「自分がなぜ走るのかを問い直してみる」福田六花さん(医学博士/ミュージシャン)

世界の見え方はどう変わるのか? 僕らのウィズコロナとアフターコロナ4昨年第三子が誕生した福田家。奥様の恵里佳さんはトレイルランアスリート 

UTMFの副実行委員長であり、今年からトレイルランニング世界選手権の担当委員長にも就任したシンガ−・ランニング・ドクターの福田六花さん。ご家族と暮らす河口湖の様子や医師としてのいまのお仕事、先頃発表になった2021年トレイルランニング世界選手権のことなどを伺いました。

 

山梨県の老人保健施設を守るため
感染予防の強化と相助システムづくり
 

———はじめに河口湖でのお仕事についてうかがえますか。

福田:僕は介護老人保健施設「はまなす」の施設長を務めています。ここでは約100名のお年寄りが生活していて、平均年齢は88歳くらい。重い病気を患っていたり、体が不自由だったり、認知症があったりなど自宅での生活が難しい方たちが暮らしています。病院に長く入院する必要がある患者さんとは異なり、一度治療が終了している方たちばかりなので、医療よりも福祉に近い施設といえます。 

———コロナ感染対策などはいかがでしょうか。

福田:幸いにもいま河口湖では感染者は出ていません(4/30現在)。ただとてつもなく心配なのは、コロナが施設に入り込んでしまった場合のこと。閉鎖的な環境だし、お年寄りは基礎疾患のある方々なので、コロナが入り込んだら一気に感染が拡大してしまう。水際でなんとか食い止めなければいけないと気を張っている状態です。 

 施設内には140名ほどの職員が働いているのですが、いまもしコロナ感染者が出るとしたら、職員が持ち込む以外にあり得ないんです。ご家族などの面会も謝絶にしていますし、納品業者の人たちとも玄関で物品を受け渡すなどしていて、徹底した対策を行っているからです。

 そのため、僕ら職員は仕事の前に体温を測って記入してからタイムカードを押す決まりにしていて、手洗い消毒も念入りに行っています。ちょっとでも体調が悪かったら絶対に休む、家族に体調が悪い人がいても休んで欲しいと伝えています。でも仕事が大変なので、自分が休んで他の人に迷惑をかけてはいけないという思いが、みんなあるんですね。そのあたりの意識もいまは変えてもらうよう話しています。 

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———感染者が出ているエリアとは緊迫感が異なりますので、意識改革もなかなか難しいのではと思います。

福田:そうですね、いつもは本当にのどかな町ですから。施設の隣にはクリニックもあって、僕は外来の患者さんも診ているので、そちらも気を遣っています。外来の患者さんにも入口スペースで体温を測ってもらい、熱があったら待合室に入れないようにしています。緊急事態ですから、薬だけ必要な患者さんはファックスや電話のやりとりだけで受けとれる仕組みになっています。 

———県内には同じような施設も多いのですか。

福田:山梨県内だけで30箇所あります。それらを取りまとめる老人保健施設協議会というのがあり、僕は会長を務めているので、県内全体についても考えなければなりません。 

 いま各地で医療崩壊の危機が迫っていますから、行政の手がなかなか老人保健施設にまで行き届かないんですね。だから自分たちでなんとかするしかない。もし30施設のどこかでクラスターが発生したらどうするか。職員に感染者が出たときにお互い助け合うシステムをどうやって構築するかを必死に考えています。移動が最も感染リスクを高めるため、いまは県外からのサポートも頼れないですから。 

———まったく経験のない状況ですね。

福田:本当にそう。経験したこともないし、医学の教科書にもこんな状況を想定した内容は書かれていなかった。いま現在生きている人類が初めて遭遇することですからね。結局、自分たちのことは自分たちで守るしかないんです。 

 山梨県は大きな山脈を挟んでエリアが分かれていて、僕がいま住んでいるのは東部富士五湖といわれるエリア。絶対にここで感染者を出したくないと思っています。このあたりは田舎で医療体制も薄いし、何かあったら対応が難しいんです。

 だから「はまなす」の職員には、いまは他県や感染者が出ている甲府などには絶対に行かないようにと伝えています。本当に申し訳ないんだけれど……。僕自身もまったくこのエリアから出ていないですね。 

