「すべての根源は好奇心」。11年目を迎えたMMA(MOUNTAIN MARSHAL ARTS)ディレクター・渋井勇一さんを訪ねて



今年でブランド創設11年目を迎えた「MOUNTAIN MARSHAL ARTS(MMA)」。ディレクターの渋井勇一さんに初めて取材したのは設立2年目の2014年だった。その頃とはまた違ったうねりを見せながら、MMAはファッション性とアクティビティを融合したウェアブランドとして走り続けている。

トレイルランナーである渋井さんは仕事の合間に、オーストラリアや香港などの海外レースに出場したり、北アルプスで登山を楽しんだりしてきた。また、日本最大規模の100マイルレース「ULTRA TRAIL Mt. FUJI」で二十曲峠エイドの運営を長年担ったり、今年6月にオーストリアで開催された「トレイルランニング&マウンテンランニング世界選手権」では、選手派遣費用を支援するTシャツのデザインを手がけたりと、トレイルランにまつわるさまざまな活動にも携わっている。

久しぶりに、MMAが生み出される中目黒のオフィスへお邪魔した。すべてを一人でディレクションする渋井さんに、MMAのブランド哲学や現在進行中の「MMA 100MPJ」について聞いた。


ブランド創設当初から
ユーザーの広がりは想定以上だった

ーー昨年MMAは創設10周年を迎えられました。シーズンごとに異なるテーマで展開されるアイテムはもちろんのこと、ブランドの世界観を表現する定期カタログ「MMAZINE」の発行やULTRA TRAIL Mt. FUJIのエイドリーダーなど、渋井さんからはいつも「継続力」のようなものを感じています。その源はどんなところにあるのでしょうか。

渋井:トレイルランニングには本来いろいろな魅力がありますよね。いまは競技的な魅力が人気を支えている印象ですが、ぼくが感じた魅力は「旅」でした。ぼくがトレイルランニングを始めたきっかけは2010年に放送されたUltra Trail du Mont Blanc(UTMB)のドキュメンタリー番組だったのですが、そこでは「トレイルランニング=旅」という表現がされていました。それ以来、旅という魅力に惹かれて、トレイルランニングを続けています。

ーーいまも「旅」という要素はトレイルランの大きな魅力のひとつです。

ULTRA TRAIL Mt. FUJI 2023  (写真提供:NPO法人富士トレイルランナーズ倶楽部)


渋井:ぼくにとっての旅の魅力は何かと考えると、「見たことがない景色に出合える」ことです。トレイルランニングは同じ距離のレースでも山や国が違えば山容も違うし、新しい景色を見ることができます。

あらためて考えてみると、MMAを続けている理由も同じで、新しい景色に出合えることですね。ぼくはトレイルレースではタイムにはこだわらないし、試走もしません。MMAも売上目標を決めてやっているわけではなく、前に進み続けることで新しい景色になっていくのが楽しい。小さく始めたブランドでしたが、みなさんに認知していただくようになり、少しずつ成長してきました。それに伴い、ぼくが想定してなかったユーザーも生まれてきましたが、それも新しい景色です。

ーー基本コンセプトは当初から変わっていないのでしょうか。

渋井:もともと「デザインにこだわったウエアを着てランを楽しみたい」と思ったのが、ブランドを始めた理由のひとつでした。ぼく自身は鈍足なので、遅いなりにトレイルランを楽しもうと思って「着て楽しいアクティビティウェア」をつくり始めたのですが、初期の頃からぼくが想定していなかった速いランナーも購入してくれました。これは着る喜びに走る速さは関係なかったという気づきであり、ブランドのコンセプトがより幅広く受け入れられると考えるきっかけになりました。

 
ここ数年はロードランナーのユーザーが増えてきました。人気のラン系インフルエンサーの三津家貴也くんが2020年からモデルになってくれているのも影響していると思います。知り合った頃の三津家君は髪も黒くて、真面目なランナーという印象でしたが、本人の努力もあって見る見るうちに人気のインフルエンサーになりました。最近は三津家君を通じてMMAを知ってくださるユーザーも多いです。ブランドを始めた頃はロードランナーも想定していませんでした。でも、それはぼくが頭の中で決めたことに過ぎなかった。着る喜びはトレイルもロードも同じということを、ユーザーから教えてもらった気がします。

ーー想像以上に面白い方向に進んでいったと。

渋井:海外での広がりもそうですね。いま香港のTrail Sportという専門店が取り扱ってくれています。香港は山と街が近く好きな場所なのですが、香港のユーザーがMMAを着て走る姿をSNSにアップしてくれています。このようにMMAを通じて新しい仕事が始まったり、いろいろな出会いが生まれたりすることにワクワクします。その原動力は、見たことのない景色を見たいという「好奇心」なのだと思います。


