極めて個人的な挑戦を記録に残すことの意味、それを意識しているアスリートはどれくらいいるのだろうか。新型コロナウイルスの影響が拡大する2020年から今年にかけて、アスリートたちは各地でさまざまなプライベートチャレンジを行っている。
山本健一さん(ヤマケン)が菊嶋啓さん(キクリン)とともに、昨年11月に挑戦した『甲斐国ロングトレイル(336km)』もそのひとつ。ヤマケンが自宅から日々、見渡してきた峰々をぐるりと一気に繋いだルードだ。
例年、海外遠征を支えてきた”チームヤマケン”がサポートを行い、小山田隆二さん、望月将悟さん、谷允弥さん、志村裕貴さん、加藤淳一さん、青木光洋さんといったアスリートたちが次々に現れては代わる代わるペーサーを務め、ヤマケンをゴールへと引っ張っていく。
その5日間の様子を映像チームDENPA(by Rightup inc.)が追い、フォトグラファーの藤巻翔さんと武部努龍さんが写真に収めた。さらに、山本健一さんの著書『ヤマケンは笑う』の編集を手がけた村岡俊也さんも旅に寄り添う。
ちょっとあり得ないような贅沢な布陣によって、ヤマケンの極めて個人的な旅は克明に記憶され、記録された。
そして先ごろ、2つの作品が完成した。
ブックレット『甲斐国ロングトレイル』には、二人の写真家と一人の編集者が捉えた旅の様子が凝縮されている。旅を静かに見守り続けた村岡さんの視点によって、準備からゴールまでの道行きが綴られている。そこには「これまで見たことがないような」ヤマケンの表情も収められていて、ハッとさせられる。
ブックレットの中でヤマケンは「日常と非日常をうまく融合させることができた」と語る。おそらく日常の風景を繋ぐことで非日常を生み出すという行為は、トレイルランニングの本来のあり方なのだ。
一方、ドキュメンタリー映像『未知の領域へ〜甲斐国ロングトレイル_200mile』の中でヤマケンは、金峰山山頂の五丈岩に立ち、笑いながらこうつぶやく。
「(遙かに見えていた五丈岩に)一歩一歩、歩いていたら来ちゃったね。簡単だね、脚を前に出していればいいだけだから」
すべてを集約するかのような言葉。そう、いま世の中ではたくさんのものごとが動きにくく、ぎこちなくなっているけれど、それでも脚を前に出しさえすれば、私たちは自然に進んでいくのだ。閉塞感に押しつぶされそうな時間のなかで、ヤマケンは自らそれを体現してくれている。
とくに興味深いのは、ヤマケン自身が持ったカメラ、サポートアスリートが持ったカメラが捉えた風景。その荒削りでリアルな描写を通して、この旅が「自己の限界突破だけを目指しているのでは決してない」ことを私たちは知る。とにかく、みんな楽しそうなのだ。
仲間と一緒に笑い、富士山の朝焼けに何度も心を揺さぶられ、ときに疲労や睡魔に襲われながらも励まし合い、道に迷う(実際にロストした)。
日本の山々で過ごす時間がこれほど美しいものなのだということに、あらためて気づかされる。
でも、こうも思う。
これらの記録が真に意味を持ち始めるのは、もしかしたら、もう少し先のことなのかもしれないと。ヤマケンがぐるりと繋いだロングトレイルを、次の誰かが踏みしめるときなのではないかと。
あるいは、ヤマケン自身はこう思っているのかもしれない。
「この場所でなくてもいいんだよ」
ヤマケンから投げかけられた問いかけへの答えは、これから一人ひとりが見つけるものなのだ。
●vimeo
『未知の領域へ 甲斐国ロングトレイル_200mile』 from DENPA by Rightup inc.
72時間のレンタル(¥553)、いつでもストリームとダウンロード可能(¥884)
https://vimeo.com/ondemand/hitorijanese
●フルマークス オンラインストア
『甲斐国ロングトレイル』ブックレット(¥1,100)
ほかフルマークス店舗でも販売中。
https://www.fullmarksstore.jp/category/HO/1300000190.html