「そろそろ大会偏重から脱却するとき。柔軟な山遊びを伝えたい」〜高木智史さん(Universal Field 代表取締役)

世界の見え方はどう変わるのか?僕らのウィズコロナとアフターコロナ

101973425_256616168899015_6078691070936901211_n

人気大会「阿蘇ラウンドトレイル」や「霧島・えびの高原エクストリームトレイル」など、九州エリアにおいて数多くのトレイルランレース、ロードレースを手がける高木智史さん。ユニバーサルフィールド設立9年目となるこの春は、コロナ禍によりすべての大会が中止を余儀なくされた。しかし3ヶ月あまりの間に、高木さんはいくつもの新しいプロジェクトを始動させている。これからのトレイルランシーンやスポーツ地域振興のあり方など、未来に向けたビジョンを伺った。

 

九州は穏やかなムードが戻ってきた 

――ここ数ヶ月、お仕事はどのような状況ですか? 

高木:2月上旬から5月末までに開催予定だった大会、イベントはすべて中止になりました。地元の宮崎についていえば、4月11日以降は感染者が出ていませんので、のんびりとしたムードです。また九州全域を見ても、福岡と鹿児島以外は感染者ゼロが続いていますから(6/12現在)、ゆるやかに日常生活に戻していこうという雰囲気になっています。

――スポーツイベントについても、活動できるエリアから動き始める流れが生まれるといいですね。

高木:本当にそう思います。どこかが動き出さないと、何も始まらないと思うんです。もちろん、その使命感だけで活動しているわけではないんですけれど、きちんと感染防止対策をしているなら、そろそろ再開してもいいんじゃないかと思います。 

――社員の皆さんはどのような働き方をされているのですか? 

高木:在籍する7名の社員は4月と5月は週二日だけ出勤というシフトを組んでいましたが、6月に入ってからは通常業務に戻っています。

 スポーツビジネスとしてはまだ大人数が集まって行う催しはできない状況なので、うちの会社も収入面のダメージは決して小さくなくて、国の助成金など申請しています。

――九州の山の様子はどうでしょうか。 

高木:6月に入ってからは人も増え始め、以前と変わらなくなってきていますね。いま霧島連山ではミヤマキリシマがとても綺麗な時期で、それを見に登山愛好者の皆さんが山に入っている印象です。 

102981840_2629795173954499_384122490069225986_n

102669280_259209438620765_775924994686465751_n

阿蘇ラウンドトレイル

 

3つの新たなプロジェクトを始動 

ーー大会開催がままならない中、高木さんはいろいろなアイデアを打ち出していらっしゃいます。最初にSNSで拝見したのは、たしか九州野菜のネット販売でした。 

高木:宮崎の野菜を宅配する「みやざきエクスプレス〜hinata」という事業を始めることにしたんです。九州は野菜が本当に美味しいんですよ。これまでも大会の参加賞として農産物をお土産に入れることがあったので、地元の農家さんとはつながりがありました。それで九州のPRという意味も込めて通販しようと考えました。いまはお試し期間中で、7月から正式販売を開始し、コロナが終息しても続ける予定でいます。

 旬の野菜をセットでお届けするんですけれど、箱の中には地元の生産農家さんの野菜に加えて、社会福祉事業所で障がい者の方々が育てた野菜も入っています。毎回、アスリートフードマイスターの方にそれらの野菜を使ったメニューを提供していただいて、レシピも添えます。 

――新たなイベントも企画しておられますよね。 

高木:少ない人数でのイベント開催はすでに認められているので、トラックを使った5000mのペース走イベントを始めました。これは月一回、定期開催していく予定です。

 ほかに「九州里山トレイル」というイベントも立ち上げています。この企画を考えた背景には、トレイルランナーが大会に依存しすぎているのではないかという僕個人の憂慮があります。いま、トレイルランナーの多くが大会に偏りすぎていて、それ以外の山遊びの楽しさに気づいていないように思うんです。“トレイルレーサー” という言葉がありますけれど、まさにそうで、普段はロードで練習をして、大会のときだけ山に入るランナーが増えている気がします。

 もちろん、それも一つの楽しみ方ではあるのですが、大会という形にとらわれず、里山を案内しながらトレイルランの楽しさを伝えることができたらと考えました。 

 いまのところ実際に動いているのはこの3つのプロジェクトなのですが、実はもうひとつ始めようとしていることがあります。

 

プラスティック消費削減を目指した計画も 

―――どんなことですか?

