「ローカルへの愛着、そして小さな商いを信じるということ」植田徹さん(blooperbackpacks)

世界の見え方はどう変わるのか? 僕らのウィズコロナとアウターコロナ

3V7A8775_2静岡県川根本町でblooperbackpacksを営む植田徹さん。教員時代から続けていたバックパック制作を一生の仕事にしようと、2年前に教員を退職し、大好きな南アルプスの麓に工房を構えた。使う人から話を聞いてオーダーシートを作成し、そこから一つひとつ縫製していく受注生産を基本としている。現代の「山の職人」ともいえる植田さんに “いまの時間” について聞いた。

 

南アルプスは自分を磨く場所

―――この数ヶ月、少なからずコロナの影響を受ける生活だったと思うのですが、いまどんな毎日をお過ごしですか?

植田:これまで通り自分の仕事をしています。4月や5月は山や海に自由に出かけられない時期もありましたので、その分、制作時間が増えました。

 僕は決まった時間に決まったことをするのが好きなんです。朝5時に起きて、毛針を巻いて、6時から7時の間に仕事をスタートします。12時くらいまで仕事をして、お昼ご飯を食べて、また1時から仕事を再開して夕方6時くらいまで。仕事を終えた後は晩ご飯を食べ、読書をしたり、走りに行ったりする毎日です。

 母屋と工房を行き来するだけの生活ですから、4月はほとんど人にも会わず、5月も予約制にしていましたので同じような感じでした。6月に入ってからは通常営業を再開していて、工房に来てくださる方も増えています。

―――初歩的な質問で申し訳ないのですが、毛針を巻くというのは? 

植田:フライフィッシング用の毛針です。針に動物の毛を糸で巻いて、虫に似せた疑似餌をつくります。釣りでは一度に10本以上も毛針を使うことがあるので、常にある程度ストックしておきたいんですね。猟師さんにとっての鉄砲の弾と同じです。僕は時間を決めて取り組むみタイプなので、朝いちばんにつくっているわけです。

―――なるほど、そういうことなんですね。 

植田:ランナーだと月間何キロとか目安にしますけれど、僕は毛針を一日5本はつくっています。1つにつき3分から5分かかるので、30分作業をすれば一日分が終わるか、そんな感じです。

フライ-4アマゴ

 

―――川根本町はどんな様子ですか?

植田:4月17日に静岡県に緊急事態宣言が発令されたときには、登山口などいろいろな場所の駐車場が閉鎖されました。川根にはSLも走っているのですが、そうした観光業もストップして、温泉施設も閉まりましたし、飲食店もテイクアウトだけになりました。
 町の人口約6000人のうち半数以上が高齢者の方なんですね。医療インフラが整っていないので、とても気を配って暮らしています。飲食店を営業している方などはとくに他県ナンバーに敏感になったりしています。

 緊急事態宣言が解除されてからは飲食、宿泊、温泉等はおおむね営業を再開していて、駐車場の規制もなくなりました。 SLは密になるからという理由からだと思いますが、まだ運休中で6月中旬から再開予定だそうです。 
 僕自身は相変わらずローカルの山を走ったり、フライフィッシングをしたり、カヤックを漕いだりしています。もともと県外の山や川に行くのは年に数回ほどですし、例年この時期はローカルでしか遊んでいないので、いつも通りの生活と言えますね。

―――外出自粛の時間については、どのように感じておられましたか。

植田:僕らはローカルの人間なので、日頃、裏山感覚で遊んでいる場所まで行けなくなるのは寂しい気がしていました。南アルプスも家のすぐ裏にあって、リスクを犯すつもりもなく行けてしまう場所なんです。そういうところにまで自由に行けなくなるのは、残念な思いがありましたね。

―――地元で山に入る方の声はいかがでした?

