鈴職人・イソガワクミコを訪ねて丹波篠山へ

〝イソガワクミコ”さんの鈴を知ったのは、ULカルチャーを牽引するノマディクスが立ち上げた手仕事のブランド『海千山千會』(grannote「海千山千會が生み出すULの世界観」でもご紹介)がきっかけだ。2017年に初めて発売された「千鈴」の写真をたまたま見つけ、その静かな佇まいに惹かれたものの、すでに初回販売分は完売していた。そこで、当時イソガワさんが開設していたサイトからオリジナルの鈴をオーダーすることにした。形と大きさを決めて、銀の燻し加減も選ぶことができる世界でたった一つの鈴だ。

約一ヶ月後、抑制がありながらも情緒のある、なんともいえない存在感の丸い鈴が手許に届いた。さっそくザックに着けて山に連れていくと、「ちりーん、ちりーん」と控えめな音で鳴り響く。いわゆる熊よけ鈴のような大仰な音ではないが、小さく心地よい鈴音。自分の背中で鳴っているのに、どこか遠くから響いてくるように感じるのが不思議な気がした。

その後もイソガワ作品との出合いがあり、いま手許には3つほどの鈴がある。いつかご本人にお会いしたい、できることなら仕事場も見せていただきたいと願い、数年かかってようやく実現したのが今回の取材だ。

自然に囲まれた古民家での暮らし

2021年10月、五十川さんが暮らす兵庫県の丹波篠山を訪れた。祖母が暮らしていたという古民家を整えながら、ピースという18歳になる犬と数羽の烏骨鶏とともに生活している。秋晴れの美しい午後、フォトグラファーの藤巻翔さんと五十川邸を訪れると、裏の勝手口からピースを伴って五十川さんが現れた。

「遠路はるばる、ようこそ」

蔦が絡まる家の扉から出てきた五十川さんとピースはなんともゆったりしていて、そこには古いイタリア映画に漂うような穏やかな空気が流れていた。自宅裏には畑があり、五十川さんが一人で世話をしている。この春からは、歩いて5分ほどのところにある田んぼで米作りも始めた。近所の農家さんに教えてもらいながら、友人と試行錯誤しているのだという。

建物に入ってすぐの部屋が工房だ。以前は台所の片隅を仕事場にしていたが、数年前に部屋を改装して独立した仕事場を設えた。工房には、手に馴染んだ工具たちが出番を待つように並べられている。

丹波篠山、山の麓に建つ五十川邸。100年近く前に建てられた古民家だ

ふと気づくと鈴を拾っていた子ども時代

愛知県で生まれ育った五十川さんは短大を卒業後、手に職をつけようと東京の彫金学校に通う。ジュエリー制作を一通り学ぶものの、他の学生ほどにはアクセサリーづくりに夢中になれなかった。当時から鈴が好きで、むしろ鈴づくりの技術を学ぶために専門学校に通っていたといってもいい。在学中から鈴をモチーフにしたアクセサリーをつくり始め、ショップに卸すようになる。

ーーーそもそも、どういう経緯で「鈴」に辿り着いたのですか。

五十川:中学生のとき、大工さんなど職人さんに憧れていたんです。でも子ども心に、女性が大工さんになるのは体力的に難しいだろう、足手まといになってしまうのではないかと思っていました。その後、彫金の専門学校に入学するんですけれど、本音ではアクセサリーより鈴の方がカッコイイと思っていました。つくっている人もいなかったですし。

ーーー「鈴」が好きになるきっかけ、原体験のようなものはあったのでしょうか?

五十川:そうですね。鈴は子どもの頃から好きでしたけれど、これといった思い出深い体験というのはなかったかな。ただ子どもの頃、街中に鈴が落ちていることがあって、よく見つけていました。横断歩道の近くに落ちていたりしなかったですか、鈴が。

ーーー残念ながら、私自身はそういう記憶はほとんどないです。

藤巻:落ちていましたね。僕も見つけることがありました。

五十川:ありましたよね、そうそう頻繁というわけじゃないけれど。日本ではお土産などのキーホルダーにだいたい小さな鈴がついているじゃないですか。それが落ちていて、集めていました。

