世界の見え方はどう変わるのか? 僕らのウィズコロナとアフターコロナ
岩本町にあるムーンライトギアの店舗で。写真は「海千山千會」についてインタビューしたときのもの
ULのギアやウェアの輸入代理店ノマディクスを経営し、岩本町のショップ・ムーンライトギアのバイヤーでもある千代田高史さん。高尾で暮らす千代田家にはこの春、二人目のお子さんが誕生した。いまの時間を千代田さんはどう捉え、何を想いながら過ごしているのか。仕事のこと、コロナ禍による社会変化について聞いた。
———まずはお二人目のお嬢さま、お誕生おめでとうございます。もうお名前はつけられたのですか?
千代田:ありがとうございます。杏(あん)と名づけました。妻が碧(みどり)、長女が蒼(あお)なので、色に繋がる名前にしたいなと思い決めました。
———長く続く自粛生活ですが、この時間をどのように捉えていらっしゃいますか。
千代田:自分自身もそうなのですが、いまは会社のあり方、商売の仕方、時間の過ごし方など、すごく柔軟性が求められているのを感じます。適応能力というか。
自分の力ではどうにもできない状況を受け入れて、変容できる人が強いんだろうなと思いますね。当たり前だったことが当たり前じゃなくなっているわけで、型にはまった考え方をするのは怖いだけというか。
———お子さん誕生の時期と重なり、未来を考えるタイミングでもあったのではないかと思うのですが。
千代田:経営者としては、ただ指をくわえて待っているだけではジリ貧になるのがわかっている状況。そんな中で新しい命が生まれてきたわけで、「生き抜くぞ」という気持ちはより明確に強くなっている気はしますね。
実は12月から1月にかけて、我が家は大変な時間を過ごしていたんです。一家全員マイコプラズマ肺炎にかかってしまったんですね。僕もずっと不調が続いていたのですが、病院に行ってもなかなかちゃんとした検査をしてもらえず、結局、何軒も訪ねたりして。ようやく検査をしてもらったら、マイコプラズマ肺炎だとわかったわけです。
妻が切迫早産の危険もあったので、いま以上に我が家には緊張感が漂っていました。妊娠23週目くらいで入院したんですれど、お医者さんから「35週目までなんとか頑張りましょう」と言われて、家族で泣いてしまって。
だから緊急事態宣言の中での出産ではありましたけれど、無事に出産を終えられただけで、もうラッキーというか。とにかくステイホームが長丁場だったんです、我が家にとっては。
上)誕生したばかりの杏ちゃん 下)高尾のご自宅にて
———無事にご出産されて本当によかったですね。このような状況なので、ご家族が病院で立ち会うのも大変だったのではないですか。
千代田:お世話になった病院では4月の終わりから出産の立ち会いができなくなりました。妻はその前に出産したので、僕も娘も病室に入ることができました。生まれるときから親孝行な子どもだね、と言っています(笑)。
そんな時間を過ごしていたので、とにかくなんでも自分たちで判断して行動していかなくちゃいけないと実感していました。その後コロナ感染が拡大し、いろんなデマや噂が流れて、特定の商品が売り切れたりするなかで、やっぱり自分たちで正しい情報を見極めて動いていかなければいけないんだなと確信しました。
会社に関してもまったく同じで、国の助成金など企業向け救済措置もありますけれど、基本はないものと考えて、自分たちで立っていかなければと思っています。国の政策はなんでも後手後手になっていますしね。
休業もあくまで自分たちの判断で
そのスタンスは常に変わらない
———4月1日にムーンライトギアの店舗の休業を決められました。早い段階での決断だったと思うのですが。