植田:同じ想いの人が多かったですね。僕自身もうちのお客さんもそうなのですが、山に入ることがレクリエーション、レジャーという感覚ではないんです。いわゆる「お遊び」じゃなくて、真剣に山に向き合っている人が多いんですよ。ワイワイ山に行くことが本質とは思っていなくて、自分を高めたり磨いたりする方法がアクティビティだったりするわけです。 

 これまでは自然に入ることで自分を表現したり、成長を実感したりすることができたのに、山に行くことは不要不急だといわれて戸惑ってしまった。もちろん有事なので仕方がないことではあるんですけれど、都市部とローカルでは状況も異なるので、一律に同じにということには少し違和感がありました。

 不要不急という言葉も曖昧ですよね。僕の仕事でさえ、不要不急と言われてしまえばそうなのだろうなと感じていました。

―――植田さんにとって、山は自分を高める場であるわけですね。 

植田:そうですね、そういう意識はあります。僕は数字を追い求めるのが好きじゃないんですけれど、もっと自分を高めたいという想いがあります。たとえばいままで行けなかった行程で目指す場所に行けるようになるとか、釣れなかった魚が釣れるようになるとか、そういうことですね。そのためには技術や体力を磨いて、経験や知恵をつけていかなければならない。それを体現する場として選んだのが南アルプスなんです。 

―――目指すイメージのようなものがあるのですか?

植田:それはすごく難しいですね。僕はアクティビティが競技になってしまうのが好きじゃないんです。自然の中に入るとき、誰かの轍を踏むことにあまり重要性を見いだせないなと感じていて。だから目標についても数字で決めるのではなくて、自分自身でここまでやろうと決めて、それに向けて努力していく。できたら素晴らしいことだけれど、できないから価値がないということでもないと思ってます。目に見えないことなので伝えづらいんですけれど。 

―――芸術の世界、創作の世界と近いですね、数字で計れないある地点を目指すところが。

植田:そうかもしれないですね。やっぱりせっかく生きているなら、高みを目指したいじゃないですか。でも難しいのは正解が曖昧だということ。これができたら100点という基準があるわけでもないし。それはスポーツや芸術の世界と共通する部分かなとも思います。 

―――植田さんにとっては山に入ることもものづくりも同じベクトルなんですね。どちらも精度や純度を高めていくプロセスに意味がある。

植田:僕も毎日それは感じています。他者が見てわかる部分ではないんですけれど、制作についていまも自分の中で納得していない部分があって。もっとこうなったらいいなとか、もっとこうしたらよくなるんだろうなという想いがある。とにかくつくって試して切磋琢磨しています。

赤石山頂から  

数字は人を盲目にしてしまう 

―――コロナによる社会変化についてはどう感じておられますか。

植田:いままでは人や物やお金がぐるぐる回ることでみんなが豊かになるという社会構造だったと思うんです。経済をより効率よく回していくために都市に人が集まって。

 ところがコロナによって突然、人や物が動けなくなり、お金も回らなくなってきた。これまでのサイクルはすごく脆かったんだなとあらためて感じています。 

 資本主義的な仕組みが世の中の当たり前だと誰もが信じていたわけですけれど、それがコロナをきっかけに崩れてきている。そのことをどう捉えるかが大事じゃないかと思っています。僕は大きな会社や安定した会社に入ることだけが正しいという価値観が苦手で、だからこういう商いを選びました。たくさんつくって、たくさん消費して、いっぱいお金を使ってという社会構造から、もしかしたらいま脱却できるチャンスなのかもしれないですよね。

 「ゆとり世代」と呼ばれる僕らはずっと「欲がない」と言われ続けてきました。それがすごく悔しかったんですけれど、逆をいえばそれは、どんどん物をつくって売ろうという価値観を持たない世代でもあるということです。僕はそうした価値観をものづくりを通して表現していきたいなと思っています。

―――いつ頃から、そうした考えを持つように?

植田:学生の頃からだと思います。僕、古着が好きだったんですよ。一点物であること、何十年前の服に出会うことに物としてのストーリーを感じて。これは自分にしか着られない、いまじゃないと出会えないかもしれない、というところに面白さを感じていました。 

 周りを見渡すと、画一的なものが溢れているじゃないですか。大手の衣料量販店に行ったら安くてサイズも揃った便利な服が並んでいる。でもその価値はすごく陳腐なんじゃないかと思ったんですね。学生にとって安さはありがたいことなんですけれど、なぜ安いのかを考えてみると、大量生産するからであって、これをつくっている人たちは幸せなのかなと……。そう考えたとき、このシステムは理不尽なんじゃないかと考えるようになりました。 

 同じ頃、古着と出会うためにアメリカを旅するようになり、バックパックを背負ってテントで眠るようになりました。自然の中に入るとき、バックパックに入れられるものには限りがありますから、何を持っていくか考えて工夫します。無駄をどんどん省くようになって、本当に必要なものを見極めようとする。それはアウトドアの本質だとも思うんですけれど、そういったプロセスや思想がだんだん面白くなっていきました。

