『山物語を紡ぐ人びと』vol.11〜 斎藤徹さん(パーゴワークス / PaaGo WORKS デザイナー)
トレイルランのザック『RUSH7』が与えたインパクト
昨年秋に発売され、瞬く間に初回生産分が完売したトレイルランニングのザック『RUSH7(7L)』。本連載の第5回目でも、ATC Storeの芦川雅哉さんが2014年UTMFでプロトタイプを活用したというエピソードをご紹介したので、ご記憶の方もいるかもしれない。
この春には再び販売が始まるほか、容量を大きくした『RUSH12(12L)』も登場する。アウトドアシーンにおいて不可欠な機能に、遊び心やフレキシブルさという軽やかなエッセンスを加えたものづくりで、ますます注目が集まる『PaaGo WORKS/パーゴワークス』。その魅力に迫るべく、移転したばかりの新オフィスへお邪魔した。
『RUSH7』は、斎藤徹さんが長年、温め続けてきた“走れるザック”への想いが結実したものだった。
アウトドアの原点は「釣りキチ三平」
1971年生まれの斎藤さんは、自らを “釣りキチ三平世代” と語る。「小学生の頃はみんな釣りをしていましたね。東京出身なので、多摩川や秋川、奥多摩で釣りをしたのがアウトドアの原体験。ママチャリを30kmくらい走らせて、御岳山や青梅まで出かけていました」。
仲良しの友人と次にのめり込んだのは自転車だ。中学から高校にかけては、スポーツ車にオフロードタイヤを履かせ、奥多摩全山の走破にチャレンジした。
高校ではオリエンテーリング部にも所属していたという斎藤さんの人生は、アウトドアスポーツに彩られている。これまでに熱中したのは、スノーボードやリバーカヤック、アドベンチャーレースのチームサポートなどなど。
「とにかくミーハーなのです(笑)。格好いい、面白そうと思ったものは一通りやってきました。その中でマウンテンバイクは継続しています。僕は昔からカテゴライズがあまり好きではないんですよ。トレイルランニングや登山、自転車、スキーなど季節に合わせたアクティビティを楽しみたい。そうすれば、いろいろな人と共感し合えるでしょう。トレイルランナーも歩けばハイカーになるわけですからね」。
そんな斎藤さんは、ひとつの趣味の世界を追求すればするほどコアな雰囲気が生まれ、コミュニティが小さくなっていく様子を数多く見てきた。
一例として、かつて大きなブームが起こったマウンテンバイクの話を聞かせてくれた。「市場にどんどんハイエンドな商品が登場して、次第に遊ぶことにお金も時間もかかるようになってしまった。結果として初心者の人やお金のない若者への扉が狭くなって、ほとんど大人だけの趣味になってしまったのです」。
ひとつのものごとを追求するのは素敵なことだけれど、みんなが同じ方向を向き過ぎるのはどうか、と斎藤さんは疑問を呈する。「僕の理想は、シーズンごとにいろんな遊びを“そこそこ”楽しむライフスタイル。みんながそうなれば、もっとゆるやかで多様なアウトドア文化が育つと思うんです」。
昔もいまも「趣味は野遊び、特技は図工」
小学生の頃から図工が得意で、自転車を改造したり戦車のプラモデルをつくったりしていた。学校でミシンを習うとすぐに、自分のリュックにポケットをつけた。
高校生の時、キャノンのカメラ『T90』などをデザインしたドイツのデザイナー、ルイジ・コラーニの作品集に衝撃を受け、インダストリアルデザイナーを志す。桑沢デザイン研究所で学んだ後、プロダクトデザインの会社に就職。双眼鏡やカメラの三脚、オートキャンプ用のファニチャーやテント、シュラフ、バックパックなどを手がけた。
「構造体のデザインが得意だったので、アウトドア用品をよく任されました。椅子やテーブルといった構造体は、デザインと機能が直結していますよね。そこが好きなのです」。
趣味は野遊び、特技は図工。好きなものは、子どもの頃から今までずっと変わっていない。
パーゴワークスが誕生するまでの道のり
デザイン会社に6年勤めた後、1998年にプロダクトデザイナーとして独立。2003年にはお兄さまでアウトドアライターのホーボージュンさんと『HOBO GREAT WORKS』を発足し、2010年まで続けた。
「HOBOブランドはバックパッキング向けの商品づくりでしたが、一方ではもっとアクティブな製品にチャレンジしたいという気持ちが常にありました」。
実は独立当初の2年間、ウルトラレース用にセミオーダーザックをつくっていたという。
