甲府エルクが新発信する “山梨ものづくり” 標高4,000mで暮らすヤクの毛糸を使った『MaHoRoBa』

新ブランド『MaHoRoBa(まほろば)』のセーターを着るエルクオーナーの柳澤仁さんと孝子さん。染色していないブラウンのヤクの毛糸は店の看板犬ダンテの毛色にも似ている

南アルプスや奥秩父山塊、御坂山地に囲まれた山梨県甲府市。1985年にこの地で創業したエルクは、山梨のアウトドアシーンを40年近く牽引してきた老舗ショップだ。

オーナーの柳澤仁さんは国内外のフィールドで登山や釣り、トレイルランを楽しむアウトドアズマン。柳澤さんを慕うリピーターは数多く、定休日だった取材時もなぜか引っ切りなしにお客さんが訪ねてきた。

柳澤さんと妻の孝子さんは、山というフィールドを異なるスタイルで共有する登山者とトレイルランナーを、早くから繋いできた橋渡し的存在でもある。このエリアで開催されるトレイルランレースの多くはエルクの尽力によるものと言っても過言ではない。

また縁のある登山家や山岳ガイド、トレイルランナーや山岳カメラマンなどを影ながらサポートし続けている。実は当サイトも2014年の立ち上げ時から応援していただいていて、甲府に足を向けては寝られない。

そんな情熱家の柳澤夫妻がこの秋、オリジナルブランド『MaHoRoBa』(10月22日発売開始)を立ち上げるという。創業40周年を間近に控え、新たにものづくりをスタートさせるというチャレンジングな話に少し驚いた。

いま、なぜものづくりなのか……。
そのきっかけは新聞記事にあった。

「もうね、マイクロプラスチック問題を見過ごせなくなったんだよ」

ーーまずは『MaHoRoBa(まほろば)』プロジェクトを始めるきっかけから教えてください。

柳澤:一番のきっかけは数年前に見た新聞記事です。カナダの研究チームが北極海の海水に繊維状の微少プラスチック「マイクロプラスチック」が大量に流出していることを公表したという内容でした。その9割がポリエステルなどの化学繊維由来で、衣類を洗濯したときに出る排水が世界の海を汚染していると書かれていました。

いまでこそ多くの人がマイクロプラスチック問題について知っていると思うんですけど、その記事を読んだ当時は本当に衝撃的で……。なにしろ1着洗濯すると、何百万個のマイクロプラスチックが排水に含まれ、アメリカとカナダで年間3,500兆個の繊維状マイクロプラスチックが流出する試算になると記されていましたから。

環境汚染に危機感を募らせる柳澤さ

僕らが住む山梨でいえば、生活用水は釜無川に排水されて、そこから富士川へ流れ、駿河湾に流れ出ていきます。マイクロプラスチックは魚介類が捕食するので、魚介類の体内に蓄積されたマイクロプラスチックを僕らは知らない間に食べ続けていたことになるわけですよ。

マイクロプラスチックについてはまだ全貌が解明されていないので、それを食べ続けてきた生物にどんな影響があるかも完全にはわかっていません。

ーーマイクロプラスチック問題は地球規模の大きな課題であり、対策は世界的な急務ですね。

柳澤:そうですよね。僕がなぜそれほど衝撃を受けたかといえば、僕らは店の創業当初からウールに代わる素晴らしい製品としてフリースを販売し続けてきたからなんです。僕らが「これはいい」と思って自信を持ってお勧めしてきたフリースが自然環境に甚大な影響を及ぼしていると知り、これは自分たちも何かしなければと思いました。

じゃあ、何をするのか。「天然繊維で何かできないか」と漠然と考えていたとき、たまたま夫婦でブータンの映画『山の学校』という作品を観たんです。標高4,000mの村に住む人たちの話で、彼らはヤクと暮らしていました。暖を取るのも食事をつくるのもヤクの糞を燃料にしていて、ヤクの肉を食べて毛は織物にして、100%循環型の生活をしている。彼らにとってヤクは家族みたいなものだから、教室にもヤクがいるんですよ。

その映画を観て、なんていうのかな。「こういうのが本来、人間らしい暮らしなんじゃないか」と思ったんですね。僕らが忘れている自然の営みというか。

それで、かねてから知り合いだった地元の小林メリヤス株式会社の社長・木村彰さんに「天然繊維で何かできませんか」と相談したところ、「ヤクの毛は希少ですけれど、うちでも扱っていますよ」と教えてくださって。見せていただいたのが、今回の製品で使った染色していないオフホワイトとブラウンのヤクの毛でした。