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―――ULやミニマリストと志向は重なりますか。

植田:僕もULはかじっています(笑)。ULにもいろいろあって、お金を出せば軽くなる世界というのがあります。100g=1万円というような言われ方をしているんですけれど、でもそれだと結局はものに対する価値観は変わっていないんじゃないか。一方で、より簡素さを目指して軽くする考え方があります。僕はそこに重きを置きたいなと思っています。 

 最初はULも面白なと思っていたんですけれど、それは突き詰めると数字を追い求める世界でもあって、少し違うなと感じるようになりました。いまは自分がつくる製品の重さも表記しないようにしています。数字って、人を盲目にしてしまいますから。

 シンプルなものを目指していますけれど、僕にとって軽さは副産物。これだけの道具で山に行ける、という点に価値を置きたい。だから10年後にいまよりも軽い素材が出てきたとしても、いま使っているものを使っていてほしい。そういう想いでつくっています。

 

長く使い続ける、という価値の復活

―――さきほど毎日時間を決めて行動しているとのお話がありましたが、お仕事内容に何か変化はありましたか? 

植田:コロナの影響はそれほどなくて、これまでにオーダーしていただいたものの制作で日々忙しくしています。いまオンラインオーダーと工房での直接オーダーが半々くらいなんですね。今後またコロナの影響で、工房に来ていただくことが難しくなる時期もあるかもしれませんが、とくにオンラインを拡充することは考えていません。やっぱり僕は人と会ってつくりたいという気持ちが強いので。

―――以前、1ヶ月に30個を目安に制作していると伺いましたが、いまも?

植田:最低30個つくっています。オーダーいただいてから約7〜8ヶ月後のお渡しというのもずっと変わっていません。今年いっぱいはこのペースが続きます。 

―――bbpには思い入れのあるものを長く使い続けるお客さまが多いと伺いました。いまはアウトドア市場もスピードが速いですよね。たとえば昔の山ヤさんが使う道具はいま以上にヘビーデューティーで、ずっと使い続けるイメージがあったように思うのですが。

植田:そう、昔はヘビーデューティな世界があったんですよね。いまは軽さが自慢になっていますけれど、昔は「これだけ背負うことができる」が山での自慢の種でした。「俺は20kg背負ってきた」とか。そういう意味では、ものに対する価値観は大きく変化したと思います。

  いま日本では、長く使えるものの価値をあまり重視していないように感じるんです。でも海外に行くと、ボロボロの服で登山している人もいるし、いつから使っているのかなと思うような年季の入ったザックを背負っている人もいます。

 そういうのってかっこいいじゃないですか。そういう価値観が僕は大事だと思っているんです。昔のザックだから重くて使いづらいかもしれないんだけれど、お気に入りだから使っている。そういう姿勢をカッコイイと思うし、それが愛用、愛着だと思います。愛着って数字で表せないですよね。だから、軽くて新しい製品が出たからといって飛びつくのは愛着じゃないと僕は考えています。

  工房に来るお客さんはオーダーするのにすごく悩むんですね。ポケットつけるつけないだけで10分くらい悩んだり、色を決めるのにも真剣に悩んでくれて。とても時間がかかるんですけれど、選び終わったとき「あー、楽しかった」って言ってくれる人が多い。その言葉を聞くと、店を構え、オーダーで制作する仕組みをつくってよかったなと心から思います。

  僕がやっていることはものすごく非効率なことだと思うんですよ。大きな企業からは鼻で笑われてしまうことかもしれない。実際、工房を構える前には「なに馬鹿なことを言っているんだ」と一蹴されることも多かったんです。 

―――周りの方からですか?