「ロングディスタンスはとてもニッチな世界。この時につくった“JOURNEY JUNKEY(ジャーニージャンキー)”というバッグはランナーの評判もよく、常にオーダーを抱えていましたが、200個ほどつくって僕自身がギブアップしてしまいました。やはり自分は職人ではなくデザイナーなんだと確信しました」。
自分が目指しているものが“アウトドアメーカー”であることは間違いないが、そのためにはもっと勉強すべきことがある。そう考えた斎藤さんは販売を休止し、自らの立ち位置を見直すことにした。
国内外の大手アウトドアメーカーに自らを売り込み、外部デザイナーとしてバックパックを中心とした商品開発に携わる。約10年の間に1000アイテムを超える商品をデザインし、経験を積んだ。
そして震災のあった2011年、パーゴワークスを設立する。
「自粛ムードが高まり、このままではみんながアウトドアで遊ぶことをやめてしまうのではないかと感じました。“PaaGo”には、”Let’s pack and go!”(さあ、荷物を詰め込んで出かけようぜ!)というメッセージを込めています」。
リュックを数多く製作した経験から、パーゴワークスでは自らはデザインに徹して、製造は専門の工場に任せようと決めていた。『RUSH』シリーズも、以前から馴染みのあるベトナムの工場でつくっている。
伸縮性のある生地が快適さを実現した
「なんでパーゴワークスがトレイルランニングのザックをつくったのかと疑問に思う方も多いと思うのですが、実はこれだけ試作品をつくり続けていたのです」。ずらりと並んだザックがそれだ。時代とともに求められるものが変化する中で、素材もデザインも試行錯誤してきたことがわかる。
しかし、なかなか製品化に踏み切れずにいた。その理由は、パーゴワークスがトレイルランザックをつくる意味をきちんと世の中に伝えられるか確信が持てなかったからだ。
そんな中、転機が訪れる。2013年秋の展示会で、斎藤さんのものづくりに共感してくれるショップと巡り会ったのだ。「僕が目指すものを理解してくれて、パートナーシップを結んでもいいよというお店と出会いました。これが、製品化を決める一番の力になりましたね」。
パーゴワークスが手がけるからには日本人の体型や使い方に合った道具にしたい、海外ブランドには負けたくない、そう考えた斎藤さんは、トレイルランニングを愛好する10店舗ほどのショップスタッフにプロトタイプを使ってもらい、使用感をフィードバックして細部の修正を重ねた。さらに、一般のトレイルランナー約20名にもプロトタイプを試してもらったという。
『RUSH』の最大の特徴は、“ライクラ”という伸縮性のある生地を採用した点だ。「トレイルラン向けザックのデザインの要は、いかに身体的、精神的なストレスを減らすかに尽きます。快適さを決める要素のひとつが荷物の揺れ。もうひとつはパッキング時のストレスです。RUSHではザック全体に伸縮性のある生地を採用したことで、これらを一気に解決しています」。
生地が伸縮することで最大7Lまでの容量変化に対応しながらも、荷物の揺れを抑えるために、荷重がかかる方向には生地が伸びないよう工夫が施されている。具体的には、開口部のファスナーをザック中央部に縦方向に長くとり、本体の下から約1/3部分には横にパイピングを施して、生地の伸縮方向をコントロールしている。
同時に縦ファスナーにしたことでアクセス性も高まり、疲労した状態でも、片手でザックを持ちながら楽にものが取り出せる。背中側には同じレイアウトのハイドレーション専用ポケットがあるので、水分の補充も容易だ。
ベストの胸部分にはボトルや携帯、補給食が余裕を持って入れられる深いポケットが2つと、サプリやゴミを入れるのにぴったりの小さめのポケットが2つ。背面下には、シェルやネックウォーマーなどを入れるのにちょうどよい、両サイドからアプローチできるポケットを施した。
いずれも腕に無理のないアプローチしやすい位置に取りつけられていて、生地の伸縮により出し入れにもストレスを感じない。入れたものが落ちる心配もないし、どこに何を入れたか迷うこともない。必要最低限のシンプルな構成なので、初心者でも悩まずに使いこなせる。
2014年秋、満を持して『RUSH7』をリリースする。
すぐにウルトラディスタンスを得意とするトレイルランナーたちの間で評判となり、初回生産分が完売してしまった。「自分でも驚きました。一方で、製品が認められた嬉しさとともに怖さも感じました。僕がイメージしていた売れ方とは違ったので」。