MMAは「波」のきっかけをつくるだけ 
共感がブランドを支えてきた

渋井:千葉さんが来てくださるというので、あらためてMMAってなんだろうと考えてみました。 多くの人はMMAを「ファッション性のあるスポーツウェアをつくるブランド」と捉えていると思います。もちろんそれも正解なのですが、つくり手としてはそれはMMAの一部です。

 ぼくが考えるMMAは「アクティビティを楽しむムーブメント」です。MMAを着て走ることは楽しむ要素のひとつであって、大会でエイド運営を担うことも楽しむ要素です。MMAというブランドはぼくが運営しているけれど、MMAをきっかけにいろんな方たちにアクティビティをより楽しんで欲もらいたい。主人公はぼくではなく、着てくれるユーザー全員であり、MMAはみんなのものです。10年続けられたのも、そうした「共感」が支えてくれたからだと思っています。

ーーあらかじめ地図に書かれている道を辿って進んできたわけではないということですね。好奇心からアイデアが生まれて、そこにいろいろな方たちが巻き込まれてムーブメントになっていく。それがまた次の新しいアクションに繋がって、振り返ったら道ができていた、という感じでしょうか。

渋井:そうですね。たとえて言うなら「波」ですかね。MMAは「波」のきっかけをつくるだけで、「波」自体は自然にじわじわと広がっていく。ぼくだけではなく、みんなで道をつくっていくような。


歴史あるブランドは
常に若いユーザーの心を掴んでいる

ーー11年の間に共感するユーザーの顔ぶれも変わってきましたか?

渋井:変わりましたね。2017年頃までは、ぼくのことを知ってくれていて「渋井さんのブランド」と認知してくれる方が多かったと思いますが、いまは「MMAは知っているけど渋井は知らない」ユーザーが圧倒的に多いです。三津家くんをはじめ、ブランドを知る間口が広がっているのだと思います。


ーー三津家さんがモデルとして登場した頃から、MMAのイメージが大きく変わった印象があります。ユーザー層が若くなったように感じるのですが、それは意識されてのことでしょうか。

渋井:ぼくは以前ファッションブランドを取り扱うセレクトショップに在籍していました。 自分自身も好きなブランドがたくさんあり、ブランド自体に興味があります。世の中にブランドは無限にありますが、長く続いているブランドもあれば、すぐに終わってしまうブランドもある。ただ、歴史あるブランドはユーザーがきちんと新陳代謝して、若い層の人気も得ています。

MMAは自分のブランド論を実践する「ブランド実験場」でもあり、若いモデルのビジュアルも意図的です。それによって、ユーザー層に変化が生まれています。一方で、ブランドがコントロールできる部分はぼくが決めますが、ぼく自身がマーケットを定義する必要はないと考えています。誰が、どこで、どう着るのかはユーザーに自由に楽しんでもらえればいいと思っています。

ーーなるほど。

渋井:古い話になりますが、ぼくがトレイルランニングを始めたとき、最初は大手ブランドのスポーツウェアを着ていました。でも次第に「走る機能があれば何でもいいのでは?」と思うようになり、もともと格闘技好きなので格闘技ブランドのウェアを着始めました。「遊びなのだから、より楽しみたい」という発想です。

ぼく自身がそういう考え方なので、ユーザーのみなさんにも同じように楽しんでいただけたら嬉しいですね。逆に格闘技でMMAを着てくれても面白いと思います。 


セカンドユースによって
製品の命が長くなる

ーーコロナ禍以降、ファッションやものづくりの世界で顕著になってきたのが「地球に負荷をかけない、自然環境に配慮したものづくり」という考え方だと思います。それは世界全体で真剣に考えなければいけない課題で、その解決策には素材や製造方法を見直すなど、いろいろなアプローチがあるわけですが、MMAは創設当初からロスのないものづくりを志しておられました。それはある意味、いまの時代にあったものづくりを10年前から先取りしていたのではないかと感じています。

渋井:そう言っていただくのは嬉しいです。そもそもアパレル企業の多くが、 原価率を決めて、その数字に合わせて商品をつくっています。例えば「販売価格1万円に対して、原価率◯%」のように。ただ、数をたくさんつくらなければ目標の数字に合わないと、結果的に数量を余らせてセールになってしまう。 

こうしたやり方はもう時代に沿わなくなってきていると思っています。ぼくは自分が欲しい物、ユーザーが喜んでくれると思う物だけをつくっています。ただ、凝った仕様のうえに国内生産なので価格も高くなってしまうのですが……。

ーーすべて国内生産ですか?