高木:リユース食器事業です。ここ数年、トレイルランの大会では、ゴミ削減のためにマイカップ持参などの動きが出てきていますよね。環境活動についていえば、UTMFや信越五岳トレイルランレース、伊豆トレイルジャーニーなどがすでに取り組みを進めています。

 そうした潮流の中で、九州エリアでも、エイドでの郷土料理のふるまいなど含めて、リユース食器を使うことでゴミが削減できないかと思ったわけです。スポーツイベントに限らず、地元のお祭りや事業所が実施しているイベントなどでもリユース食器を使ってもらうことができたら、広く環境活動につなげていくことができるのではないかと考えました。まずは自分の会社で開催しているトレイルランレースで始めて、いずれはマラソンレースでの紙コップもリユース食器に変えることができたらと思っています。  

101987866_275850296800874_1631648728447315830_n101928681_989755644760579_3496882952772059146_n

霧島・えびの高原エクストリームトレイル

 

――フルマラソンを見ていると、エイドで捨てられる紙コップの量や、雨天時の使い捨てカッパ(ゴミ袋代用も含め)の廃棄など、少なからずショックを受けますね。 

高木:そうですよね。そのあたりも変えていきたいなと思うんです。たとえば1万人が参加するマラソン大会で、5kmごとのエイドで紙コップを一人一個ずつ使い捨てているとしたら、ざっと9万個の紙コップが数時間で消費されていることになります。その部分の意識改革ができたらなと。かつてのような大量生産、大量消費の時代は終わりだと思っているので、新しい価値観を伝えるような活動ができないものかと考えていました。

 コロナウイルスが猛威を振るう前、社会的にはプラスティック消費削減運動の芽が育ち始めていましたよね。それなのにコロナ禍によって、レストランでのテイクアウトが増え、またプラスティックが大量に消費される世の中になっています。テイクアウトに関しても、ヨーロッパでは自宅から容器を持参して料理を入れてもらったりするらしいんです。日本もそんなふうに、環境を考えて行動できるような社会になればいいなと思っています。

 このリユース食器事業は金額単位も小さいですし、会社にとって莫大な利益が生まれるわけでは決してないんですけれど、環境に配慮する社会システム構築のきっかけになればと考えています。

――この事業計画は、コロナ以前から温めていたのですか。

高木:想いはずっとあったんですけれど、コロナの影響で時間ができたので、ようやくみなで具体的な方法を探り始めたという感じです。

 実はうちの会社は設立当初から、書類の発送作業などを障がい者の就業支援団体に委託しているんですね。この事業でもそうした団体と連携し、貸し出した食器の洗浄作業などをお願いすることで、就業機会を生み出すサイクルがつくれればと思っています。 

――食器はどんな素材のものを考えていらっしゃいますか? 

高木:ガラスや陶器だと割れて怪我をする恐れがあるので、強化プラスティックでつくった食器を考えています。衛生的にもそれが安全らしいので。

 

大会じゃないからこそ、楽しめる遊び方がある 

――先ほどのお話にあった里山イベントについて、もう少し詳しく伺えますか。高木さんは大会をいくつも手がけておられるわけですが、一方で、トレイルランシーンが大会偏重になっていることを危惧しているとのお話でしたが。

高木:僕自身は、大会は山遊びの延長線上にあってほしいなと思っているんです。たとえば大会が山を楽しむきっかけとしての存在であったり、トップランナーにとっては自分を表現するための場であったり。
 スポーツツーリズムの観点からいえば、大会が開催されないとなかなか足を運ぶチャンスのない場所もありますから、そういうツールとして大会の役割は大きいと思っています。
 それに僕は大会のよさというのは、人と人との触れ合いだと身をもって感じているんです。受付でのちょっとした会話とか、ボランティアの人の声援とか嬉しいですよね。エイドや大会前後に地元の食を楽しむことができるのも、レースならでは魅力です。 

 そうした要素を否定するつもりはまったくないんですけれど、その一方で、大会は開催できないけれど素晴らしい山というのも日本各地にたくさんあるわけです。僕はトレイルランナーの皆さんに、ぜひそういう場所にも行って欲しい。
 大会じゃないからこそできる遊びもあると思うんですよ。たとえば、トレイルランでもバーナーを背負って山に入って、途中で珈琲を淹れたり、カップラーメンをつくって食べたり。そういう山遊びが共有できたら、もっと広がりが生まれるんじゃないかと思っています。

 最近トレイルランを始めた人たちは、そういうことをあまりしていない気がします。九州に限らず、ロードランからトレイルランに移行してきたランナーが多いことも理由のひとつでしょう。そうしたランナーたちはショップなどが主催するイベントに参加する機会でもなければ、なかなか大会以外の遊びに触れる機会はないですよね。でも山頂で珈琲を飲むだけでも、感覚ってすごく変わるので、ぜひそれを知って欲しいなと思っています。

――たしかに感覚は変わりますね。具体的にはどんなイベントを予定しているのでしょう。 

高木:20名くらいの少人数で、歩きも入れながら装備や補給の話などを織り交ぜて、山頂でひと息入れて、というイメージです。月一回くらい開催できればいいなと思っています。

 

