「たくさんの人の人生観が変わるとき」山屋光司さん(ゴールドウイン)

世界の見え方はどう変わるのか? 僕らのウィズコロナとアフターコロナ

_14O0610

「NEVER」映像制作について取材した際の山屋光司さん(2017年12月)

2012年、IT企業勤務時代に出場した第一回UTMFで総合6位に輝き、翌年も8位に入賞するなど、市民ランナーから一躍トップアスリートとして活躍の場を広げた山屋光司さん。現在はゴールドウインのマーケティング部に所属し、企業ブランディングやブランドマーケティングに従事している。アスリートのサポートも行う立場として、いま山屋さんはどのような想いで過ごしているのか。

危機的状況だからこそ
個々のマインドが見えてくる

———コロナ感染拡大により、現在はリモートワーク中と伺いました。ゴールドウインとしては現在、どのような活動を進めているのでしょうか。

山屋:外出自粛が続く中では、お客様とのコミュニケーションもなかなかとりにくい状態です。そんな状況のなか、マーケティングから開発、生産、販売まで全てを行っているスポーツアパレルメーカー・ゴールドウインならではの社会的な支援策を急ぎ詰めているところです。グローバル企業の中には先んじて支援活動などを行っているところもありますので、うちもできるだけスピード感を持って取り組みたいと考えています。

———渋谷に本社、富山には本店を構えておられます。それぞれどのような状況なのでしょう。

山屋:渋谷の全社員リモートワーク中です。富山も多くの社員が在宅ワークにシフトしています。

———店舗はいかがですか。

山屋:販売店の多くがクローズしていますので、自社ECサイトでの対応にシフトしています。” STAY HOME ” が幅広く認知され、行動が制限される日々のなかで、散歩やジョギング、室内で運動するためのウェアやヨガマットの購入者が増加傾向です。また座りっぱなしの時間が多くなるので、むくみ対策として血行促進効果を持つコンディショニングギアなどへの購入欲求も生まれているのを感じます。

———アスリートをサポートする立場として、現状をどのように捉えておられますか。

山屋:いま、ソーシャルではさまざまな意見が飛び交っていますよね。一人なら山に行ってもいいのだろうかとか、地方の自然豊かな場所に人が集まって地元が困惑しているとか、近所をランニングする際のマナーはこうあるべきだとか。

それらを見ていて感じるのは、危機的な状況になると個々のマインドやスキルが如実に表出してくるのだなということ。考え方の違いが表に出てくるというか、影響力の大きな人であっても発言に差が生じています。

こうしたことは、アスリートをサポートする立場としては悶々とするところでもあるんです。大会が次々と中止になるなかで、葛藤を抱えている選手は多いと思うのですが、ソーシャルで発言する内容としては適切ではないのでは……と思うことを言葉にする選手もいますから。

———たしかに個々の考え方が見えやすい時期ですね。

山屋:自分たちがサポートするアスリートに関しては、こういう時にこそ前向きであって欲しいなと思うんです。
ブランド側からアスリートに何かを提案して発信を促している場合もあるようですが、私たちはアスリート一人ひとりの自主性が大事であると考えています。それに対してブランドがどうサポートできるのか、寄り添えるのか、という視点で私たちがアクションしていくことを心がけています。逆にいえば、こういうときにきちんとした発信アクションを取れるアスリートをサポートしていきたいなとは思います。

自分はアスリートとしてはもう一線を退いていますけれど、この時期の過ごし方がアスリートにとっては非常に重要だと思うんですよ。終息後に大きな差が生まれてくるはずだからです。レースのまったくないこういった苦しい状況下においても普段と変わらず地道に在宅トレーニングを続けて、その様子をSNSでアップしているような選手を見ると、ブレないマインドセットといいますか、良いモチベーションで高めているなと感じます。苦しい状況のなかでも不平不満をあらわにすることなく自分のやるべきことを続けているのを見ると、やはり応援したくなりますね。そういうアスリートは、終息後も影響力を持つのではないでしょうか。