渋井:はい、すべて国内生産です。プリントにこだわったり機能素材を使ったりしているので、海外で大量生産しているグローバルブランドに比べればどうしても高くなってしまいます。ではどうしたらよいのかといえば、高くても納得してご購入いただけるブランドに育てることです。

MMAも可能な範囲で環境に配慮した素材を使っていますが、限界もあります。別のアプローチとして、付加価値のあるブランドにすることで製品を長く大切に使っていただくことも、環境対策のひとつの答えだと思っています。そのためには品質を高めることや、オリジナリティのあるクリエイションが重要です。そして「必要としてくれる方に届く分だけつくる」が理想です。

ブランド価値が高くなれば、二次流通でも製品は生かされます。「まだ履けるけれど、新作を買いたいからフリーマーケットに出そう」という気持ちが生まれれば、定価で買わないユーザー、例えば中高生が買ってくれるかもしれない。製品は無駄にならないわけです。

 他のブランドにはないデザインや仕様は付加価値になり得ます。高品質であることもそう。また、三津家君が着ているブランドということもファンにしてみれば付加価値かもしれない。MMAを着てレースに出ることで知り合ったランナー同士にコミュニケーションが生まれたら、それもひとつの付加価値です。そうした細かな積み重ねが、ブランド価値を高めてくれると思っています。

シーズンごとに発行しているカタログ「MMAZINE」。写真のディレクションからレイアウトまで、すべて渋井さんが手がけている


「ULTRA TRAIL Mt.FUJI」はお祭り
エイドを通してお祭りを楽しむ

ーーULTRA TRAIL Mt. FUJIの二十曲峠エイドは現在、東京・立川のトレイルランショップTrippersと合同運営をされています。大会のなかでいちばん標高が高いエイドであり、雨を凌げる建造物もないので条件も厳しいと思うのですが、毎回楽しそうに運営しておられますね。

渋井:これはぼくのUTMFとの関わりから今に繋がっているのですが、2012年の第一回大会は初のロングトレイルレースとしてSTY(かつて実施されていた約80kmのカテゴリー)に出場して完走しました。2013年はUTMFに挑戦してDNF。実力不足を痛感して2014年はまたSTYを走ったのですが、またまたDNF。 それがすごく悔しくて、翌2015年も STY にエントリーしたのですが、なんと落選してしまいました。

UTMFは日本最大規模のトレイルランニングの大会で、言わばトレイルランナーのお祭りじゃないですか。そのお祭りに参加できないと思うと残念で、その頃、アールビーズさん(UTMF の運営企業のひとつ)とお仕事の付き合いがあったので、「何でもやりますので手伝わせてください」とお願いしたのです。それで2015年はアールビーズさんの部隊のスタッフとして参加させていただきました。 

精進湖エイド、二十曲峠エイド、富士吉田エイドでの駐車場誘導と、とにかく人手が足りないところを回りました。初めての大会スタッフ参加として一生懸命に取り組んでいたところ、その働きぶりが認められたのか、翌年に二十曲峠エイド運営にお声がけいただき、いまに至ります。

つまり、エイド運営を続けている最大の理由は、お祭りを楽しみたいからなのです。せっかくのお祭りなのに、家でSNSを見ているだけでは寂しいですよね。



ーーご苦労も多いのではないですか。

渋井:もちろん、苦労はあります。通常、大会エイドはトレイルランニングのショップやランニングチームが任されることが多いのですが、MMAはぼくひとりなので、まずはラン友に声をかけてスタッフを集めるところから始まります。 今はTrippersさんと合同運営なので、多くのスタッフが参加してくれています。

UTMFは知名度も高いし、参加するランナー数も多い。SNSでいろいろな不満を見かけることもありますが、運営側がよりよい大会にしていこうと努力しているのは間違いありません。その一方で、大会そのものは変わってきています。当初は富士山を一周するコースでしたが、2018年からは周回しなくなりました。周回へのこだわりを持つランナーも少なからずいると思いますが、この年は晴天で正規コースの開催だったこともあり、参加されたみなさんがとにかく幸せそうで、多幸感に溢れていたのが印象的でした。周回へのこだわりよりも、 UTMFという100マイルレースに出場できることに喜びを感じるトレイルランナーがたくさんいる。