九州の山の魅力を詰め込んだ写真集

――ユニバーサルフィールドが主催する大会の写真を集めた写真集「Joy―Trailrunning Photobook」がまもなくリリースされると伺いました。

高木:うちが主催するトレイルランレースの多くは、フォトグラファーの藤巻翔君と小関信平君に撮影をお願いしています。来年、会社設立10周年を迎えるので、そのときに写真集を出せたらいいなと思っていたんですけれど、トレイルランナーの皆さんが思うようにレースに出られないこのタイミングで制作した方が、参加者の方々にも喜んでもらえるのではないかと思い、急遽つくることにしました。写真集を通して、全国のトレイルランナーに九州の山の魅力を知ってもらえればとも思っています。

 4月中旬に企画を立ち上げて、オンラインで東京にいるフォトグラファーたちと打ち合わせをしながら写真をセレクトしました。まもなく刷り上がります。 

main

kyushutrail_photobook_48-55_BELIEVE

kyushutrail_photobook_02-13_プロローグ

「Joy―Trailrunning Photobook」より
 

一つひとつの大会価値を再確認していく

――そもそも高木さんがスポーツビジネスを手がけようと思われたのは、どんな理由からだったのでしょう。

高木:自分は宮崎で生まれ育って、東京への憧れもあって都内の大学に進学しました。でもゆくゆくは宮崎に戻りたいと考えていたんです。卒業後はNTTドコモに就職して、それからDellに転職しました。

 学生時代はとくにスポーツに打ち込んでいたわけではないんですけれど、たまたま27歳でマラソンを始めたんですね。それでトレーニングを積んでサブスリーを達成したら、やり切った感じになってしまって、何か新しいことに挑戦したいなと思っていたときにトレイルランと出合いました。雑誌で見たのがきっかけです。
 最初に出場したのは2011年「おんたけ100」。トレイルランといいつつも、ほとんど林道を走る100kmレースでした(笑)。そこで参加者の人と仲良くなって、大会にはこういう出会いの喜びもあるんだと知りました。それからOSJのレースに度々出場するようになります。当時、九州では平尾台と山都町の大会くらいしか存在していなくて、それすら自分は知らなかったので、本州まで出向いてOSJシリーズに出場していたわけです。 

 いつからか、スポーツを基軸にした地域活性が仕事にできたらいいなと考えるようになりました。当時はいまほどスポーツビジネスという言葉が浸透していなかったこともあって、まずは2011年に個人事業主として仕事を始めて、2012年に法人化しました。

――学生時代から、いつかは起業したいといった希望はあったのですか?

高木:それはまったくなかったですね。スポーツによる地域振興の仕事がしたいなと考え始めたとき、当初は自治体の観光課か、体育協会に入れればいいかななんて思っていたんです。
 
 地元のいくつかのマラソン大会が同日開催であることに疑問を感じてしまい、どうにかならないものかと思ったのがきっかけです。大会を一つつくるには膨大な労力がかかるのに、同じ県内で同日にいくつも開催するのはどうなんだろうと思って。それらをうまく調整したら、もっと地元のスポーツ振興も広がるんじゃないかと考えたわけです。

 それで体育協会に問い合わせたら、「うちではそういう仕事はできない」と言われてしまって。それじゃあ、自分でやるしかないかなと思ったのが起業の理由です。 

――9年の間に会社としてのお仕事も、九州のトレイルランシーンも大きく変化したのではないかと思います。これからについては、どんなビジョンをお持ちですか。

高木:まずは自分の地元を知るところから始めるのがいいのかなと思っています。先ほど大会偏重という話をしましたけれど、たとえばITRA(国際トレイルランニング協会)の認定ポイントを獲得したいから大会に出場するというトレイルランナーもたくさんいらっしゃいますよね。これまでは「ポイントが獲れるからこの大会に出よう」といったムードがあったと思うのですが、そうではなく、それぞれの大会の魅力を一層高めて、それで「出てみたいな」と思ってもらうことが大事なんじゃないかと感じています。新しい楽しみ方を提案していきたいですね。
 

101801290_689747191597356_1589918241920142920_n

阿蘇の美しい山々。レースでは外輪山の稜線を進む
 

――コロナの影響が続くなか、主催大会の運営方法など変えることは考えておられますか? 

高木:大規模の大会だと、コロナ感染防止対策も含めていろいろと運営方法を変える必要があるかと思うのですが、うちの大会はそこまで参加人数が多くないので、現時点では大きな修正点はないかなと考えています。もちろん、感染防止対策は万全を期しますけれど。
 レースでトレイルを走っている最中は、人が密集する危険は少ないですから、留意しなければならないのはレース前後ですね。受付方法やムーブスタートなどのスタート方法、ゴール地点で密集をつくらない施策などが必要になってくるかなと思います。あとはエイドですが、地元名物のふるまいなどもあるので、そのあたりはこれから検討が必要です。 

 アウトドアシーンはいま変化の時を迎えています。そんな中で僕がひとつだけ言いたいのは、自分たちだけよければいいという考え方はしたくないということ。環境活動への取り組みも含めて、いままで以上に広い視点でトレイルランシーンを捉えていけたらと思っています。

■Universal Field
https://universal-field.com

Photo:Universal Field  / Sho Fujimaki, Shimpei Koseki
Text:Yumiko Chiba