標高4,000〜6,000mの草原や岩場に生息するヤク。その毛は丈夫で毛玉ができにくく保温力はカシミヤ以上といわれている(写真提供:小林メリヤス株式会社

技術を継承する企業とものづくりできることが嬉しい

ーーヤクの毛はどんな特徴があるのですか。

孝子:ウールに比べて130%の保温力があって暖かく、30%ほど軽量でとてもいい素材なんですけれど、頭数が少ないので一般にはあまり流通していないそうなんです。実際にヤクの毛を使ってどういうものをつくろうか木村社長さんにご相談して試行錯誤した結果、昨年いくつかサンプルをつくりました。お客さまにモニターとしてセーターを着用していただいて、使用感をフィードバックして今年、本製作を行いました。

毛糸はヤクの毛そのままの色を活かした

モニターをしてくださった方はみなさん総じて「暖かくて軽い」とおっしゃってくださって。あとは「洗濯機で洗えてお手入れが楽」とか「洗濯しても毛玉になりにくい」といったお声もいただきましたね。販売価格が3万5,000円なので決してお安くはないのですが、その価格は単なる値段じゃないというのが私たちの想いなんです。


柳澤:ヤクの毛自体が希少なので原価も高いですしね。それに地元のものづくり技術を継承する信頼できるメーカーさんと一つひとつ丁寧に製品づくりを行うことで、山梨発の持続可能なものづくりを進めていきたいという想いもあります。

孝子:製品に込めた想いやプロセスを理解していただいて、手に取っていただければいいなと思っています。そういう付加価値のあるものづくりを目指していくつもりです。

柳澤:もう一つ大事にしたいのはアウトドアで使える製品であること。日常生活で着るだけじゃなくてね。

オーガニックコットンの子ども服などを製作する小林メリヤス株式会社3代目の木村彰さん美枝子さん夫妻。編み組織の設計から編み立て、縫製、洗い、アイロンまですべてこの工場で職人さんが手がけ、山梨のものづくり文化を未来へと繋いでいる

天然繊維とフリースの両輪。活用シーンで選べばいい

柳澤:僕がこの店を創業した頃、ちょうどアウトドアシーンでは中間着や上着がウールからポリエステルに代わる大転換期でした。その後、ウールは売れなくなってしまって、すっかりフリースが主流になっていくわけだけれど、その間に膨大な量のマイクロプラスチックが川へと流れてしまったわけですよね。わずか40年の間にね。

そういう現状をみなさんと共有していきたい。僕らは自然から恩恵を受けているのに、自然を脅かすようなことを知らず知らずにしている。その事実を知ったら、誰でも何か感じるものがあると思うんですよ。

僕らも長年フリースには本当にお世話になってきたし、感謝しているんです。いまも店ではフリース製品をたくさん扱っていますからね。パタゴニアを筆頭に、リサイクルポリエステルに真剣に取り組むブランドもたくさんありますから、そうしたブランドをこれからもずっと応援していきたいと思っています。

「還る、服」と記されたブランドカード。ヤクの毛は5年ほどで土に還るという

つまり、天然繊維とリサイクルポリエステルの両輪で商品展開していくということ。40年かけて変化してきたものをいきなりすべて天然繊維に代えることは無理だけれど、次世代のことを考えて少しずつポリエステルの使用量を減らしていこうよ、という話なんです。

活用シーンに応じて、天然繊維とポリエステルを選んでもらったらいいのかなと思います。もしかしたら、近い将来には土に還るナイロン繊維とかポリエステル繊維も開発されるかもしれませんしね。

ーーここ数年で急速に社会全体が自然環境に対して何かできることはないかと考え、具体的な取り組みを進めてきました。個人で大きなアクションを起こすことは難しいとしても、日常生活を見直したり、製品やサービスの背景を調べて選ぶという行動を通して、自然環境を守ることに貢献したいと考える人は増えていると思います。

孝子:山梨県でもそうした取り組みに力を入れていて、エルクも『MaHoRoBa』プロジェクトを通して「甲府市SDGs推進パートナー」として登録されました。

柳澤:僕はSDGsのようなトレンドよりも、もっと現実的に考えていますよ。たとえば資材を包んだりするブルーシートってあるでしょ。あれは数年経つとパウダー状に劣化してしまうんです。それが全部水に流れて川に流出してしまう。石油製品の行く末について、もっとみんなで想像した方がいいなと思っています。

アウトドアで着やすい服は子ども服に通じる

ーー製品づくりで力を入れたところはどこでしょうか?