ほとんどの作品は巣立ってしまい、いま五十川さんの手許に残るものは少ない。左のゴジラがついた鈴は「千鈴」の第二バージョン。中央は丸すず、右は太鼓すず

大きな欲はないけれど、後世に鈴を残したい

東京で結婚した五十川さんは長男出産後に沖縄県・石垣島へ引っ越し、そこで次男を出産する。自然に囲まれた島で3年間暮らした後、ここ丹後篠山の家に引っ越してきた。

ーーー東京でご出産された後も、ずっと鈴づくりを続けていらしたのでしょうか。

五十川:つくっていました。鈴屋として屋号をつけたのは1999年だったかな。子育て期と重なっていたので、長い間、受注生産のスタイルを取っていました。洋服屋さんで委託販売したり、展覧会のためにつくったり。

がっつり仕事として取り組むというよりも、主婦業と両立しながらゆっくりつくっていた感じです。ずっと生活そのものを主軸にして生きてきました。「千鈴」をつくりだしてからは以前よりもまとまって仕事をするようになりましたけれど、いまも商売っぽくないというか、どこかインディーズを心がけているところはあります。

銀を円状に切り抜き、鈴づくりが始まる

ーーー鈴の佇まいがとても独特で、熟しているというか、渋く枯れているというか、たくさんの数を手がけてきた作り手さんであることを感じさせます。そして性別感がない。幅広い手仕事が再評価されている時代ですが、五十川さんの鈴はいわゆる「かわいい」と形容されるような趣ではなく、むしろそうした手仕事とは一線を画している気がしています。20年以上制作を続けるなかで、意識の変化などはありましたか。

五十川:若いときは「ものづくりで食べることができて一人前」と思っているところがあったかな。それが目標になっているみたいな。でも子育てに夢中になってくると生活の方が大事だと思う時期があって、お母さん業をしたいという気持ちが強かったんですけれど、子育てはいずれ終わるので、その先は制作中心の生活になっていくのだろうなとは考えて続けてきました。

ーーーこれは個人的な解釈なのですが、五十川作品は「自己表現欲」が淡い気がしています。私自身はそこにとても惹かれているのですが。

五十川:私、生きているうちにやりたいことがすべてできるとは思っていないんです。どこか諦めているところがあって。そういうのが作品にも出てくるのかもしれないですね。

ーーーそうかもしれません。素材でいちばん好きなのはやはり銀ですか?

五十川:鈴は多分、鉄でつくった方がいい音が出るんです。たしかに鉄は鉄で素敵な音が出るんですけれど、時を経ると土で朽ちてしまうじゃないですか。私は主に銀と金を扱うのですが、金や銀は錆びないから消滅しない。そこが好きなのかもしれません。

型を使って銀を叩き、半球状に成形する

自分の名を知らしめたいというような欲はないけれど、たくさんつくればつくるほど、何百年後とかに残る可能性が高いなとは思っています。溶かさない限り銀は残りますから。後世の人から見て「作者不明の素朴な鈴がある」みたいな感じで、存在していたらいいなと思っています。

ーーーすごく面白い考え方ですね。五十川さんの作品は博物館の展示ケースに並んでいそうというか、どこか須恵器や鏃などのような「作者不明感」があります。

五十川:もともと「作者不明」なのがいいなとはずっと思っているんです。でも鈴が未来に残るためには、ある程度の数をつくらないとダメですよね。だからいまは多少知名度もあった方がいいのかなって思い始めていて(笑)。それで将来的には作者不明になっていくという……。そういう意味で、このインタビューも嬉しいです。

かつて受注生産していた鈴は、子どもが生まれた記念などをイメージしてつくっていました。子どもが少し大きくなったら幼稚園バッグにつけて、それからランドセルにつけて、大人になったらお財布につけたりして。その子が結婚して子どもを持ったら、鈴も子どもが受け継げるかな……とか。そういう感覚でつくっています。

私の仕事は80歳のおばあさんになってもできる仕事で、若さとか関係ない部分があるかもしれまん。


同じ音色がない鈴の奥深さ

ーーーたとえば海千山千會の「千鈴」はシリーズで制作していて、一回ごとに30個仕上げるスタンスですよね。継続して同じ形をつくり続けているわけですが、ひとつひとつ音が微妙に異なる。そこが味わい深いところかなと感じています。

五十川:30個つくっても30個同じ音にはならないんです。鈴本体に入れる切れ目や中に入れる球体のわずかな差で、音色は変わってきます。「千鈴」はシリーズですけれど、一つひとつ異なるところがむしろ面白いとオーダーしていただいているので、つくり手としては自由に仕事をさせてもらっています。他のショップさんからのオーダーでは、「形も音色もほぼ同じものを」とリクエストされることもあるので。

