4月に開催されたMt.FUJI100(以下:マウントフジ100)で熾烈な戦いを繰り広げ、3位の成績を残した川崎雄哉(陸上自衛隊滝ヶ原駐屯地)。表彰式でのコメントでは「世界的に大きな大会にもチャレンジしたいという気持ちが出てきた」と語った。明言は避けたが、これはUTMBを意味している。川崎が公の場でこうした発言をするのは、おそらく初めてのことだろう。2017年からはトレイルランニング世界選手権に6回連続出場し、日本代表としても戦ってきた。これからどこへ向かっていくのか。

世界と戦える手応えを感じたマウントフジ100
ーーあらためて、今年のマウントフジ100はどのようなレースでしたか。
川崎:結果は3位でしたが、昨年の自分のタイムを超えられましたし、満足のいく走りができたと感じています。ただ、優勝を目指していたので悔しさもあり、世界トップレベルの選手たちに勝つにはどうしたらいいのか模索しているところです。
ーー納得できる走りだった理由は?
川崎:この一年間、マウントフジ100を第一目標にトレーニングを積んできたので、きちんと照準を合わられたことが大きいですね。3月は過去最高のボリュームで練習が積めていました。今年41歳なので、年齢を重ねてどこまでいけるのかという挑戦でもありました。体調は100パーセント万全とはいえなかったのですが、それでもかなりいい状態でスタートラインに立てたことが、結果に繫がったのだと思います。
100マイルは何が起こるかわからない世界で、自分もマウントフジは4回出走して2回リタイアしています。どちらも途中で足を痛めてやめました。そうした過去の経験も活かしながら、状況にうまく対応し、最後までベストを尽くせたと感じています。

ーー所属されている陸上自衛隊滝ヶ原駐屯地では、8月に開催される富士登山駅伝競走大会を重要なレースと位置づけておられます(9連覇/通算30回優勝)。そんななか、ご自身のレースに向けたトレーニングはどのように組んでいらっしゃるのでしょうか
川崎:自分は年間を通して結構な数のレースに出場していて、その都度、対象レースに合わせて練習しているのですが、マウントフジ100で勝ちたいという思いは常に持ち続けています。夏は富士登山駅伝に特化した練習を行い、冬のマラソンシーズンは山に入らずにマラソン練習を行っていますが、最終的にはマウントフジ100で勝つことに繋げたいという気持ちがあります。
低強度トレでボリュームを維持しつつ、中高強度を混ぜる
ーー今年のマウントフジでは、滝ヶ原陸上部の先輩である宮原徹さん(富士登山競走コースレコードなど数々の偉業を成し遂げてきたレジェンド)も、ASUMI40Kを走られました。川崎さんは宮原さんに憧れて、滝ヶ原を志望したと伺っています。
川崎:そうです。2018年に長崎県・対馬駐屯地から静岡県・滝ヶ原駐屯地に転属して、2019年から陸上部に所属しました。
ーー陸上部に所属して7年が経ち、競技者としてどんな変化がありましたか。
川崎:当初は部のなかに先輩方がたくさんいて、自分は新人という扱いでしたけれど、7年経ってチーム内では宮原さんに次ぐ年長者となりました。ハセツネでの2回優勝やトレイルランニング世界選手権への連続出場など、それなりに結果も残してきたので、滝ヶ原のなかでも認知されてきたという実感はあります。階級も曹長に昇進し、立場も変わりました。
40歳を超えましたが、選手として、まだ世界選手権に出場できる位置にいると思っていますので、可能な限りは現役選手を続けたいと考えています。一方で、自分は長崎県五島列島出身で妻も対馬出身なので、いつかは家族で九州に戻りたい気持ちもあります。
ーー年齢のお話が出ましたが、いまご自身のパフォーマンスについてはどのように感じておられますか?
川崎:キープできているな、落ちてはいないなという感覚です。マラソンでももう少しタイムを縮められる感触があるので、このままパフォーマンスを維持したいと思っています。
ーー同世代の選手として仲の良い西村広和さんが以前、川崎さんから「ジョグをしたほうがいいよ、ジョグをしないからケガをするんだよ」とアドバイスをもらったと話していました。パフォーマンスを維持するため、普段どんなことに注力しておられるのでしょうか。
川崎:基本的には長年変わっていなくて、自分はジョグのような低強度の練習が多いんです。滝ヶ原に来て、ジョグの時間が増えたのが一番の変化といえます。それがケガしにくい身体づくりやリカバリーの早さ、ロングレースに対する耐性に繫がっていると思っています。低強度だけでは強くなりませんが、低強度でトレーニングのボリュームを常にキープしつつ、その中に高強度や中強度を盛り込むのが大事だと思っています。
年齢を重ねると自分の身体のこともわかってくるので、このくらいの練習だったらこれくらい疲れるなとか、このくらいの記録が出るなというのが掴めてきます。そこは経験値ですね。西村さんは「低強度のトレーニングは時間がかかるし、足が遅くなるから」といってあまりやらないんだけれど、足は遅くならないですよ、絶対(笑)。
ーーたとえばマウントフジに向けてはどのような練習を組み立てていたのでしょうか。
川崎:2月のマラソンシーズンが終わってから、一度リカバリー期間を設け、3月はボリュームを持たせて920km走りました。1週間で200km以上、累積標高5000m以上を目標にしていました。マウントフジ100の前は、それを5週間くらい続けて、テーパリングしました。
内容としてはほとんどがジョグで、1日30km以上が目安です。そのなかで、週に2回程度、高強度か中強度のトレーニングを入れていきます。峠走、アップダウンのあるロードでのペース走、あとは山に入って20〜30km走るなどです。そうしたメニューを組み合わせながら、1週間で200km以上を目安に走っていました。