千代田:そうですね、まだいまほどは感染拡大が現実味を帯びていない頃の決定でした。5月に大阪店をオープンする予定で、店長になるスタッフも入社して岩本町店で修行していたんです。物件は押さえていますが、結局、オープンは後ろ倒しになっている状況です。
いま社員が10名いて、その中には既婚者もいます。休業を決めた理由は大きく2つあって、ひとつは店がクラスターの発生源になってはいけないから。もうひとつは、スタッフの家族が心配しているのではと思ったからなんです。店舗に立つということは、たくさんのお客さまと接するわけですから。
———経営者としては難しい判断ですね。
千代田:僕らは輸入代理店でもあるので、卸先の店舗さんとの関係もあるじゃないですか。大変ななかでも頑張っているお店さんもあるわけで、休業するかしないか、明確な答えはないんですよね。
———休業の際のメッセージがシンプルかつ温度があり、千代田さんらしいなと感じました。
千代田:どう発信するかは考えましたね。「休業は傷みを伴うことだけれど、でも僕らは社会のためにやらなきゃ……」というようなメッセージを発信するのは絶対に嫌だなと思ったんです。それで、「休業することに決めましたけど、WEBや映像でこれまでできなかったことをやっていく」というメッセージにしました。
お客さんに対して「うちは前向きに行動している会社だ」と思ってもらいたい気持ちが半分、いまお店を開いて頑張っている人たちに「僕らは正しいことをしているんだ」と押しつけているようには見られたくないという気持ちが半分。すごく言葉を選んで発信しました。
自分たちで判断する、自分たちが面白いからやる、という指標をうちの会社は大事にしたいなといつも思っているんです。コロナがなければ店は閉めなかったわけだけれど、閉めている間も新しいことをしたり、これまでできなかったことをしたりする。そういう姿を見せることが、お客さんへの信頼に繋がるのかなと思っていて。「こいつらは違うな」と。
お店って「我々の会社があなたのためにお手伝いします」というスタンスのところが多いんですけれど、僕らは申し訳ないけれど、誰かの何かをお手伝いする気はさらさらなくて。僕ら自身が経験して、本当に楽しいと思っていること以上に、伝わるメッセージはないと思っているんです。
だからその一環なんですよ、休業も。みんなのために閉めるんじゃなくて、僕らの判断で閉めるんでよろしくね、というスタンスにしたいという想いはありました。
文字と写真の世界では
かっこつけていたけれど
———リモートワークで、働き方は変わりましたか?
千代田:うちの会社は最初からみんなリモートワークなんですよ、社名がノマディクスなんで(笑)。パソコンとインターネットさえあればバンの中で仕事してもいいという環境。だから何一つ変わっていないかな。
ただ岩本町の店長である服部や大阪店の店長を務める吉谷は基本的には店舗勤務で仕事をしていたので、リモートワークはまだ慣れないところがあると思います。僕らは家の二階に上がることが出社みたいなことを10年近くずっとやってきているから、気持ちの切り替えも上手いんです。でも二人は慣れるのに少し時間が必要かなと思います。
休業したことで服部がWEBのレビューを少しずつ書くようになって、僕は僕でずっとやりたかったYouTubeの映像コンテンツに力を入れるようになって。映像づくりって思いのほか時間がかかるんですけど、やってみて気づくことも多い。映像の方が圧倒的に伝わることもあれば、あらためて文章のよさを再確認したり、学びが大きいですね。
改造したバンが映像の撮影場所。自宅近くの林道に停めて
———YouTubeのシリーズ、いいなと思いながら拝見しています。さりげないつくりに見えますけれど、ちょっとしたカメラワークや時間の流れ方、音のさじ加減など世界観がありますね。最初からイメージは明確だったのですか?
