大きな可能性を秘めた『第1回 上田バーティカルレース』

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『第1回 上田バーティカルレース』を制した宮原徹選手。
photo by Sho FUJIMAKI

ひとつのゴールを目指す、2つのコース

5月3日(日)、初夏を思わせる爽やかな青空のもと、『第1回 上田バーティカルレース』が開催された。大会プロデューサーは、上田市を拠点にスカイランニングの普及に取り組むプロスカイランナーの松本大さん。上田市民に親しまれている太郎山(1164m)を舞台に、約380名の選手たちが麓から山頂までを一気に駆け登った。

コースは「真田幸村コース」と「猿飛佐助コース」の2種類を設定している。歩いても完走できる「真田幸村コース」は距離3.3km、垂直700m。ジュニア(小学生)、ユース(中高生)、一般、シニアの部に分けられ、出走者の年齢層は6歳から79歳までと幅広い。約180名が新緑の香りを存分に吸い込みながら、思い思いのペースでゴールを目指した。

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photo by Sho FUJIMAKI

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真田陣太鼓に見送られて、選手たちはスタートを切る。
photo by Sho FUJIMAKI

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photo by Sho FUJIMAKI

一方、スカイランニング日本選手権(VERTICAL)を兼ねたエリートコース「猿飛佐助コース」は距離5.0km、垂直1000mのテクニカルな下りを含む難コース。スカイランニングチームの先鋭選手やクロスカントリースキーの選抜選手、自衛隊選抜選手など約200名が出場し、熱い闘いを繰り広げた。

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photo by Sho FUJIMAKI

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photo by Sho FUJIMAKI

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photo by Sho FUJIMAKI

強豪を抑えて第1回大会の王者となったのは、宮原徹選手(滝ヶ原自衛隊)と小林由貴選手(岐阜日野自動車スキークラブ)。

宮原選手は国内外のトレイルランニングレース、スカイレースで数々の輝かしい成績を収めており、2014年のスカイランニング世界選手権バーティカルでは5位を記録している。小林由貴選手は2008年より日本代表として世界選手権に出場している新潟県出身のクロスカントリースキー選手だ。両名は『2016年 スカイランニング世界選手権』の日本代表としての資格を獲得した。

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宮原徹選手と伊藤由貴選手。
photo by Sho FUJIMAKI

長野県周辺は、クロスカントリースキーが盛んな場所。短い距離で一気に標高を稼ぐバーティカルレースは高い心肺機能と運動能力が必要であり、クロスカントリースキーと共通する点も多い。今後、この地でスカイランニングが根づいていけば、スカイランニングとクロスカントリースキー双方の若手育成に繋がることだろう。

 

町の鳥居をくぐり、山の鳥居まで

この日、受付と開会式の会場となったのは上田駅前広場だ。開会式の後、ここから皆で商店の建ち並ぶ大通りを1.7キロほど歩き、スタート地点の大星神社まで移動する。

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受付と開会式、表彰式会場となった駅前広場。

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スタート地点の大星神社まで歩いていく。

スタートは15秒ごとに1人ずつスタートする時間差スタート。まず「真田幸村コース」シニアの部の年齢の高い選手からスタートし、次にジュニアは低学年から学年順、ユースも同じく学年順、一般の部へと続く。「猿飛佐助コース」は、女子、エリート女子、男子、エリート男子の順番でスタートしていく。

大星神社の協力により、スタートゲートが鳥居というのもこの大会の大きな特徴だ。威勢のいい真田陣太鼓に励まされながら、参加者たちはトレイルへと向かっていく。

トップアスリートが「猿飛佐助コース」で競い合う同じ時間、「真田幸村コース」ではジュニアやユース、一般の選手たちが、自らの力を振り絞って山頂を目指す。日頃から太郎山に親しんでいる活発な子どももいれば、力の出し加減がわからずに数メートルごとに一息入れながらじっくり登る子どももいる。その懸命な姿に、大人たちも勇気づけられる。

時間差スタートであるため、順位を競っていたとしても、単純に目の前を登る選手が自分よりひとつ上の順位であるわけではない。あくまで自分のペースを保ち、自分自身に打ち勝てるかどうかが勝負だ。

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最高齢、79歳の参加者がゴール。

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登り終えた選手やハイカーたちが、ゴールを目指す選手を応援する。

2つのコースは太郎山神社の鳥居近くで合流し、上田市を一望する山頂へと続いていく。

ゴール後、選手たちは歩いて山を下りる。これから登ってくる選手たちを、みなで応援する雰囲気がなんともいい。声を掛け、励ましながら、同じ時間を共有する喜びを味わう。

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太郎山から見た上田市街。

スカイランニングで膨らむ夢

「今回、上田市にもご支援いただき、160名のボランティアスタッフの皆さんにご協力いただきました」と語るのは、JSAスタッフの田中崇さん。田中さんは上田市をアウトドアタウンにしようと、さまざまな事業を行っている。