たとえばサッカーなどメジャースポーツの選手の中には、非常事態にも関わらず実にスマートな発信をする選手が見受けられますよね。

———選手目線と社会的な目線の両方を持ちながらスマートな発信を行っているアスリートは、たしかにサッカー選手などに目立つ気がします。

山屋:そうですよね。こういう時だからこそ、アスリートもセルフプロデュース能力が問われると僕は思っています。

20200416-92860702_597797817487325_2319445982388944896_n

鏑木毅選手が50歳で再挑戦した2019年UTMB。ゴールドウインでは2017年冬から「NEVER」プロジェクトを立ち上げ、挑戦を支えてきた

スポーツの有効性と
自然の力の再評価

———今後、社会においてスポーツの見え方は変わってくるでしょうか。

山屋:これは楽観的な見方なのかもしれないのですが、近所をジョギングをしていると、新たに走り始めた人が増えているのを感じます。普段は運動をしない人でも体を動かしたいという欲求が高まっているのかなと思うんです。

そういう意味では、いまのような状況になったことで、自然の中で遊ぶことや体を動かすことは人間にとって好影響だと改めて気がついた人が多いんじゃないでしょうか。それは、人生観が変わるタイミングだとも思います。
 東日本大震災の後も同じようなことが起こりましたよね。たくさんの人の人生観が変わりました。いまがそういうタイミングだとすると、企業としてどのようなコミュニケーションを行うかはものすごく重要です。

———アウトドアの世界についてはどうでしょう。

山屋:トレイルランなど山遊びをしている人たちは、苦しい状況を乗り越えるスキルを持った人たちだと僕は思っています。山に入る時には、不測の事態を想像して準備したり、何か足りないものがあってもあるものでなんとかしたり、心身が辛い状況に追い込まれても諦めずに対策を考えて乗り越えたりしますよね。

だから状況が好転したあかつきには、これまで以上に面白いことをやってやろうという人が出てくるんじゃないか、新しい方向性を示してくれるプレーヤーが出てくるんじゃないかとポジティブに捉えています。もちろん自分たちメーカーも、その役割の一端を担いたいと思っています。

これからはより時間が大切になる
ものを選ぶ目もシビアに

———トレイルランをはじめとする大会も変化していくと思われますか。

山屋:変化はあると思います。新しい価値を創出する大会やイベントが、枝葉として生まれてくるんじゃないですかね。もちろん、これまでの考え方を変えない人たちも一定数はいると思いますけれど。

社会を見回してみると、これまで遅遅として進まなかった国内のリモートワークがここに来て一気に一般化しました。危機的な状況に陥ると人間はインフラ整備も含めて大きく動いていくんだなと。ある意味、危機的な状況が人間を進化させるわけです。そう考えると、いまは大変な時期ですけれど、僕ら人間が成長するタイミングなのかなとも思いますね。

アフターコロナでは、大会をコンセプトで選ぶ人も増えてくるんじゃないでしょうか。私たちもエココンシャスな取り組みを今後、検討・推進していきます。

———ものづくりについてはどうでしょう。

山屋:終息後はおそらく商品の供給バランスも変わってくるのではないかと思っています。いま自分自身も、保持しているトレイルランのウェアやギアで本当に必要なものってなんだろうと考えているところです。時間の使い方やお金の使い方、遊び方に対する思考が日々動いている状態です。今後は世の中全体で、購買行動はもちろん、日々のトレーニングや遊び方、時間の使い方についての考え方がアップデートされていくものと思います。

———具体的にはどのような方向に向かうと思われますか。

山屋:もっと時間を大切に使おうというマインドが高まるんじゃないでしょうか。コロナ感染拡大によって、僕らはいつ何が遮断されるかわからない状態を経験をしたわけですから。トレイルランのギアやウェアを提供しているメーカーも変わっていかなければ淘汰される時代になるのだろうなと思っています。その文脈でいくと、ギアやウェアと同様に、参加者はレースについてももっと吟味する時代になるのかもしれません。