千代田:つくっているうちに見えてきましたね。もともと自分はものを伝えること自体に興味があるんだなぁと知ることもできました。たとえば、レビューなど言葉でどう伝えるかといった自己表現もそのひとつ。
動画もいろんな見せ方があるんですよね。くだらないことでみんなを笑わせるトーンもあれば、純粋に商品にフォーカスしてかっこよく終わらせる見せ方もあって。いま手持ちのカードを蓄えて、試している最中。映像は収録半分、編集半分の世界なんだなというのはすごく感じますね。あとでいくらでも料理ができるというか。
オンラインラジオとかを聞くとき、ほとんどの人が運転や何かの作業をしながら、声のトーンや空気感の好みでコンテンツを選んでいると思うんですよ。だからYouTubeもフラットにふわーっと見られるものが理想だなと感じていて。間とか声のトーンなんかは、楽しみながら自己探求していきたいところです。すごく奥が深い世界ですね。
———なぜ映像を始めようと思ったのですか。
千代田:僕はこれまでレビューやSNSなどの文章ではずっとかっこつけてきたんですよ。顔が見えない状態で、文章と写真で商品やムーンライトギアについてずっと紹介してきたわけです。ようはチラ見せ文化ですね。
でも動画の世界では丸見え。これまでずっと手をつけなかったのは、がっかりする人も多いだろうなと思っていたからなんです。でも30代後半になってきて、そろそろ違うものを出していってもいいかなと。ようやく機が熟したというかね。
———たしかに千代田さんが書かれるムーンライトギアの文章には余白があって、そこが読み手の想像力をかきたてますね。
千代田:だからそこを見せてしまうのはどうかなと思っていたんだけれど、もういいかなと(笑)。その分、幅の広がりを楽しんでいます。
変化を冷静にとらえて
ポジティブに変換する力
———これからどんなふうに世の中が変化していくと思われますか。
千代田:SNSを見ていると、イライラしている人もいますよね。日本人のよいところ、悪いところがいますごく出ているなと思います。自粛要請をみんなちゃんと守って家にいるわけですけれど、そうなると、守らない人に対して正義感を振りかざす人が出てくる。
これから先は自分がどう生きていくか、もっと余裕を持って選んでいく必要があるのかなと思います。日本はきっとこれからもいまのようにルールが決まらないままダラダラ行くように思うんですよ。そのなかで、何に希望を見いだして進んでいくのかを自分なりに見つけて、そこにフィットしていく。それができる人は問題ないけれど、できない人は辛くなっていくんだろうなと感じますね。
コロナ禍を冷静にとらえ、それに対応して変わっていくことをポジティブにとらえながら僕たちの会社は仕事をしています。この先、ポジティブに変換できない人が、できている人の足を引っ張るような図式になってしまうのかなという懸念もあります。
———アウトドアにおいても、既存の枠組みのようなものが崩れ始めているように感じるのですが、そのあたりはいかがですか。
千代田:たとえば少し前、バフをつけて走るべきかどうかが問題になりましたよね。フルマラソンや100マイルのような基準は自分の力を測るにはすごく面白い形式だと思うんですけれど、もともと僕らは型にはまっていない “横乗り”のカルチャー育ちなんですよね。スケートボードが好きだったのはそういうところですし。
自分の中で目標設定をして、自分なりに楽しむのが当たり前だと思って暮らしていたところに、トレイルランなどのコンペティティブな志向を多く持つユーザーを抱えたシーンが生まれてきた。僕らはもともと、誰かがつくった枠組みに乗っかるのではないところに楽しみを見いだしていたところがあるから、誰かにバフをつけろと言われるからつけるといった空気感には違和感を感じますね。
そうはいっても僕自身、山の中で遊ぶことに関しては自粛しているわけです。家の裏山はいつも通りに散歩したりしますけれど、そこはもともと人に会うことも少ない場所ですし。山といっても、北アルプスの山と自宅の裏山ではまったく意味が異なるわけですよね。でも「山に行ってきました」と発信してしまうと、実情はどうであれ、それだけで炎上してしまう。
———いまの空気では、たしかにそうですね。
千代田:何を好きで自分は山と向き合っているのか。その問いをいま一人ひとりが突きつけられているんじゃないかと思うんです。どういうふうに山で遊ぶのか、それが山に行かないとできないことなのかを自分の中で咀嚼するときというか。
世界チャンピオンの上田瑠偉でもいまは自宅で踏み台昇降をしていますよね。自分がどういう立ち位置で山を楽しんでいるかを考えて、山に行けないなかでの工夫を見いだせる人たちは、すでにこの状況に対応していると思います。早い人は自分の人生の中でのこの自粛時間をどう楽しむか、もう見つけ出していると思うんです。
逆にフラストレーションがたまっている人は、自分の頭で考えずに待っているだけなんじゃないか。仕事についてもまったく一緒で、この状況に対して「早く終わればいいですね」といって思考を止めている人と、いまの状況で何ができるかを考えている人とでは明らかに違う。その時点で「この人はクリエイティビティがあるんだな」とか「疲弊しているな」というのを肌で感じます。