初回発売分の『千鈴』。写真は2017年取材時に撮影したノマディクス・千代田高史さんの私物。身に着けているうちに銀の色味が変化していく(写真:小川拓洋)

ーーーご自身でもよく鈴を身につけておられますね。

五十川:いつも小さな鈴のピアスを三つ編みの下につけています。耳元で鳴るんですけど、慣れるとあまり音が気にならないんですよ。自然に遮断できているのかな。人間て、必要な音だけを聞いているのかなと思います。

ほかにも車と家のカギにそれぞれ違う「千鈴」をつけているんですけれど、鈴の音って、一つひとつ聞き分けられるんです。だから鞄の底を振ったりすると音でどちらかわかる。鈴って、そういうところも面白いと感じています。

鈴はもともと魔除けや祭事の道具とされてきたので、実はとてもコアなファンが多いアイテムなんです。

ーーーそうなんですね。作家の吉本ばななさんも鈴好きだと伺ったことがあります。

五十川:吉本ばななさんの初期の小説『キッチン』の中に、鈴がキーワードとして登場する『ムーンライトシャドウ』という作品があるんですけれど、ご存知ですか?その小説が映画化されたので、この間観てきました。

以前、吉本ばななさんと少しだけやりとりする機会があって、お子さんが生まれた時に足首に鈴をつけたというエピソードを伺いました。その時『ムーンライトシャドウ』の小説についても話してくださって、鈴をテーマにした小説があることを知りました。

ーーー私も今回あらためて『ムーンライトシャドウ』を再読してみました。ある存在と存在を繋ぐものとして、鈴の音がとても繊細に描かれていますね。初めて読んだときよりも、心に染み入るものがありました。ところで、制作以外の時間はどんなふうに過ごしておられるのですか?

五十川:鈴づくりは座り仕事なので、合間に畑仕事をしたり田んぼの仕事をしたりしています。何でもちょっとずつやるのが好きで、1時間草をむしって戻ってきて工房仕事をする、というような感じです。もうね、老後みたいな暮らしなんですよ(笑)。

ーーー時間に追い立てられていない感じがいいですね。

五十川:私はもともと人よりペースが遅いんです。二人の息子が独り立ちして、学校に送り出すために早起きする習慣がなくなったから、よりスローペースに磨きがかかっています。おそらく千葉さんが想像しているより、ずっと働いていないと思います(笑)。

先ほどもお話しましたけれど、私は生きる時間が短すぎると思っているタイプなんです。来世を信じているわけじゃないけれど、現世では自分ができる範囲でやればいいと思っているところがあって。

ささやかに寄り添う存在でありたい

ーーー銀や金は火を介して形態が変わっていく物質で、そこに物語が生まれますね。

五十川:私も火はすごく好きです。炎って、カッコイイですよね。暖炉効果っていうのかな、心が落ち着く作用もあって。

ーーーお仕事を続ける過程で、技術が鍛錬されていきたなと感じることはありますか?

五十川:ずっと鈴ばかりつくってきたから、技術はそれなりに身についているかもしれないですね。私は社会人になって就職したことも、どこかに弟子入りしたこともないので、本物の職人さんを目の当たりにしたことがないんです。だからずっとどこかに職人さんへの憧れがある。

最初からフリーランスだったから、たとえていうなら、ずっと自主研究しながら卒論に向き合っているようなイメージ。なんとなく、わかります? 自分で考えて調べてつくるという行程が延々続いている状態なんです。それはとても遠回りなんだけれど、だからこそ面白い。言葉にするのは難しいんですけれど。

中庭でピースと。ちょっとしたDIYや機械修理も自分でこなす

ーーーとてもよくわかります。遠回りするからこそ見えてくる景色もあるし、発見もあるように思います。天然の素材を形として立ち上がらせていくとき、そのプロセスで神がかるような瞬間はあったりするのでしょうか? すごく抽象的な質問なんですけれど。

五十川:私はあまりない方ですね。でも鈴をつくっていると、すごくスピリチュアルな方たちが集まってくることがあります。以前、あるお店に鈴を卸していたとき、霊感が強いというお客さんに「嫌な雰囲気の場所に行ったとき、この鈴を鳴らしたら体調が回復しました」と言われたことがありました。

ほかにも何度か同じようなことがあって、そういう経験から逆に自分自身は神がかり的な感覚に抗っているところがあるかもしれない。自然の力はすごいと思うけれど、スピリチュアルなものはあえて意識しないようにしている気がします。