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不測の事態に備えて、関係各所と事前の打ち合わせを進めている

 

レースありきでなくなる転換期
「なぜ走るのか」を自問自答する時間
 

———毎日ランニングを継続されているとうかがっています。

福田:毎朝、4時過ぎから走っています。ランがあってよかったなと本当に思いますね。いま外出自粛でなにもできないけれど、散歩やジョギングは認められていますよね。僕らランナーは走ることができる。少なくとも一日1時間くらいは自分の好きなことができて、救われていると思うんです。

———UTMF以外にも数多くの大会プロデュースを手がけたり、ゲストランナーとして走られてたりしています。

福田:いつもだったらほぼ毎週末レースが入っている時期ですけれど、自分が関わっているレースは7月くらいまで中止が決まっています。とにかく時間があるので、秋以降に開催予定の大会HPをリニューアルしています。でも心が折れそうな作業なんですよね、本当にできるのかなと想いながら進める準備なわけだから。

———コロナ収束後は、大会のつくり方なども変わっていくのでしょうか? 

福田:大会の運営方法というよりも、レースの参加意識が変わってくる気がするんですよ。よくも悪くも今まではみんなレースのためだけに走っているような風潮があったでしょう。まずレースをエントリーする、ポイントをとるためにがむしゃらに大会に出場するといったような……。

 みんながレース出場に一生懸命なのはそれはそれでトレイルランシーンが盛りあがってよかったんだけれど、大会がほぼ中止のいま、走ることってなんだろうと自分自身に問う時間だと思うんです。原点に帰るチャンスかなと思います。

 実は去年12月、山の整備中に足の小指を骨折してしまい、6週間走ることができなかったんですね。例年なら真冬は一年で一番走る時期で、1月から2月に別府大分毎日マラソンなどのロードレースに出るのが恒例だったんだけれど。 

———まったく走れない時期を過ごされていたわけですね。

福田:最初は悔しいしつまらなかったんだけれど、4〜5週間経つと今度は「走らなくてもいいかな」という気持ちが芽生えてきてね。走るって大変なことでしょ、疲れるし、寒い朝に走りに出ることはそれなりに覚悟がいる。それでも、自分を奮い立たせながら20年くらい走り続けてきたわけだけれど。 

 ただ6週間経っていざ走れるようになったら、やっぱり嬉しかったんですよ。そのときに考えたのは、自分はなんのために走っているのかということ。自分のいちばん根底にあるのは心身ともに健康で、文化的な生活を送ること。僕にとってはその生活を支えるのがランニングなんだなって気づいたわけです。

1 もともとは、自分と自然が一体化するのが楽しくて走っていたはずなんだけれど、それがだんだんレース主体になっていた。自分もレース運営者だから、常にレースのことが頭の中を占めていて、気づけばそういう状態で10年以上を送っていたわけです。ここ何年もレースづくりに熱中しすぎていたところがあったんだよね。僕は「まあまあ、これくらいでいいか」というのがすごく嫌いで、なんでも突き詰めたいタイプだから。

 主催する大会がなくなって気が滅入ることもあるんですよ。でも走ることは純粋に楽しい。汗をかいて自然を眺めながら、季節を感じたりするのがね。やっぱり、これだろうと。レースに出ることも走る動機のひとつだけれど、それだけじゃないぞと改めて実感したんです。 

———新たに走り始める人も増えてきましたね。

福田:走るのはきっかけがいるので、今回のことで背中を押された人も多いと思います。これで大会が再開されたら、レースの参加意識も変わってくるんじゃないかと思うんですよ、新しいランナーが入ってくるわけだからね。 

 超メタボだった自分はランニングと出合って心身ともに健康になった。それで走る喜びを伝えたいと思ってレースづくりを始めました。だから自分が主催するレースでは、できるだけ幅広い人に走る喜びを知ってもらいたくて短い距離をメインにしているんです。

 一方でUTMFは憧れの大会にしたい。UTMFの価値はそこにあるし、それがUTMFの使命だと思っているから。いまもコツコツ、2021年のUTMFに向けて準備を進めているところです。

 