話は逸れますが、ぼくの好きなプロレスの世界では、大手新日本プロレスの親会社のブシロード会長の言葉で「マニアがジャンルをつぶす」という名言があります。昔のプロレスに固執する古いファンが、新しいファンや価値観を拒絶することに対して発せられた言葉です。

どのジャンルでも同じだと思います。古い、新しいに関わらず、よい流れを生み出すのは熱量のある人たち。そうした熱量が活かされ、大会がよりよい方向に改善していくことでみんなの満足度が上がるといいですね。

ULTRA TRAIL Mt. FUJI 2023 スタートシーン (写真提供:NPO法人富士トレイルランナーズ倶楽部)


すべてのランナーが主人公
MMA 100MILE PROJECT(MMA 100MPJ)

ーー進行中の「MMA 100MILE PROJECT(MMA 100MPJ)」について教えてください。

渋井:きっかけは3 年ぶりに開催された2022年の UTMFでした。多くの方が観るドキュメンタリー番組で描かれるUTMFは、最近はトップランナー中心の構成ですよね。でも、エイド運営をしていると、朝6時にトップランナーが通過してから翌日の未明3時半まで、ランナーを迎え続けます。鍛え上げられたトップアスリートはもちろん魅力的ですが、どの時間帯のランナーもみんな魅力があります。


ぼくの持論なのですが、極端に言えば100マイルを完走するランナーは何を着ても、何を履いても、自分の強さを発揮できる。つまりウェアに左右されることが少ないと思うのですが、それでも100マイルに挑戦するランナーたちのモチベーションのプラスになったり、肉体的な負担を少しでも軽減できたりする物がつくりたいと思いました。 

UTMFが始まった2012年にMMAは生まれ、トレイルランニング認知拡大と共に、ぼくらは同じ時代を成長してきました。

ブランドが10年目を迎えて、UTMFもコロナの影響による2年の中止を経て再開した。そこで感じた閃きをきっかけに、あえて原点に立ち返ろうと思いました。トレイルランニングは100人のランナーがいれば 100種類のドラマがある。そのみんなのドラマのなかにMMAが関わりたいという想いもあります。

ぼく自身は100マイルを走ったことがないので、100マイル黎明期からUTMBやUTMFを完走した経験がある方や、いま現役として100マイルに挑戦している方など、10名弱のラン友たちに協力してもらって、意見やアイデアを反映させたり、商品テストを繰り返したりしています。

ーーどのようなアイテムが登場するのですか?

渋井:トップスはPOLARTECを使用したTシャツとスリーブレスです。実はアームカバーも企画していたのですが、何度サンプルを制作しても理想の物がつくれずに実現しませんでした。でも諦めていないので、お力を貸してくださるメーカーがいらっしゃれば、ぜひ一緒につくりたいですね。あとはランニングパンツとザックです。100マイルを目標と言っても、奇抜なものではなく、MMAで実績のあるプロダクトをベースにしています。

MMA100MPJは単体だけではなく、スタイリングも提案しているのが特徴です。一目でMMAとわかり、ひとつひとつのプロダクトは100マイル向けに調整している。そうしたアプローチは他のブランドにはないと思っています。スタイリングはユニフォーム感を意識しました。大手ブランドのトップアスリートは上から下までビシっと揃えたユニフォームのようなスタイリングですが、MMAでもそのようなイメージで、象徴する柄としてタイガーカモを取り入れました。 


ーータイガーカモはMMAらしい柄ですね。

渋井:MMA取扱店のオーナーの話なのですが、その方はロードからトレイルランを始めて、最初に出場したトレイルランレースで全身タイガーカモのランナーを見てカルチャーショックを受けたそうなのです。そのタイガーカモがきっかけで取引させていただくことになったのもあり、そういう驚きや喜びも生み出せたらいいなと思っています。

世の中には速いランナーもいれば、ゆっくり走るランナーもいて、個々が求めるものはそれぞれ違います。何を選ぶかはランナーが決めること。MMAはトップランナーの意見が反映されているわけではありませんが、ぼくや企画に参加してくれるランナーたち、つまり「市民ランナーが、市民ランナーのためにつくるプロダクト」です。幅広く、多くのランナーに着て欲しいと思っています。「ブランド民主主義」ですね。


■Mountain Marshal Arts 公式サイト
https://mountain-ma.com


写真提供:MMA、小野口健太、富士トレイルランナーズ倶楽部
撮影:小川拓洋、grannote
インタビュー&文:千葉弓子

※「ULTRA TRAIL Mt.FUJI 2023」二十曲峠エイドの取材はウルトラトレイルマウントフジ実行委員会より許可を得て行っています。