2014年に『信州上田アウトドアビジターセンター』を開設し、JSAの事務局スタッフに。松本さんにとって 「頼りがいのあるワイルド親父」 といった存在だ。

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JSA事務局スタッフの田中崇さん。

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太郎山神社では水やバナナを用意し、スタッフがランナーに熱い声援を送る。

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エイドの食料を補充するスタッフ。ゴールの山頂まで担ぎ上げる。

当初、受付やスタート会場は別の場所を予定していたが、最終的に駅前に決定した。その結果、太郎山だけでなく町を観光してもらうための導線づくりも成功したという。

「すでに将来の構想も、皆でいろいろと練っています。キッズやファミリーがチャレンジできるイベントを併設したり、違う距離のコースを設定したり。夢が膨らんでいます」。

地元活性化のため、独自でボランティアチームを結成

大会をサポートする地元の方にもお話をうかがった。

Japan Skyrunning Team(ジャパンスカイランニングチーム、以下JST)のサポート会員として本大会のボランティアに参加した伊藤和雄さんは、地域に密着した常設ボランティアチームの結成を考案した人物だ。

「妻が上田出身だったこともあり、47歳の時に東京から越してきました。12年ほど前からランニングを楽しんでいます。松本さんの活動をWebサイトで知り、地域の活性化に繋がると思ったので、何かお手伝いできることはないかとご連絡したのです。すぐに松本さんと長谷川香奈子さん(トップスカイランナーであり、JSA事務局も担当)にお会いすることになって、話が進みました」。

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上田に住むJSTサポート会員の伊藤和雄さん。

継続的に支援できる地元ボランティアチームをつくろうと、伊藤さんはマラソン仲間に声をかける。ほどなくしてその輪は山岳会へと広がり、ランニング仲間14名、上田山岳会8名、計22名からなるボランティアチームが結成された。平均年齢は62歳だ。

「ボランティアは強制ではなく、その日に都合のつく人だけお手伝いしようというスタンスにしています。もちろん自分自身がレースに出たい場合は、そちらを優先してもらいます。定年を終えてリタイアした仲間が多いので、社会貢献活動として、自分たちの喜びにも繋がっています」。

伊藤さんが名づけたボランティアチームの名称は『Skyrunning Staff Network(スカイランニングネットワーク)、通称SSN』。JSAが主催する大会だけでなく、練習会やイベントでもエイドサポートなどを行う心強い存在。「SSN in 上田と呼んでいるんです。他の地域でも同じような活動が広がっていけばいいなという想いを込めています」。

本大会ではマニュアルづくりや資料の封入、郵送作業をサポートした。伊藤さんは大会当日、重要なポイントのひとつであるスタート地点に詰めた。「とにかく初めての大会なので、至らない点はたくさんあったと思います。皆で反省会を開いて、次の開催に活かしたいと思っています」。今後、沿道や山の中でも多くの人に応援してもらえるようになれば、と期待を込める。

「馴染み深い地元の山に世界を目指すトップアスリートが集まるということは、子どもたちにとって大きな刺激になるでしょう。将来の目標になるのではと思っています」。

地元の山を、スカイランニングの聖地に

太郎山は上田市民にとって特別な山だという。日課のように登るベテラン登山者がいたり、休みの日に家族連れがお弁当を持って山頂を目指したり。多くの人々が小さな頃から慣れ親しんできた愛すべき山。

それゆえ、GW中の大会開催については心配する声もあったことだろう。第一回目の開催によって、浮き彫りになる課題点は、上田を愛するスタッフたちの手で、きっと来年、再来年、昇華されるに違いない。

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表彰式の後、優勝した宮原選手とジャンケン大会。
勝ち抜いた参加者にはスポンサーからプレゼントが贈られた。

ひとつのトレイルではトップアスリートたちが世界を目指してしのぎを削り、もうひとつのトレイルでは子どもからご高齢のランナーまでが自らの力を試す。そして最後は、上田市を一望する同じ山頂に立ち、同じ景色を見る。

レース終了後、多くの選手たちが、地元商店で使える参加賞のスイーツクーポンを活用して、ソフトクリームやお菓子を味わっていた。こうした小さなアイデアを重ねていくことで、さらに『上田バーティカルレース』らしさが形づくられていくことだろう。

距離が短いために開催時間も6時間ほどと短く、幅広い世代が楽しめる “市民健康山岳マラソン” と呼んでよいようなミニマルな大会。それでありながら、人の流れは町から山へと向かい、再び町へと戻っていく。いつの日か、スカイランニングの本場ヨーロッパの大会のように、上田を象徴する山の文化として花開くかもしれない。

ここに、スカイランニングのひとつの可能性を見た気がした。

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松本大さんのインタビューはこちらから。

special thanks to Sho FUJIMAKI