いまは前夜かもしれない
それでも新しい計画は動きだす
———これから展示会のあり方も変わってくるのでしょうか。
千代田:6月に予定していた展示会の開催はしっかりと考えて工夫して開催しないと難しいかなと思っています。オンラインとリアルの熱量をどのように伝えるか。いま真剣に考えています。
実際いまは、店舗の再開にしても「食わなきゃいけないから仕方がないんだ」と世の中に余裕がなくなっていく前夜だと思うんです。言葉では僕らも「前向きに」とか言っていますけれど、シビアに見たら商いがまわらなくなる前夜。
そうなってくると、店舗の方たちに対して「これこれの期日までにこのオーダーを出してください」とだけ説明をするのは、もう乱暴なことじゃないですか。
代理店としてのあるべき姿、卸販売としてのあるべき姿について考えますね。そういう意味では、これからみんながWinWinになる形をつくっていかなきゃなとは感じています。
———代理店のあり方というお話がありましたが、経営者とししての視点をもう少し詳しくうかがってもよろしいですか。
千代田:根本は「先々のことを考えて行動する」ということに尽きるんですけど。動きのスピードを早くしていくことが重要かなと思うんですね。こういう状況なので自分もリーダーシップを発揮してはいるんですけれど、自分の背中に社員がついてくるかというとそれはどうだろうかと。個性が強い社員ばかりなので(笑)。
大切にしているのはコミュニケーションですね。小さい目標設定を示して「この舟はやっぱり違うんだ」とわかってもらうように立ち振る舞うことも大事だと思っています。
ある意味、チャンスでもあるんですよ。スタッフも主体的になってきているので、任せること、評価すること、ちゃんと道しるべを示してあげること。この3つがすごく重要だなと感じています、経営者としては。
僕は国が何かしてくれるとは最初から期待していないんで、自分たちでなんとか80点くらい取って、そのまま軌道に乗ってくればいいなと。足掻かなければ沈んでいくだけだというのはわかっているわけですから、フルスロットルでやっている状態です。
———今後に向けて、新しい計画はありますか?
千代田:それ、聞いちゃいますか(笑)。実は新しくシューズブランドを手がけるんです。「Vivobarefoot(ヴィボベアフット)」という1997年にイギリスで誕生したメーカーで、裸足生活を提唱しています。OMMでイギリスに通う中でもともと自分たちが好きで履いていて、扱うことになりました。夏前にはいろいろなアクションが始まる予定です。
———どんなシーンを想定したシューズなのですか。
千代田:山でも街でもですかね。トレイルランのバイブル的書籍「BORNTORUN」で裸足ランニングやフォアフットの一大ムーブメントが起こりましたよね。ブームはすでに一段落しているわけですけれど、それをもう一度突き詰めていこうかなと。
僕自身、運動生理学的なことも勉強していますけれど、それ以上に伝えたいのは、たくさんの神経が通っている足裏感覚をオンにして、脳に刺激を与えて、クリエイティブな生活を送ろうよ、ということ。
裸足感覚の代名詞ともいえるアルトラはより走ることに特化してアクティビティに合わせてシューズが細分化されていますよね? アルトラはレースによって履き替えたりとどのシューズも魅力的なんですけど、このメーカーのコンセプトは本当にシンプルで。
トレイルで履けば砂利の感覚を足裏が拾ってくれるし、立ち仕事をしてると裸足のようで楽だし。ヨガやストレッチをしている感覚に似ているかもしれません。裸足を生活の中でもう一度提案したいなと思っているので、ランニングももちろんですが、アウトドアライフスタイルを提案していく上で、まず、ベアフットが好き!というショップさんから展開していきます。
———自粛生活によりこれまで以上にフィジカルに目が向いていますから、裸足感覚はいまの空気感にフィットするかもしれませんね。
千代田:そうかもしれないですね。本当は移動販売をしたいんですよ。社用車のバンを改造しているので、それを使って自分たちも旅をしながら全国を回ってフィッティングしてもらうというのを春先から始める予定だったんですけど。
———移動販売は面白そうです。
千代田:主体的に動いてくれる社員がいて、みんな勢いが出てきた。結果、自分が昔からやりたかったことが実現できるようになってきた。そもそもノマドは会社としてやりたかったことの原点ですから。
アフターコロナになったら、いろんなアイテムを積んで全国を移動しまくりますよ。そこで何がしたいかといったら、みんなに会って話をしたいんですよ、僕は。
●MoonlightGear
https://moonlight-gear.com
Interview:2020/4/27
Photo:Takashi Chiyoda, Takuhiro Ogawa
Text:Yumiko Chiba