社長:山に行ったり釣りをしたりというDoスポーツの場で着用することを想定しているので、力を入れたのは、手を上げたときに肘や肩が突っ張らない袖周りのカッティングです。あと自転車に乗ったときなどに背中が出ないよう後ろ身頃を長くしました。天然繊維のメリットは伸縮性が高いことで、まさにアウトドア向き。木村社長から教えてもらったんですけど、手を上げたときに動きが妨げられないカッティングというのは子ども服と考え方が同じなんだそうです。これは発見でした。

かつてフリースがウールに取って代わったのは保温性の高さと軽さ、速乾性が理由だったと思うんだけれど、ヤクの毛は暖かいし軽いし早く乾く。高地の厳しい自然条件の中で生きている動物の毛だからタフで、アウトドアにも合っていると思います。


孝子:セーターはユニセックスでSからXLまで展開しました。今年、私がとくに気に入っているのはポケットつきショールです。ちょっと羽織ってみてくださいな。

ーーすごく軽くて柔らかいですね。

孝子:肌触りがいいでしょう。ほかにアームウォーマー、ネックゲーター、帽子などもあります。いずれの商品も2色展開で、染めていないヤクの毛そのものの色です。

柔らかな肌触りと優しい色合いのアイテムたち。孝子さんが肩にかけているのが「ポケット付きショール」

『MaHoRoBa』はエルクが次に目指す “幸福のかたち”

ーー『MaHoRoBa』というブランド名に込めた想いを聞かせてください。

柳澤:僕はもともと「まほろば」という言葉が好きだったんです。かなり昔から自分の中にこの言葉が存在していてね。意味を調べたら「素晴らしいところ」と書かれていて、格好いいじゃないかと(笑)。

孝子:製品をつくっているとき、ちょうど二人で奈良に出かけたんですね。倭健命が和歌で詠んだ「倭(やまと)は国のまほろば たなづく青垣  山籠れる倭(やまと)うるわし」の「まほろば」はまさにふるさと山梨にあると思い出し、「幸せな場所」という意味もあるこの言葉にあらためて惹かれました。それで「やっぱりブランド名はまほろばにしよう」ということになりました。

ーー新聞記事やヤクの毛との出合いなど、いつも閃きが最初にあるんですね。今後のブランド展開はどうお考えですか。

孝子:山梨には各地にさまざまなものづくりに取り組む方がいらっしゃるんです。そうした方々に力を貸していただいて、小規模ながらも “ものづくり集団” みたいなものがつくれたらと思っています。私たちの最終目標は「伊勢丹1階ザ・ステージ」での展開ですよ(笑)。

あと近い将来、私と社長で「旅するMaHoRoBa」をやりたいなと思っていて。興味を持ってくださるアウトドアショップさんがあれば全国どこへでも行って、店先でポップアップを展開したいなと考えています。

柳澤:全国行脚する行商ですね、それはぜひやっていきたいな。あとブランド立ち上げを記念して、エルク店舗前に「MaHoRoBaハウス」も制作します。

ーーまず商品が購入できるのはエルクの店舗のみですか?

社長:10月22日からの発売ではまず店頭のみで展開して、いずれWebショップでの販売も始める予定です。

発売日を10月22日にしたのにも意味があるんです。この店のオープン記念パーティを開いた日なんですよ。創業当初の店舗はいまの場所ではなくて、もっと売り場も狭かったんですけどね。義理の姉が料理をつくってお祝いパーティを開いてくれたのがすごく思い出に残っていて、『MaHoRoBa』プロジェクトは新たなスタートだから発売日を同じ日にしようと考えました。

創業当時の店の様子。アウトドアへの熱い想いで突き進んできた柳澤さんの原点はここにある。実は孝子さんはインドア派

当時はお金がなかったから店舗の内装も全部自分で手がけたんです。土間にコンクリートを流し込んだり、清里にあったレストランが改築するというのでドアをもらって自分で建てつけたり。懐かしいな(笑)。

孝子:思えばあの場所が「まほろば」だったのかもしれないわね、あなたにとっての。道路に面した店で、レストランからもらってきたドアが壁にきちんとはまっていなくて、隙間風が吹き込んできてね。いつも商品棚にはうっすら砂埃が積もっていたんですよ(笑)。

柳澤:そうか、そうかもしれないね。あれが僕にとっての最初の「まほろば」だったのかもしれないな。自分の好きなように自分自身でつくって……。そう考えると、40年経ってまた一つ新しい形の「まほろば」を目指そうとしているのかもしれないね、僕らは。

地元に愛され、いつも笑顔が絶えないショップ。エルクスタッフの皆さん

OUTING PURODUCTS ELK(アウティング・プロダクツ・エルク)
ACCESS/山梨県甲府市行徳4-13-9
TEL/ 055-222-1991
営業時間/11:00〜20:00/日曜・祝日〜19:00
定休日/毎週火・水曜日
エルクオンラインショップ
MaHoRoBa公式サイト

写真:武部努龍
取材&文:千葉弓子