日本陸連と連携して選手を派遣
トレイルランニング世界選手権
 

———4月7日、トレイルランニング世界選手権についての詳細が発表になりました。

福田:トレイルランニング世界選手権は2021年から開催方法が変わります。6月に開催地と開催日程が発表になる予定ですが、この状況でどうなるかまだわかりません。

 主催は「ワールドアスレティックス」で、これはIAAF(国際陸上競技連盟)が名称変更した組織です。そこにITRA(国際トレイルランニング協会)やIAU(国際ウルトラランニング連盟)、マウンテンランニングが加わって開催することになりました。

———選手派遣についても変わるそうですが。

福田:母体が変わるということは日本での選考にも影響が出るということ。そのため昨年はこの準備活動に奔走していました。いろいろと検討した結果、僕が理事を務めるトレランJAPAN(一般社団法人日本トレイルランニング協会)が日本陸連(公益社団法人日本陸上競技連盟)のテクニカルパートナーとなり、お互いに協力し合ってトレイルランニングとマウンテンランニングの発展に尽力していくことになりました。準備段階の旗振りをしていたことから、世界選手権の担当委員長を務めることになったわけです。

———カテゴリーも豊富ですね。

福田:4つの種目が予定されています。

1)クラシックマウンテンレース(12km/獲得標高300~400m)
2)バーチカルマウンテンレース(4〜7km/獲得標高700〜1000m)
3)ショートトレイル(40km/獲得標高2000〜3000m)
4)ロングトレイル(80km/獲得標高3500〜6000m)

 国内の選考レースも決まり、同時にトレランJAPANでの選手登録も始まりました。選考レースには選手登録をして出場しないと日本代表には選ばれません。日本代表になって来年、世界選手権に出場するが決まった選手は陸連登録も必要になります。

●国内選考レース(トレランJAPANサイト)
https://trailrunning.or.jp/選考競技会について/

 たとえば12kmのクラシックマウンテンレースは獲得標高も大きくないので、駅伝を走る実業団選手やマラソン選手なんかも得意なカテゴリーだと思うんです。陸上の世界からも、どんどんチャレンジする選手が生まれればいいなと思っています。そうなったら、トレイルランシーンは盛りあがるんじゃないかな。

———バーチカル(バーティカルではなく)も入っています。この種目はスカイランニングのジャンルかなと思っていたのですが。

福田:スカイランニングでの正式名称は「バーティカルキロメーター」ですよね。5km未満で獲得標高が1,000mが基準です。トレイルランニング世界選手権でのバーチカルはそれよりも獲得標高は少なめだと思います。

 国内の山岳ランニングシーンには、先に挙げたトレランJAPANのほかに、JTRA(日本トレイルランナーズ協会)、JSA(一般社団法人日本スカイランニング協会)という3つの団体が存在していて、僕はそのうちトレランJAPANとJTRAの理事を務めています。今回、世界選手権に向けた国内準備を進めるにあたり、できることなら3つの団体で協力体制が組めればと思いました。 

 それで、「尾瀬岩鞍バーティカルキロメーター(10月開催)」を運営している星野和昭さんと連絡をとり、ぜひ一緒にやろうということになって国内選考大会に決まりました。この大会はスカイランニング日本選手権でもあります。

20180108-午前-0288JTRA主催のトレイルランニングフォーラムにて。協力してくれたアスリートたちと 

———選考レースはどのような基準で選んだのでしょうか。

福田:選ぶにあたって意識したのは、きちんと運営されている大会であること。そしてできるだけいろんな選手が集まれるように東日本、西日本からバランスよく選ぶこと、開催期間がばらけていることなどを考慮しました。いいレースが選べたなと思っています。

———日本代表選手は渡航費もサポートしてもらえるそうですね。

福田:日本陸連と連携したことで、陸連から予算を出してもらえるようになったんです。でもそんなに大人数分ではないんですよ。僕らはできるだけたくさんの選手の渡航費をサポートしてあげたいという気持ちがあるので、トレランJAPANの選手登録費用をその一部に当てたいとも考えています。

———コロナ禍でまだ先が見えない状況ですが、世界へ羽ばたく選手を支える準備が進んでいることに明るい兆しを感じました。 

福田:10年後くらいに、日本で世界選手権が開催できたらいいですね。それが僕の新しい目標かな。僕は理想だけ語って終わるのは本当に好きじゃないから、なんとか実現していきますよ。 

Interview:2020/4/16
Text:Yumiko Chiba