この言葉に、今度はこちらが驚かされた。『RUSH7』は経験値の高いトレイルランナーに向けた製品だと想像していたからだ。斎藤さんがイメージしていた売れ方とは、一体どういうものなのだろうか。
その答えはパーゴワークスの2つのテーマ、「ユニバーサルデザイン」と「ユニーク=唯一無二」に隠されていた。
誰でも容易に使えるデザインであること
ひとつめのユニバーサルデザインとは、「誰がどこで使っても間違いなく使えるデザイン」であるということ。アウトドアのギアは、日常よりも過酷な状況での使用を前提としている。とくにトレイルランニングの長距離レースでは、精神的にも肉体的にも追い詰められた状態になることから、よりユニバーサルな視点が重要だという。
「精神的な負担は、例えば使いにくくてイライラしたり、探し物をしたりすることです。肉体的な負担は、身体にかかる荷重。あとは、汗や熱という不快要素をどう軽減するかといったことも加わります」。
近年の主流となっているベスト型のトレイルラン用ザックの多くは、トップアスリートの意見をもとに開発されている。「経験値の高いランナーはザックの細部のメリットまで理解できますが、初心者には理解しきれないパーツも多い。もっとシンプルで誰でも簡単に使えるものをつくりたい。その想いをかたちにしたのです」。
尖ったデザインよりも、幅広い層の人が使えるものをつくりたいと考える斎藤さん。パーゴワークスの使命は、アウトドアへの入口をどれだけ広げられるかだと思っている。
「だから基本的には初心者の人にも使ってもらいたい。昨年のRUSH7の発売では取扱いショップを限定したこともあり、感度の高いトレイルランナーが集中したのでビックリしましたが、RUSH自体はぜんぜん尖ってないんですよ(笑)」。
日常生活を見回してみると、機能を追求したスポーツテイストのデザインは往々にして街で浮いてしまう。例えば、登山もロードバイクも一般的には独特のジャンルと見なされ、愛好者とそれ以外の人たちの間には目に見えない垣根が存在する。
「それが、アウトドアへの心の壁にもなっていると思います。ハイカットやゴアテックスのシューズでなければ山には行けないとか、たくさん紐のついた特殊なザックでないと縦走してはいけないとか」。
ここで、パーゴワークスの2つめのテーマであるユニークという言葉を思い出す。斎藤さんが考えるユニークとは、唯一無二の存在であること。垣根を越えるギアづくり、それが斎藤さんの信条だ。「特定の人たちに絞り込んだ商品をつくる方が正直いって簡単だし、価格帯も高くできてブランドイメージもよくなる。でもパーゴは違う。ブランドとしては、ちょっと損しているのかもしれませんけどね(笑)」。
20年後も「面白いものをつくっているね」と言われたい
アウトドアのギアに必要とされる要素は、多用途と丈夫さ。使う人の知恵が加わることで、ギアは幾通りにも変化していく。
トレイルランニングの道具たちも、まさにそうだという。「山では荷物を軽くするために頭を使う。二つ持っていくものを一つにするために、自分のスキルを使うわけです」。
これから、どんなものをつくっていきたいか。最後に、未来のパーゴワークスについてうかがった。
「バッグからスタートしましたが、いずれはもっといろいろな製品をつくりたいですね。山に遊びに行くと、どんどんアイデアが浮かんでしまうんですよ(笑)。そんなことないですか? それらをできるだけ具現化していきたいと思っています」。
目標は、一流のアウトドアメーカーになることだ。
「いまはまだまだ、多くの面で三流。ショップやユーザーとのコミュニケーションや商品の品質、安定した供給など課題が山積みです。これらの課題はラインナップの数に比例していくことは明らかなのですが、それをきちんとクリアしながら、面白い商品にチャレンジしていく。それが僕の考える一流です」。
アイデアや経験値など、自分の中にある何かをプラスすることで、みるみる新しいかたちへとうごめき出すパーゴワークスの製品たち。快適な“野遊び“道具との出会いを、これからも私たちは待っている。
パーゴワークス / PaaGo WORKS 公式サイト
http://paagoworks.juno.bindsite.jp/index2.html
デザインの面白さを伝えるために斎藤徹さんが始めたブログ『BACK PACK KOBO』
http://backpacklabo.blogspot.jp/
photo by Takuhiro OGAWA