KAGA SPAをステップにUTMBを目指したい
ーー次に予定しているレースは?
川崎: KAGA SPA ENDURANCE100 by UTMF(以下:KAGA SPA 100)に出場予定です。来年のUTMB出場を目標にしているので、ここで優先エントリーを手に入れることができればと考えています。20kmの部には宮原さんも出場する予定です。
ーーUTMBへの挑戦はいつ頃から思い描いていたのでしょうか。
川崎:昔から出場したいという気持ちはありました。ただこれまでは、トレイルランニング世界選手権など他の大会の方が自分のなかでは大きなウエイトを占めていたんです。
マウントフジ100で世界トップレベルの選手たちと闘い、3回入賞したことで手応えを感じたことが大きかったですね。UTMBに出場するからにはトップ10を目指したい、目指せるんじゃないかと思えるようになったというか。100マイルレースはそれほど本数は走っていませんが、今年のマウントフジの経験で少し希望が見えたように感じました。いまの年齢のうちに経験しておきたいという気持ちがあります。
もう一つの理由として、昨年からGOLDWINさんがUTMBにブース出店していることも後押しになりました。GOLDWINチームで一緒にUTMBに行けるのなら、出場してもいいなという気持ちが大きくなっていきました。やはり単独で出場するのは難しいですから。
ーー川崎さんは現在、GOLDWINのグローバルアスリートという認識でよろしいのでしょうか。
川崎:そうですね。ただ自衛官なので厳密な規定があり、正式には契約していません。スポンサー費も発生していません。
ーーマウントフジ100でもTEAM GOLDWINがエイドサポートをされていましたね。
川崎:TEAM GOLDWINにサポートをお願いするのは今年で3回目なので、コミュニケーションもスムーズです。オンラインで何回かミーティングをし、事前にやることリストやタイムテーブルを渡しておきます。去年も今回もほぼ設定タイムどおりに進みました。サポートチームのなかでも、昨年の課題箇所などをアップデートして臨んでくれています。100マイルは、サポートがあるからこそ頑張れるところもありますね。