93243187_1141535096178205_216751108050124800_n

2年半に渡る「NEVER」プロジェクトを終えて大切な仲間たちと。右側前から4番目が山屋さん

人生についても、仕事についても
いまは頭の中を整理する時間

山屋:僕自身は自分の人生を考える上でも、これからの仕事を考える上でも、いまの時期こそインプットが大事だと捉えています。頭のなかを整理して、自分がいましなければいけないこと、これからしなければいけないことをあらためて考える時間ですね。

人間は常にインプットとアウトプットを循環していないとダメだと思うんですよ。常にビジョンを持って、社会とどう繋がっていくかを考え続けなければいけない。それができなくなったら、自分は人生を終えるんだろうなとすら思っています。

たとえば仕事の面でいうと、企業として、あるいは個々のブランドとしてのコミュニケーションの方向性を再考する作業もいま行っていることのひとつです。この先、ブランドはファンユーザーとどういった接点をつくっていけばいいのか。コロナが終息した後には、コミュニケーション方法にも変化が必要だと思うからです。そのため、これまで忙殺されてできていなかったインプットを積極的に行っています。

昨年のラグビーワールドカップで、ゴールドウインはカンタベリーブランドとしてオフィシャルのユニフォームサプライヤーを務めました。仕事を通して世界的な祭典に携われたことはとても貴重な経験で、心の底からワクワクしました。この時のように、世界の人と繋がることができる場づくりに、また関われたらなと考えています。

———スポーツやアウトドアの世界も、社会との繋がりがより重要になりそうですね。

山屋:トレイルランについても、いまは自分が選手として競技を突き詰めていた頃とはスタンスが違っていて、一歩引いた目で見ることができるから、そう思うんでしょうね。トレイルランシーンは少し近視眼的だなと感じることがあります。

トレイルランは黎明期から成熟期を経て、いま少し内輪向けの構造になりつつあると思うんです。そういうあり方も悪くはないかもしれないけれど、その世界観だけに偏ってしまうと、新しくトレイルランを始めようと思う人たちが二の足を踏んでしまう。そのあたりをどう変えていくかというフェーズに入っている気がします。

———そういった意味でも、アスリートの役割は大きいのではないでしょうか。

山屋:そうなんですよ。それで結局、最初の話に戻るんですけれど(笑)。目の前の競技結果を出すことだけではなくて、アスリート個人、トレイルラン全体を長い目で見るようなブランディングが、これからは必要なんじゃないかと思います。この業界全体がそういう視点になっていかなければいけないと感じます。

僕自身も実は、トレイルランを通してそういうものの見方を知ったんです。目先の目的を追うのではなく、自分の人生がどうありたいのかを考えて生きるということを。それまでは仕事がつまらないだとか、同世代の活躍に嫉妬したりだとか、この先どんな人生を送るんだろうかとか悶々とする自分がいました。それがトレイルランの世界に足を踏み入れて人生観が変わったんですね。

小さなことに気を取られるくらいなら、自分がどうありたいか、どう楽しく過ごすか、どう生きていきたいかを考えた方がずっと意味があると思うになりました。

———人生のとらえ方が変わったわけですね。

山屋:ええ、本当にそうなんです。トレイルランに出合ってそういう考え方に行き着いたから、いまのような危機的な状況になっても、自分は前向きな気持ちでいられるんだと思うんです。
だからこそ、トレイルランに対して自分ができることは何だろうと常に考えています。それは決して偉そうな意味で言っているのではなくて、一個人として、トレイルランにどんな貢献ができるだろうと。

そういえば、思い出したことがあります。この会社に転職してすぐに上司に願い出たのは「権限をください」ということでした。自分でジャッジできない中でもがくのはすごく無駄な時間だなと思ったので。自主的に行動を起こす際、責任を持って決断して、ダメだったら会社を辞めるくらいの覚悟で仕事をしないと意味がないなと思ったんですね。そういう意識になったのも、トレイルランが自分の価値観を根本的に変えてくれたからだと思っています。

Interview:2020/4/15
Photo:Sho Fujimaki, Takuhiro Ogawa
Text:Yumiko Chiba