私自身は、鈴ってそんな仰々しいものじゃないなとも思っているんです。たとえば面接とか発表会とか、ちょっとだけ緊張を強いられるような場面で「鈴を鳴らして緊張をほぐした」くらいの感じがちょうどいいのかなと思っています。

日常的なものとでもいうんですかね。生活の中にあるわずかな変化の瞬間に、普段慣れ親しんだ音が聞こえると、心強いなと思ったりすることありますよね。それくらいのさりげなさがいいかなって。

受け手側にあまり過度な期待をされてしまうと、作り手としてちゃんとしなければと思ってしまうでしょう? だから、鈴自体にものすごいパワーを込めるというつくり方ではなくて、もっとささやかに寄り添う存在でありたいなと思っています。

始まりはきっと木の実など原始的なものなのでは

ーーー鈴と一口で言っても、形はさまざまですよね。

五十川:日本には大きく分けて鈴と鐘がありますよね。スカートのように裾が広がっている形状のものが、だいたい鐘と呼ばれています。自分もそういう形状のものをつくることがあるんですけれど、それは鈴ではないなと感じながらつくっています。

風鈴など、鐘状のものは横に振ると音が鳴るんですね。でも丸い鈴って、どちらかというと縦の動きで鳴るんです。

ーーーそういわれてみれば、そうかもしれないです。

五十川:横にユラユラさせてもあまり鳴らない。縦の動き、人が歩く動きでよく鳴る。だから身につけると、よく鳴ると思います。

最近、ネームプレートのオーダーなど住空間に関わる仕事もしているんですけれど、ドアベルの制作を依頼されることがあるんです。でも同じ理由で、あまり鳴らないのではないかなと思っています。鈴は人の歩く動きに連動して鳴りやすいから、「一緒にいるもの」という気がしています。

ーーーなるほど。そういえば神社の本堂前にある大きな丸い鈴も、横に振るより、縦に引くような動きをした方がよく鳴りますね。

五十川:そうですよね。あと丸い鈴は風が吹いてもあまり鳴りません。それより縦に歩くリズムの方が、シャンシャンシャンと気持ちよく鳴ってくれる。英語だと鈴も鐘もbellなんだけれど、日本では区別されているのが面白いですね。

この間、友人のお坊さんと話していて知ったのですが、仏教では鐘とかお茶碗みたいな形のものが多くて、丸い鳴り物はあまりないそうなんです。逆に神道は鈴が多いらしくて。

もともと鈴って原始的なものだったと思うんですよ。乾いた木の実がカタカタ鳴っていたとか。西表島には、石の中が鍾乳石みたいになっていて、ちぎれた欠片が石の中に入っている「鈴石」というのがあり、土産物として売られています。

半球状の銀を2つ重ね、その中に小さな球をいれて溶接する

ーーー「鈴石」というのは初めて聞きました。

五十川:うちにもひとつだけあります。サトウキビ畑を掘ると出てくるらしくて、西表島のお土産屋さんに売っています。それと同じような感じで、乾いた豆や虫が食べた木の実など、自然の中にあって音が鳴るものが鈴の始まりだったのだろうなと思います。

ーーー確かにそんな気がしますね。先日、東京・明治神宮で木の鈴を見つけました。枯れてしまった境内のご神木を丸くくり抜いてつくった鈴なのですが、そういえば木の実のような音がします。

五十川:太鼓とか笛とか、原始的な楽器などもおそらく自然の音から始まったんでしょうね。私もたまに珍しい形の鈴があると購入するんです。海外のノミの市やオークションサイトなんかで。日本の古典柄にも鈴は多いので、集め出すとかなり集まりそうですよね。そういうことを考えながらつくっていると、鈴づくりにはやっぱり終わりがないのかなと思います。

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たとえば、素晴らしい本に出合って心が沸き立つときというのは、一つの世界がその本の中だけで完結しきれていないことが多い。文中にわずかに別の世界の尻尾が見えていて、その尻尾を辿って別の世界をも垣間見たくなるのだ。

潜在的な好奇心をくすぐられて次の本を探し求めたり、何か行動を起こしたりして、いつしか連鎖が始まっていく。未来の起点となるような出合いと言えるだろう。

それは、だいたい不意打ちのように訪れる。五十川さんの鈴との邂逅も、まさにそんな出来事だった。

写真:藤巻翔
文:千葉弓子