の方の腕時計が基準です。拡声器もなく、大きな声のカウントダウンと「GO!」のかけ声のもと、一斉に走り出しました。500mも走らないうちに羊のいるフィールドに入り、ゆるやかな坂を登ります。2マイルほど走ったところで森林のトレイルに入ったのですが、前日まで長く降り続いていた雨で地面はドロドロ。シューズの8割は泥に埋まるほどで足を取られて全く走れません。しかし驚いたことに、他のランナーはスイスイと追い越して走っていくのです。やはり日常的に雨の多いイギリス。マディーな場所も走り慣れていて、スピードが落ちないのです。3マイルほど来たところでようやく悪路が終わり、太陽も出てきました。

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 上)ホール前の道路がスタート地点。ランナーたちが集まる 下)森林の中は前日の雨でマディー。シューズが泥に埋まり、うまく走れず。

 

そこから8マイル地点までは丘を登り、素晴らしいパッチワークのように広がる緑のフィールドを見ながら稜線を走りましたが、日本とは全く違った景色と爽快さに、感じたことのない高揚感を覚えました。

 

犬も一緒。おしゃべりしながら走るイギリスのランナーたち

驚いたのは、犬と一緒に走っているランナーがいたことです。すべてのレースではないですが、イギリスでは愛犬と走ることが許可されているレースがあり、フェルランニングならではの文化だなと感動しました。

ランナー同士のおしゃべりも盛んです。日本でも追い抜くときには声をかけたりしますが、個人的な印象としては真剣に黙々と走るイメージです。しかしここでは、追い抜いたり追い抜かれたりする際には「今日は暑いね」「素晴らしい景色だよね」「速いね!keep up!」などとコミュニケーションを頻繁に取り、そのまま長らく話しながら走る人もいました。アジア人の私には「どこから来たの?日本?すごいね!」と話してくれる方もいて、そのオープンマインドさに最初は戸惑いましたが、それがまた嬉しく、足を動かしてくれる原動力になりました。

ラスト2マイルは気持ちの良い下り。ところどころ大きな石が出ていますが、手を伸ばせば届きそうな雲を見上げながら緑の雑草に覆われたふかふかのトレイルを走り抜けて一気にゴールし、最終タイムは1時間57分13秒。幸運なことに女子29人中、3位と自分でも驚く結果でした。

ゴール後には途中話したランナーが何人か声をかけてくれ、結果をマイクとスーに報告すると、自分のことのように喜んでくれました。 

たった10マイルでしたが、私はイギリス独特の地形を走るフェルランニングの面白さを感じ、そしてブラックマウンテンはじめ国立公園ブレコンビーコンズの美しさに魅了されました。強く感じたのは、その土地土地で出会う「人」がフェルランニングをもっと好きにさせてくれるということです。

その後、私はウェールズへ移住することを決め、最終的にはブレコンビーコンズ内のBrecon(ブレコン)という町の小さなアウトドアショップで働くことになるとは、その時は夢にも思いませんでした。そのお話は、また次回。

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 ◇参考

・イギリス国内のレース情報が検索できる「timeoutdoors」

https://www.timeoutdoors.com/events/trail-runs

・出場したレース「Might Contain Nuts Trail Running」

http://www.mightcontainnuts.com

・イギリスの「Airbnb」サイト

https://www.airbnb.co.uk

 

profile

久野 繭記   Mayuki Kuno

hitsuji (1 - 1)

静岡県袋井市出身。アウトドアメーカーのPRとして約5年勤務し、トレイルランニングシューズブランドを担当。レース会場などへの出張をきっかけにトレイルランに魅了される。結婚・広島への移住を機に退職するも、ワーキングホリデービザを取得し、2016年6月に渡英。「イギリスのトレイルランニングカルチャーを感じること」をコンセプトに、約1年間滞在し、2017年8月に帰国。instagramアカウント/@mayukikuno