レースは自分自身と対話する時間
ーーご自身のなかではいま、どんなところに伸び代を感じておられますか?ここを磨けばもっと上に行けるのではないかといったイメージがあれば教えてください。
川崎:どうだろうな。いまのスタイルからすると練習量が武器だと思うので、100マイルなら可能性があるのではと思っています。そういう意味では、世界選手権の80kmは厳しいかなとも感じているんです。100マイルの世界は何が起こるかわからない分、可能性があると思っています。
ーー100マイルのどんな点に面白さを感じていますか?
川崎:自分自身をマネージメントするところですね。自分と向き合う時間が長いので、いろんなことを考えるんです。この状況でどうやったら力を発揮できるかと。
ーートップ選手と接戦を繰り広げているとき、メンタルをどのようにコントロールしているのでしょうか。
川崎:常に自分と対話しています。ここでペースを上げるのか、抑えた方がいいのか。ここはきついところだから、頑張ればもっと前に行けるんじゃないか、とか。常に自分自身と向き合って、頑張っているのは確かですね。終始、手を抜かないというか。
もちろん前後の選手との差も気になりますが、このレースのなかで、どこまで自分のベストを尽くせるかということに集中しています。最後まで集中力を切らさないこと、メンタルを制御することに力を尽くしているんです。100マイルは本当にメンタルスポーツだなと思うんですよ。

世界選手権に出場するなら、若手のサポートも
ーー2017年からトレイルランニング世界選手権に連続出場されていて、昨年のスペイン大会では6回目の出場を果たしました。(2017年30位、2018年27位、2019年23位、2021年16位/2022年に代替開催、2023年31位、2025年67位)この9年間を振り返ってみていかがですか?
川崎:毎回、世界のレベルが上がっているのを痛感しています。昨年のスペイン大会もかなりレベルが高く、UTMBに並ぶほどでした。ご存知のように、そのなかで日本チームは結果が出せていません。
やはり他国の選手との環境の差は大きいと思います。近江竜之介選手みたいに思い切って欧州に住むような選手が増えないと、なかなか日本チームは結果を出せないのではないかと思います。ただ、日本を拠点に活動する上田瑠偉選手や小笠原光研選手など力を伸ばしている選手もいるので、日本にもチャンスはあると思っているんです。2027年の世界選手権は南アフリカでの開催なので、若い選手たちの飛躍に期待したいですね。
一方で、自分も出場したい気持ちはもちろんあって、連続出場記録を伸ばせればと思っています。もし出場するなら、上位を目指せる可能性を持つ若手をサポートするつもりです。
ーーチームジャパンのなかでは、すでに兄貴的な存在ですね。
川崎:そうですね、それなりに経験は重ねてきているので。ほかにも、選手たちの声を吸い上げて、日本代表選手を派遣しているトレイルランニング協会に意見をあげたりといった役割も担うべきなのかなと考えています。資金不足のなか日本チームのサポートを行っている協会のご苦労も重々わかっているつもりですが、できることを進めて、少しでも選手にとってよい環境がつくれればと思います。
ーー最後に今年の主な出場レースを教えてください。
川崎:KAGA SPA100のあとは、日本トレイルランニンググランプリシリーズに招待されているの、出場したいと考えています。3レースあるのですが、富士登山駅伝もあるので、状況を見ながら判断していきます。普段あまり出場しない30〜40kmのショートカテゴリーではありますが、日本のトレイルランシーンを盛り上げたい気持ちもあって出場しようかと考えました。あとはアジア選手権の代表選考がどうなるかです。
ーーUTMBへの挑戦は川崎さんにとってひとつの分岐点になるかもしれませんね。
川崎:そうですね。自分にとっては、毎年が分岐点のような気もしています。

文=千葉弓子
写真:グランノート
写真提供:一般社団法人富士箱根伊豆トレイルサポート