植田:そうですね、山をやっている人からもです。だから自分が始めようとしている仕事について打ち明けるのが辛い時期もありました。どうせ反対されるし馬鹿にされるんだろうなと。もちろんまだ2年しか続けていないので偉そうなことはいえないんですけれど。

  でも工房を立ち上げて思うのは、これで間違っていなかったんだということ。そこは自信を持っています。いまの工程を気に入っているので、工房をこれ以上大きくするつもりもありません。使ってくださっている方からメールをいただくこともあるんですが、そこに書かれた一言ひとことがすごく嬉しいんですね。クタクタになったザックが修理で戻ってくると、使い込んでくれていることがわかる。自分の仕事に意味があると信じられる瞬間です。

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 大きな船だけでなく、カヌーで進むことも理解される世の中に

―――これから世の中がどう変わっていったらいいなと思いますか。

植田:僕の立場からいうと2つあります。まず僕は南アルプスの麓に住むローカルの人間なので、ローカルに目が向いて欲しいなという気持ちがあります。 

 いまテレワークが急速に進みつつありますけれど、その働き方には「もしかしたら人に会わない方が楽なんじゃないか?」と思わせてしまう要素があって、少し危険だなと感じています。でも逆に考えると、都市に人が集まる必要はないのかもしれないと思わせてくれる存在でもあるわけで、これからは物、人、金の移動のうち、人の移動がなくても成り立ってしまうかもしれない。

  そうなったとき、地方に目を向ける人が増える可能性があるというのは、テレワークのプラスの側面という気もします。コロナ感染予防でいちばん重要なのは人の移動ですよね。それをプラスに捉えて、平時の時でもローカルで活動する人が増えたらいいなと思います。

 僕はいま南アルプスにどっぷり浸かっていますけれど、以前はいろんな場所に行きたいと思っていたんです。あるとき、三重県の御在所にある藤内小屋というところに行ったんですけれど、クライマーが集まるエリアで、すごくローカルの匂いが強かったんですね。

 その小屋で初めて会ったおじさんに「お前はちょこちょこいろんなところに行くから悪いんだ。自分の地元を大事にしろ」といきなり言われて(笑)。そのときは、初対面で自分の何がわかるんだと思ったんですけれど、言っていることは腑に落ちたというか。そうか、それなら僕は南アルプスにガンガン行って、誰よりも詳しくなろうと思いました。

  なにより、そこにいるおじさんたちがすごくカッコよく見えたんですよ。大学出てすぐのことですから、7〜8年前の話です。

―――決定的なできごとですね。 

植田:ローカルで深く遊んでいると、ローカルの本質的な問題も見えてきます。ここでいえば大井川のダムに土砂がたまっていく問題、コロナの前から続いている小屋にへりが飛ばないという問題、あとはリニアの問題。そういうことはここで遊んでいるから見えてくるし、ローカルで遊んでいる人たちと話すことで見えてきます。

 だから自分のローカルを持つことは、アウトドアをやる者としてすごく大事だなと思いますね。アウトドアをやらない人にとっても、自分の故郷、地域を持つのは大事なことだと思っています。

荒川

 

―――もうひとつは?

植田:僕は小さく商いをすることに重きを置いています。大きくしないことというか。いま人を雇って土地を借りている状態だったら、この3ヶ月の自粛はすごく痛手です。でもスモールビジネスだと痛手も大きくなくて済む。効率を求めてあくせくしなくても持続できる。こうしたやり方をひとつの形として確立したいと思っています。

  僕は藤枝市で生まれて、小さな頃は沼津市で育ったのですが、子どもの頃にはもう小さな商店に買い物に行った記憶はほどんとなくて、買い物といえば大型スーパーやショッピングモールでした。それって味気なくないですか? 個性のあるお店で選んで買う行為は温かいし、ひとつのものを買う行為としても密度が濃いと思うんです。

  僕がスモールビジネスを選んだのは、みんなは大きな船に乗るけれど僕はカヌーで行きます、というような感覚なんですね。そこにはもちろん責任も困難も伴うわけだけれど、自分の技術を高めれば自分が行きたいところに行けるかもしれないという身軽さがある。世の中ではそういう選択肢もありなんだということを、ものづくりを通して伝えることができたら嬉しいですね。

 もちろん、それが社会のすべだとは考えていなくて。ただそういう思考も大事なことのひとつだねとみんなが共通で理解してくれるようになったら、それだけでいいかなと僕は思っています。
 たとえば食に対して意識の高い人だったら、食材だけはローカルの野菜を買おうとか、服に対して意識が高い人ならちゃんとした生産工程でつくられたブランドのものを買おうとか。そういう感覚が根付いてくれれば嬉しいなと思います。 

■blooperbackpacks
https://blooperbackpacks.com

■bbp植田徹×望月将悟
「つくり手と背負う人の間に行き交う、かたちなきもの」
http://grannote.jp/archives/1551511

Photo:Toru Ueda, Sho Fujimaki
Text:Yumiko Chiba